第24話「今はまだまだ親友だけど」
ニャジラが立ち上がって、振り向いた。
その視線の先で、ヘリコプターが急停止する。ホバリングで滞空するうその機体を、次の瞬間にはネコパンチが襲ったのだった。
ローターをはたかれ、姿勢を崩したヘリコプターが落ち始める。
摩耶の背中にしがみついたまま、僕はその影を追って急降下していた。
「うおおおお! しっ、死ぬますううううううう!」
「死なないっ! わたし、隆良は死なせたりシないから!」
「魔法でなんとかしてくれええええええ!」
「今、やってるって!」
ふらふらと不安定なヘリの真上に、どうにか魔法の箒が滑り込む。
相対速度を合わせても、上昇と下降を繰り返すヘリをつかむのは難しかった。
そう、僕は見た。
摩耶は、マジカル・マーヤは、ローターを素手で掴もうとしている。
そうだった、魔女の血筋ながら男なので、摩耶は魔法が全く使えないのだ。因みに多分、乗ってる箒はもともと空を飛ぶ魔法がかけてあるマジックアイテムなのだろう。
だから、マスコミのヘリを助ける手段は限られている。
そして、それを迷う摩耶じゃなかった。
昔から彼はそういう子なのだ。
「隆良っ、箒の操縦お願いっ!」
「……へ? あ、ああっ! なんだかよくわからんが、任せろっ!」
言われるままに僕は箒を握った。
握りしめることしかできないが、必死に念じる。
静かに、穏やかに、そして摩耶の思うままに飛べ。
それだけ祈るように願って、ありったけの気持ちを注いだ。
その時にはもう、手を離した摩耶は逆さにぶら下がっていた。両足の膝裏で箒をキープしたまま、両手を真下に伸ばしていた。フリルとレースがふわりと浮かんで、ぱんつが丸見えだった。
因みに、何故かちょっとスケスケのメッシュ系だった。
なんでだよ!
「もう少し……隆良っ、もう少しヘリに寄せてっ!」
「ど、どうやって! ええい、寄って寄って、寄れええええっ!」
瞬間、周囲が真っ赤な霧に覆われた。
同時に、ガクン! と箒が重くなる。
鮮血の正体は、高速回転するローターを握った摩耶の傷だった。彼女は、じゃなかった、彼はそのままゆっくりとヘリを路上に下ろそうとする。なんて握力、そして腕力。ローターを抑えて、機体の本体も回転しないようにもう片方の手で抑える。
流血の空を経て、なんとかヘリは無事に不時着した。
僕は見た……カメラマンもレポーターも、目を丸くして絶句している。
「ふう、これでオッケー! さて。次は」
「オッケーじゃないっ! 手、摩耶お前、手が!」
「ああ、うん。魔法使えないからねー、魔法少女って言っても体張るしかないんだ」
「ちょっと待ってろ」
上昇し始めた箒の上で、僕はシャツを引き裂く。
ちょっと不器用に過ぎたが、どうにかボロ布を摩耶の手に巻いてやった。止血にすらならないけど、なにもしないよりマシだろう。
「おっ、なになに? 隆良、やっさしー! ……惚れたかにゃー?」
「ああ、ちょっとな!」
「……マジ?」
「ちょっとだけな!」
だが、危機は去ってはいない。
さっきからギロギロとよく動く目で、ニャジラが僕たちの動きを睨んでくる。
かわいい猫も、でかいと結構怖い。
だってよく考えたら、虎とかライオンと同じ眷属だもんな。
まさか、ラノベの外で「眷属」なんて単語使う日が来るとは。
「で、どうする? マジカル・マーヤ」
「んとね、ちょっと手に力が入らないから……」
「お、おう」
「蹴っ飛ばす! って訳で、どこか安全な場所に隆良を降ろすねっ!」
足元はもう、逃げ惑う人々で混雑を極めていた。
そこから少し離れて、三階建ての雑居ビルの屋上に箒は着陸した。ここからなら、外階段を使って通りにでられるだろう。
僕を降ろして、摩耶はすぐに再び上昇しようとする。
そのスカートの裾をちょっとつまんで、僕は少し呼び止めてしまった。
「き、気をつけろよ、マジカル・マーヤ。お前に俺の親友の摩耶を預けるから」
「うんっ! 隆良も気をつけて。壱夜、絶対に見つけてね」
「わかってる! みんなでいつもの日常に帰るんだ」
「じゃあ、約束の証に――」
突然、頬にやわらかな熱を感じた。
その次の瞬間には、離れた摩耶が空中へと舞い上がる。
ほっぺにキスされたと知ったら、顔が火照って暑かった。
「親友以上になったら、続きしようねっ! じゃ!」
そのまま摩耶は飛んでいってしまった。
思わず手を伸べた僕は、ふと何かがひらひらと落ちてくるのに気付く。
「ん、あれは……おいおい、大事なもん落としてるぞ!」
それは、小さな手帳みたいな本だ。
とても綺麗な装丁で、まるで宝石箱みたいである。
そう、それは摩耶が魔法少女マジカル・マーヤとして戦うことになった因縁の根源。この世の驚異を本来封じ込めておく、あの聖魔外典である。
僕は慌ててよたよたと走ると、それを手で受け止めた。
あれ、意外と重い?
見た目通りの質量じゃないぞ?
でも、その時にはもうマジカル・マーヤは遠くに飛び去っていた。
そして、魔法少女と大怪獣の戦いが始まった。
「くっ、とにかく僕は壱夜を探さないと」
とりあえず、聖魔外典をズボンのポケットにねじ込む。
そこにはもう、冥沙先輩にサインするはずだったペンが一緒に入っていた。
その両方を落とさないように奥へと押し込んで、僕は外階段を走り出す。
もう、そこかしこで阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
「うおお、どけどけ、どけぇ! 女子供はすっこんでろぁ!」
「ちょっと! あたしの荷物よ、引っ張らないで! 全財産なんだから!」
「クソォ! あのデカい化け猫、こっちを見てるぞ!」
僕は降り立った路地から、そっと通りの大混乱を見やる。
そして、ずっと奥の人混みの中に、探し求めていた少女の姿を見た。
「あれは……壱夜っ!」
やっと見つけた。
やっぱり、こっちに走ってきてた。
その壱夜だが、人の波にもまれて翻弄されながらも周囲をキョロキョロしている。そして、ともすれば混乱した市民たちの荒波に飲み込まれそうだった。
急いで駆けつけたかったけど、いざ通りに出てみると僕は無力だった。
進もうとしても、前後左右からおしくらまんじゅう状態だ。
それでも、ちょっとずつ壱夜に近付きつつある、その時だった。
「ママーッ! ママ、ママッ!」
「良子ちゃん! どこ、どこにいったのっ!」
悲鳴が響いて、僕は背後を振り返る。
そこには、おろおろと慌てた女性の姿があった。恐らく、ママと呼ばれた人だろう。とすれば必定、僕は子供を探して目を凝らした。
女性の角度からは見えないのか、少し離れた場所に小さな子供が溺れそうだった。
そう、大海原の荒波にもまれて、今にも沈みそうな女の子が手を上げていた。
躊躇は一瞬、迷っていても動けた。
今すぐ壱夜に駆け寄りたい、そう思いつつ僕は走っていた。
「すみません、ちょっとごめんなさい!」
ニャジラから逃げるみんなの必死さに、真正面から衝突した。そして、なんとかかき分けて進み、女の子の小さな手を取る。
グッと屈んで抱き寄せれば、その子は安心したのか泣き出した。
そのまま抱き上げ立って、母親の方へと叫ぶ。
「お母さん、この子は大丈夫です! 今からそっちに行きます!」
ちらりと見れば、もうどこにも壱夜の姿はない。
きっと、大勢に流されてもっと先へと行ってしまったのだ。残念だが、今は無事を祈ってできることをやるしかない。
僕は女の子を抱えたまま、泣き出した母親の元へと歩く。
それも一苦労で、何度となく突き飛ばされて転びそうになる。
胸の中の幼女を庇いながら、僕は永遠にも感じる数分間を歩き抜いた。
「ママ! ママーッ!」
「良子ちゃん! よかった……本当に無事で良かった。ありがとうございます!」
「いえ、当然のことをしたまでですから。さ、早く一緒に逃げ――」
今日はなんだか、ラノベの外で使ってみたいフレーズがポンポン飛び出るな。
でも、ホッとしたのも束の間だった。
陽の光を遮り、巨大な影が僕たちを飲み込んだ。
それは、身をもたげたニャジラだった。
「やば……っ、もう逃げられないっ!?」
瞬時に死を覚悟したが、納得はできなかった。
あまりにもあっけない上に、とてもバカバカしい。猫型の大怪獣に襲われて死ぬなんて、ラノベでだってありえないからだ。
事実は小説より奇なり。
そう言われたって、絶対に嫌だったし、最後まで諦めたくない。
僕が必死に歯を食いしばって見上げていると……突然、無数の矢がニャジラを襲った。そして、僕は見た……電柱の上に舞い降りる、紅白の巫女装束姿を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます