第46話 静かな世界③
僕を助手席に乗せた車は、スピードを抑えながら堤防の道をゆっくりと走る。
健二は片方の手でカーナビの画面を操作しながら、プレイリストに入っている音楽を順に再生し、出だしだけ聞いてはすぐに次の曲に変えていく。全部、僕の知らない洋楽だった。しっくりくる曲がなかったのか、やがて音楽を止め、運転に集中するように両手でハンドルを持ち直した。
「別に探すのを手伝うのはいいんだけどさ、こんなので見つかるわけ? 自宅とか友達の家に行ってるんじゃないの?」
窓から顔を出し、必死で那澄を探す僕に、健二は不満げに訊く。
「那澄には、帰る場所がないんだ」
僕は捜索する目を止めないまま呟いた。
「なんだよそれ、お前マジで家出少女とか捕まえてないよな?」
健二は高らかに笑う。
「立紀の彼女、今度会わせてよ。いつかダブルデートとかしてみようぜ」
「......那澄、人見知りだから」
健二の言葉を適当に受け流す気持ちで答える。
もしかして、お前の彼女犬じゃないよな? と半分本気で怪しんでいる様子の健二を無視しながらも、心の中で彼に感謝する。どうしようもなくなって、不安で押しつぶされそうなときに健二が来てくれて少し安心できた。それに、彼女との約束を遅らせてまで、僕に協力してくれた。
今はまだ感謝の気持ちも言葉も、しっかりと考える余裕はないけど、とりあえず僕は「ありがとう」とだけ彼に伝える。健二はわざとらしく、ふんっと鼻をならした。
涼しい風が窓から車内に入り込む。河川敷の生い茂った雑草が、風に吹かれてさらさらとなびいている。
しばらく進んだところで橋を渡り、今度は反対側の堤防の道を見て回る。広い街中を僕一人が探したところで見つかるわけがないという不安がこみ上げては押し殺した。腹が立つほど何の変哲もない世界の中に、彼女の痕跡を必死に探す。
今、那澄を見つけられるのは僕だけだ。
ふいに、陸と川面のちょうど境目に何かを見つけた。
僕は目を凝らして、はっとする。
「車止めて!」
叫ぶように言った僕に驚きながら、健二は急いでブレーキをかける。僕は車が止まると同時にドアを開け、堤防の斜面を走り下りた。
背の高い草をかき分け、砂利が広がる不安定な地面に躓きながら、川に近づく。僕が目にした「それ」は、おそらく川上から流れてきたのだろう、砂利の地面に引っかかって止まっていた。
拾い上げた僕は息を呑んだ。
那澄の靴だった。
今まで心の中に押し込んでいた最悪の想像が、一気に現実味を増して僕を襲う。それを受け止めまいとする僕の手が、靴を落とした。何もかも終わってしまったんじゃないかという絶望が、嗚咽となって口から出そうになる。
まだ決まったわけじゃない、大丈夫。
胸を締め付ける痛みを抑えながら、自分に必死で言い聞かせる。
それでも、どういうわけか涙が止まらなかった。
泣いている時間なんてないのに。
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