第12話 呻き
竜之進、虎次郎と合流した舞、ハヤト、桃の三人は、彼等に先導されるまま城内へと入り、そこから堀へと繋がる、一般には公開されていない秘密の通路を抜けた。
舞はもちろん、ハヤトも桃も初めての体験であり、それだけで、特に桃が興奮状態だった。
用意されていたのは高瀬舟で、意外と大きく、十人は乗れそうだった。
さらに特徴的だったのは、船尾にエンジンである『船外機』が付いていたことだ。
これが何なのか、舞は知っていたが、ハヤト、桃の二人はそうではなかったようで、不思議そうに見つめていた。
舞は、この船外機を使って進むのかと思ったが、虎次郎が竿を使って操り、器用に堀を進んでいった。
「舞、其の方は『せんがいき』を知っているのであろう? なぜ使用しないか不思議に思っているかもしれないが……」
「いえ……あまり人目のつくところで仙界の道具を使うべきではないですから」
「うむ、海に出てからこれを使うつもりだ。一応、虎次郎が使い方を知っているが、其の方はどうだ?」
「はい、私も操作できると思います。仙界で試したときは、もう少し小型の物でしたが」
ハヤトと桃は、最初その会話が理解できなかった。
やがて高瀬舟は水門を抜け、海に辿り着き、しばらく進んだところで舞が船外機を始動させ、爆音と共にすごい勢いで船が勝手に動き始めたのを見て二人は仰天。ようやく先程の会話の意味を理解した。
そしてすぐに慣れ、あらためて仙界の技術に驚きつつも、それを使いこなす舞の姿に、頼もしさと、うらやましさを感じたのだった。
しかし、その仙界の御技を持ってしても、大島への到達は困難だった。
潮流の変化が激しく、また、この日は波も高く、思うように船が操れない。
こればっかりは、さすがの舞も専門外で、潮の流れが読める地元の漁師を同乗させるべきだったか、と、全員反省したのだが、めげずに何とか荒波を乗り越え、入り江から船を接岸し、上陸することに成功したのだった。
「……ふう、やっと付いたか。もう昼だ……ハラハラしたぜ、転覆しやしないかってな……ま、俺ならそれでも、泳いで陸まで戻れるがな」
これは虎次郎の弁だ。
大島は沖合約八キロと相当距離があるのだが、大柄でいかにも体力がありそうな彼が言うと本当にそう聞こえてしまう。
「まあ、この船は一見ただの高瀬舟に見えるが、相当丈夫に作られている。高波にも強いと聞いていたし、何より、『せんがいき』を搭載した、藩内でも二艘しか存在していない代物だから、心配ないとは思っていたが」
竜之進が強がるようにそう言った。
「そうか? 少し怖がっていたように見えたが」
「……いや、ただ警戒していただけだ。さあ、参るぞ」
竜之進が少しだけ怖がっているようには、舞も感じていた。
しかし、怖がっていたのは彼女も同じで、さらに言えば彼とは、さほど歳の差はない。
虎次郎は二十歳手前で、三~四歳年上と聞いていたので、彼の方が竜之進より堂々としているのは致し方ない……というか、藩主の息子である竜之進が身近に感じられて、今までの取っつきにくさが少し和らいだように感じた。
そしてその時点では気づいてはいなかった……竜之進が、「あえて」そのように見せかけていたことを。
五人が上陸して周囲を見渡すと、まだ新しい、ワラジで歩いたような足跡が残っていた。
「……俺たち以外にも、誰かここに来ていたようだな……だが船は見当たらないから、今は無人なのだろうが……」
竜之進が、さらに警戒心をあらわにして、何度も周囲を見渡す。
「そうですね……一応、念のため、足跡を辿っていきますか?」
ハヤトがそう口にした。
「……そうだな。このまま何もせず帰ったのでは意味が無い、少し歩くか……」
と、竜之進が歩を進めようとしたのだが、
「あの……先にお弁当、食べませんか? 天気も良いですし……もうお昼ですよ!」
桃がそう進言して、やや緊張していた他の者達は、拍子抜けしたように笑いながらも、彼女の提案を受け入れたのだった。
その後、昼休憩を終えた一行は、足跡を辿って茂みの中へと入っていった。
すると、ほんの十分ほど歩いただけで、すぐに真新しい小屋を発見した。
大きさは長屋程度で、ちゃんと木の板で壁も屋根もある。
声をかけてみたが反応が無いため、警戒しながら扉を開けてみた。
「……誰も居ない……けど、まるで昨日まで人が住んでいたみたいだ……」
そこには、水の入った樽や、七輪、茶碗等の生活用品、酒瓶が置かれており、布団が三枚敷かれていた。
「……ここは無人の島だったはずだよな?」
虎次郎が怪訝そうにそう口にした。
「ああ……あるいは、漁師が一時的に休憩できるように小屋を作ったか?」
「……いえ、ここに来るのは相当難儀するはずです……潮を読める地元の漁師ならそうではないのかもしれませんが、でも、わざわざこんなところに来て、小屋を作るほどの理由があるのでしょうか……」
舞は不安そうにそう言った……と、その時、何かがぶつかり、砕けるような大きな音が、離れた場所から聞こえ、全員思わず身構えた。
「何だ、何の音だっ!」
竜之進が大きな声を出す。
さらに続けざまに、二回、三回と、激しく何かがバキバキと壊れる音がした。
「……まさか……」
全員顔を見合わせた後、まず虎次郎が駆け出し、そして竜之進、ハヤトと後に続く。
それにやや遅れて、舞と桃も小屋を飛び出し、海岸の船へと向かった。
そして舞が見たのは、呆然と立ち尽くす、竜之進達三人と、船体に大穴が空いて浸水し、船外機も破壊された高瀬舟だった。
「……警戒しろ、まだこれをやった輩が近くに居るはずだ」
竜之進の言葉に全員がはっとして、特に虎次郎とハヤトは刀を抜いて身構えた。
……しかし、あたりに人影は見えない。
そのまま時間だけが空しく過ぎ、半刻 (一時間)ほどを無駄に過ごした。
先程まで良い天気だったのに、いつの間にか雲が出て、日差しが遮られ始めていた。
波もさらに高くなり始め、大穴の空いたこの船では、到底帰ることなどできない。
「……私が、『時空の腕輪』を使って救援を呼びに戻ります」
舞が、表情を強ばらせながらも、自分なら何とかできる、と提案した。
「……そうだな。桃も一緒に移動できるのであろう? そうした方がいい……俺たちならなんとか……」
竜之進がそう言葉を発した瞬間だった。
クゥオオオン、ルゥオーーン――。
島全体が震えるような、巨大な生物が
その大音響を耳にした五人全員が、この島が呪われた『幽霊島』という別名を持っていることを思い出し、戦慄した。
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