第17話「カオスちゃんねる、夢中な花未」
少し一人で考えてみて、それなりに考えはまとまった。
僕が思うに、特異点が現実世界に計測可能な形で顕在化する条件。
それは、非日常の住人である摩耶や冥沙先輩、星音会長にとっての敵が現れた時だ。少なくとも、それぞれ自分の世界線で使命を果たす時、特異点反応が見られる。
だが、それだけだろうか?
そもそも、特異点とはなんなのか。
そして、事件解決のために花未は特異点をどうするつもりなのか。
「はあ、わかんね……まあでも、作品のプロットとしては初期段階、まだまだここからが勝負って感じかな」
僕は家路をとぼとぼと歩いていた。
商店街は丁度夕暮れで、雑多な匂いが食欲を刺激してくる。
お肉屋さんのコロッケが揚がる、香ばしい匂い。
どこかの家は、これはカレーかな?
行き交う人たちも皆、いきいきとして見えた。
とても、先日ここでワイバーンが暴れて壊滅したなんて思えない。
「……ん? おいおい、あいつはなにをやってるんだ?」
ふと、僕が足を止めたのは電気屋の前だ。
ショーウィンドウに並んだテレビを前に、かじりつくようにして前のめりな女生徒が一人。そう、それはセーラー服姿の花未だった。
彼女の周囲には、7、8歳の小学生たちが何人か集まっている。
どうやらみんなで、テレビ番組を見ているようだった。
「ふむ、これが野球……失われし古の文化」
「ねーちゃん、野球知らねーの? 大リーグだぜー?」
「太谷って、チートなんだぜー? 二刀流!」
丁度、アメリカの大リーグの結果が情報番組で放送されている。
ガラスに両手をついて、花未は額を密着させながら魅入っていた。
「では、先程君たちが言ってた、あれが」
「そうだぜー、スリーアウトでチェンジだ。スリーストライクでワンアウトな?」
「太谷は打っても投げてもすげーんだぜ? ねーちゃん、さてはモグリだな」
「ちょっと、男子! さっきから失礼でしょ! お姉さん、女子高生なんだから」
なにをやってるんだ、なにを。
っていうか、未来は野球とかないの?
え、じゃあサッカーは? バスケは? セパタクローは?
不穏な言葉に僕が驚いていると、花見がガラスに映る僕に気付いて振り向いた。
「一ノ瀬隆良。今、帰りか?」
「あ、ああ。花未はお前、なにしてんだ?」
「テレビを見ている。これは野球というスポーツの特報だ」
「いや、見りゃわかるが……野球、好き?」
「興味がある。この時代には多種多様なスポーツがあったと聞いているからな」
やはり、花未は未来人……えっと、時空監察官だっけ? ちょっとSFだな。星音会長のスペースオペラとはちょっとだけジャンルが違うのかもしれない。
まあ、大事なのは区分けじゃないんだけどな。
ロボをリアル系かスーパー系かで分けるのと同じくらい無意味だ。
ジャユアルに楽しむ方が楽だし、僕には今はどっちもリアルな現実である。
「おー、ねーちゃんの彼氏?」
「否定。わたしの生殖相手ではない」
「なんだよー、彼氏じゃねーのかよー」
おいおいガキンチョ、なにを……っていうか、花未? あのな、彼氏彼女の事情ってそういうのじゃないから。動物の番じゃないんだからさ、繁殖の話は誰もしてないでしょ。
でも、僕はつい具体的な繁殖方法を想像してしまった。
そして何故か、壱夜に後ろめたい気分が込み上げてくる。
なんでだよ、妄想の中でくらいいいだろ。
そもそも壱夜は幼馴染で、僕とはただの友達みたいなもんだ。
そんなことを悶々と考えていたら、花未は先日買ったかわいい財布を取り出した。
「決めたぞ、一ノ瀬隆良。テレビを買う」
「お、おう。そういや、なかったっけか?」
「神凪冥沙に冷蔵庫や洗濯機は買ってもらったが、テレビはなかった。知らなかったのだ……こんな便利な、とても楽しい装置があるなんて。情報収集にも役に立つ」
「はあ。えっと、もしかしてテレビって……お前の時代にはないの?」
「テレビに類する装置は存在する。ただ、接触にはかなりの高レベルな権限が必要だ」
そうこうしていると、情報番組はコマーシャルを挟んできた。
そして、今夜のテレビロードショーが宣伝される。夜9時から毎週古い映画をやってて、今日は凄く有名な国民的アニメをやるようだった。
あー、僕も好きなんだよな、紅豚とか魔女宅とか。
花未も興味があるらしく、カッ! と目を見開いた。
「これは……アニメーション! しかも、手描きだと? この全てが、CGを全く使っていない……どういうことなのだ、一ノ瀬隆良。子供たちも、これがこの世界の常識なのか?」
「ねーちゃん、だっせー! アニメはやっぱ手描きだよなあー?」
「父ちゃんも言ってた! シージーもすげえけど、やっぱ日本のアニメは手描きだって」
むう、と唸って花未はますますショウウィンドウに張り付き夢中だ。
その後もカップラーメンのCMにのめり込み、政府の選挙公報のCMに仰天する。
表情こそ変わらないものの、彼女の輝く瞳が全てを語っていた。
そして、いよいよフンスと鼻息も荒く花未は振り返る。
「一ノ瀬隆良、わたしはテレビを購入する。……その、できれば大きいのを」
「お、おう。いいんじゃない? 大迫力の大画面って、いいよな」
「……拠点まで運ぶのを、手伝ってくれるか?」
「肉体労働は苦手なんだけど、まあ、それくらいなら」
「ありがとう、一ノ瀬隆良」
ちょっと、ドキッとした。
今どき、それしきのことで? そんなに真っ直ぐに、心からのありがとうを言えるものだろうか。でも、そうなんだろうな。花未が本来いる日常では、これは物凄い幸運と厚意で、感謝の気持ちもひとしおなんだろう。
僕はつい、どもってキョドってしまった。
「どっ、どど、どういたしまして?」
「あーっ、このにーちゃん、赤くなってっぞ!」
「わーい! 付き合っちゃえ、付き合っちゃいなよユー!」
「もぉ、男子! こういうのって尊いんだからね! なんで見守れないのよー!」
子供たちよ、勘弁してくれ。
僕はそういう胸キュンな物語を書くのが仕事で、生き甲斐で、でもあくまで作る側なんだわ。花未だってそういうこと言われたら困るだろうし。
でも、現実は違った。
リアルはラノベより奇なり。
花未は初めて僕に見せる表情で俯いた。
「す、すまない、一ノ瀬隆良。わたしごときが、こんな……気を悪くしないで欲しい。子供たちに悪気はないんだ」
「あ、ああ……っていうかなあ、花未」
「あ、ああ」
「わたしごとき、なんて言うなよ。自分で自分をどう思ってるかは自由だけどな。でも」
僕はなんか、自分でも気障ったらしいと思った。
でも、そうしたいと思ったし、そうするしかなかった。
そうしないと、花未がいたたまれなさで消えそうだったから。
本当に、儚さが極まって溶け消えそうに思えてしまったんだ。
だから、ポンと彼女の頭に手を置く。
うわー、こんなことラノベ主人公でも気軽にやらないぞ!
「でもな、花未。僕の友達を悪く言うなよ」
「友、達?」
「そう、僕の友達を『ごとき』はないでしょ」
「友達……と、も、だ、ち」
「そうだ。突然現れて僕の平穏な毎日を塗り潰した、不思議ちゃんで意味不明で、一昔前なら綾波系って言われるような奴でさ。でも、毎日一生懸命で健気でさ、そういう友達」
僕は最近、花未を好ましく思っている。
好きだとか愛してるとか、懇ろになりたいとかじゃない。
こいつ、いい奴なんだと思う。
別世界から使命を帯びてやってきた、それ自体が彼女にとって仕事のようなもの、任務だとは思う。でも、僕たちの世界を守るために花未は頑張ってくれてるのだ。
「……了解した、一ノ瀬隆良。わたしは、わたしなんかではない」
「だな。さ、テレビを選ぼう。あと、ガキンチョは帰った帰った」
「へーい。行こうぜ、みんな! こういうのってあれだよな、お邪魔虫なんだよな!」
「ひゅーひゅー! 二人共お幸せにー! さあ、帰って飯食って宿題しよーぜ!」
「今夜も一狩り行くかんな! みんな、あとはオンラインで集合だぜー! じゃあな!」
子供たちは冷やかしまくってくれたし、なんか、こう……子供ってかわいいなあ、無邪気で素直で、なんていうか真っ直ぐだ。
それは花未も同じで、彼女はいよいよテレビを選ぶらしい。
「一ノ瀬隆良、予算は問題ではない。大きいものがほしい」
「あー、なんか軍資金は潤沢だよね、花未ってさ」
「当局は出撃先の世界に合わせて通貨を融通してくれるからな。かなりこの時代の印刷技術も高レベルだが、複製は全く問題がなかった」
「いや、その話自体が問題発言なんだが……ま、いっか。ほれ、行くぞ」
「ああ。テレビがあれば色々見れるな。わたしは、こうした映像作品は初めて見る」
「そなの?」
「わたしのような錬成人間は、二級市民の資格すら持たないからな」
「うわ、いきなりのディストピア発言……」
さらっと重い話題をブチ込んでくる、それもまた花未だ。
もう慣れたし、気にならない。
花未が本来いるべき世界、彼女が産まれて育った場所……そこには、今の僕には計り知れない不自由がはびこっているんだろう。恐らく、ユートピアが『どこにもない場所』であるように、花未のバックボーンは『どこにもあってはならない場所』かもしれない。
でも、そこから僕たちの世界を守るために、花未は来てくれた。
なら、一時だけでも僕たちの世界を楽しんでほしいと思うのだ。
「む……なんだ? 緊急地震速報? ほう、テレビにはこんな機能もあるのか」
「あー、地震かあ。震源地、東北みたいだな。震度3、これくらいなら大丈夫かな? なにせ日本は地震大国だからな」
「そ、そうか。地震とは星の息吹、大地の底から沸き上がる惑星の命。災害でしかないが、わたしの時代にはそれすらなかった。災害もまた、自然と生命の中で生きる証なのだ」
その時、僕はまだ気付けなかった。
寂しげに笑う花未が、どういう場所で産まれて育ったかを。
そして、彼女の手首でデバイスが微かに特異点反応を点滅させていることを。
だから、本当に気付けなかったんだってば……遠く離れた背後で、僕たち二人を見て不安を燻らしている幼馴染の存在を。
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