第6話 6.進撃の小人

「あっぶねェ!オマエ、オレごと殺る気かよ!」


「あら。あなたがぼさっとしているのが悪いんでしょ?それに、あなたなら避けられると思ったのよ」


 コストイラの抗議はアストロには届かない。コストイラも届くとは思っていないのでただのポーズである。


 アルミラージの件からいくつかの依頼を受けてきたが、相変わらず仲が悪い。というより喧嘩が多い。


 しかし、フォーメーションが組めるようになった。前衛にレイドとコストイラ。中衛にシキとアシド。後衛にアレンとアストロ、エンドローゼ。


 皆ある程度はアレンの指示に従ってくれるが、100%聞いてくれるわけではない。単純に皆を指示するのが面倒なので他人に任せているだけなのだ。そのため、自分のやりたいように動く時があり、今のように誰かと対立することがある。どうにか仲良くしていきたいが、どうすればいいものか。






「今回の依頼の一匹はあれか?」


 コストイラが一点を指す。その先には浮遊する氷塊がいた。きちんと顔があるが、それだけで、完璧な1頭身だ。


「はい。アイスエレメントですね。レイドさん。先陣をお願いします」


「うむ」


 ここ最近分かったことだが、属性には相性というものがあるらしい。火は然に強く、然は地に強く、地は水に強く、水は火に強い。闇は理に強く、理は光に強く、光は闇に強い。ただし、相性がいいからといって、勝てるわけではない。


 アイスエレメントは水属性であり、レイドの地属性が有効だ。


「フンっ!」


『ギィアァ!』


 断末魔を上げ、、一撃で斃れる。


「依頼はあと2匹か」


 アシドが確認を兼ねて羊皮紙を見せてもらおうとすると、その残りの2匹が姿を現す。


 一体はファイアエレメント。アイスエレメントの対となる魔物で、浮遊している炎の魔物だ。アイスエレメントと同じ顔をしており、違いは氷塊か炎かぐらいなものだ。


 もう一体はエアリアル。飛行する細長い魚のような魔物だ。


 ちなみにこの2匹が一緒にいることは稀である。その稀を引いたので、この中に運のいい人がいるのかもしれない。


「アシドさん、コストイラさん」


「あいよ」


「うっし」


 何となく順調に事が進んでいく。アストロは活躍の場がなく、不貞腐れているが、それでも順調といえた。そんな気がした。









 エイヴァンは立ち尽くす。


「エ、エイヴァン!? 助けっーー」


 仲間が殺されていく光景に双眸を凍らせる。どうしてこうなった。エイヴァンの体が動かない。


『ギャ、ギャ、ギャ』


 黒い黒い小人。その手には血の付いた武器が握られている。


 全身が影のように彩られた115センチメートル程の魔物が、遥か高い空に声を上げる。


 網膜を焼く光景にエイヴァンは危うく尻餅を搗きそうになる。そんなことをすれば死ぬのは確実だ。


 ゴブリン。


 魔物の代名詞に数えられ、凄まじい生息数と厄介な戦闘能力で冒険者を惨殺してのけた。






 始まりは休憩によさそうな洞窟を見つけたときだ。中に入り体を休めていると、仲間の1人が明らかに壊せそうな壁を見つけた。後から張り付けものだ。


 そこが運命の分かれ道。


 好奇心に駆られて壁を壊したのが間違いだった。


 その瞬間、エイヴァン達は間近で見た。


 無数の目。無数の牙。無数の息遣い。


 その場にいたエイヴァンのパーティーメンバー5人は例外なく思考を真っ白に染めた。


 そして、すぐに視界は真っ赤に染まったのも、同じ。


 エイヴァン達は絶叫を上げる。この世の終わりのような悲鳴に祝福されたゴブリン達は歓喜に迸った。






「ひぇ、あ、あ、あぁあっ!」


 仲間を無残に殺された冒険者の男が壊れたおもちゃのように声を出しながら逃げ惑う。


 地面から伸びる草花は血の海に沈み、木々は斑に染められていた。


 逃げ惑う冒険者は冷静な判断を失っており、自ら隅に隅にと追いやられていく。そのことすらにも冒険者の男は気付いておらず、その様は滑稽だ。


 ゴブリン達はゆったりと悠然とした足取りで、無様な背中を晒す男へと歩み寄っていく。


「あいえっ!? 行き止まっ!?」


『ギャギャギャッッ!』


「うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 自分の立ち位置を理解し惨めな姿を晒す仲間にエイヴァンは乾いた笑いしか出ない。男は嫌らしく笑みを浮かべるゴブリン達に恐怖と絶望しか抱けない。


『フゥー』


「何でこんなことになんなきゃいけねぇんだよっ!!?」


 崖を背に喚き出す男をゴブリン達は見下ろした。


 次の瞬間、ゴブリンの体の奥で、真っ赤な飛沫が飛び散った。


「…………ぁ?」


 エイヴァンの位置からは仲間がどうなったのか確認できない。


 ただ、岩肌や草木にこびりつく赤い液体と肉の欠片が全てを物語っていた。


 ゴブリン達の視線が、次はお前だと言わんばかりにエイヴァンに一斉に向く。


 逃げ出した。


 反転したエイヴァンは、あらん限り力一杯に大地を蹴る。


 呼吸がおかしい。舌が干上がる。脳も沸騰しそうだ。熱い。とにかく熱い。


 とにかく前へ。とにかく距離を。


 急激に姿勢がつんのめる。く、こんな時に。


「っっがっ!」


 そのまま地に倒れてしまう。手元から蛇のあしらわれた剣が離れていった。もう手を伸ばしても届かない。


 エイヴァンはばっと後ろを振り返る。


 腿に剣が突き刺さっていた。エイヴァンは本能的に剣を摑み、そしてその先の光景を見てしまった。


 ぞろぞろと50はくだらない数のゴブリン達が笑みを浮かべながら迫っていた。その姿は弱いものを甚振り楽しむかのようだ。そうか、俺はあいつらのおもちゃだったのか。ふざけるな。


「や、止めっ! 来るなっ!!」


 エイヴァンは立ち上がることができず、尻を地につけたまま後ずさりする。その際に、ただ手元に落ちていた石や砂、草、土など手当たり次第に投げつける。


 しかし、ゴブリン達はものともしない。


 ゴブリンの1体がエイヴァンの剣を拾う。待て。それは俺の大切な剣だ。信仰する宗教の剣なんだ。お前らなんかにやるわけには。


「や、止めぇ、やぁあああああああああああああああああああっ!?」


 額を叩き割られる感覚と共に、エイヴァンの意識はあっさりと消えていった。











「明日はどうする?」


 依頼の達成の証拠として魔物の一部を手にしたコストイラが聞いてくる。


「もう少し森で戦った後に、少し遠出してみましょう。次の街にはまだいけませんが」


「お、良いね。もっといろんな魔物と戦いたいもんな」


 別にそういう意味ではない。経験を積むという意味では色々な魔物と戦うべきなのだろうが、そもそもこの街に留まっている理由は路銀稼ぎなのだ。優先するのはお金の方なのだ。

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