第11話 特別な自分
今までの僕は、他者に認められる「特別」を求めて生きてきた。自分が人よりも優れているところ、称賛されるところはどこなのか、そればかりを考えてきた。周囲から認められることが僕にとっての幸せで、人生の漠然とした目標だった。テレビで引っ張りだこのタレント、国を代表するスポーツ選手、ヒット作を生み出した漫画家など、彼らを画面越しで見るたびに羨望し、どこか焦りを感じていた。
だから、僕は中学、高校と美術部に入った。僕はもともと絵は得意な方で、小学生の頃は親や友達から「すごい才能じゃん」とか「漫画家になれるよ」とか言われていた。でもそれは、現実の厳しさをまだ知らない子供と、大げさに褒める大人たちの何の根拠もない言葉だった。現に、過去の思い出の品をあさってみると、当時の僕の絵は取り立てて上手いわけではないのだ。クラスに何人かはいる、絵が上手い奴の内の一人にすぎなかった。
当時の僕は周囲の言葉を真に受けて、もっと練習したらもっと多くの人に認めてもらえるのだと期待した。確かに、美術部に入ってから絵は格段に上達したし、子供相手のお世辞なんかではなく、本心で褒められていると感じるようになった。
でも、僕より才能のある人や僕より努力している人なんてごまんといる。大人に近づいていくにつれ、その現実を少しずつ理解していった。「大人になる」というのは、そういうことなのだろう。
子供の頃に水彩で自由に描いていたまとまりのない社会は段々と形を成していき、鉛筆ではっきりと線が引かれていく。希望と不安に満ちていた感情は社会の波にならされて、丁度いいところに落ち着いてしまうのだ。その現実を受け入れたとき、僕は何を目的に生きればよいのだろう。ずっと僕の心の片隅に、もやもやとした不安がこびり付いていた。
また、街明かりが一つ消えた。僕は夜の冷えた空気を吸いこむ。眼下の道には人も車も通っていない。この空間を独り占めするかのように、何度も深呼吸をする。
「特別」にならなくても、大勢から認められなくてもいい。今日みたいな楽しい時間がこれからも続けば、平凡であったとしても、幸せな人生だったと胸を張って言えるんじゃないのか?
僕は心の中で自分に問いかける。
出した答えは「そうかもしれない」という曖昧なものだった。そこでようやく、答えなんかわかるわけないことに気づいた。何を目的に生きるかなんて、今考えても答えは出ない。出たところで、どうせすぐに「やっぱり違うな」となるのがおちだ。悩むだけ無駄。
息を吐くたび、体の中にある生温かい空気とともに、今までこびり付いていた不安が外へ出ていく。凝り固まってどうしようもなかった呪縛が、あっけなく溶けていくのを感じる。
つい、鼻で笑ってしまった。今まで長い間付きまとっていた不安は、非常に単純な考えによって解消されてしまったのだ。
「ばかばかしいな」
その言葉と一緒に、腹の中の最後の一滴を吐き出した。
僕は視野が狭かった。「特別」に固執するせいで、自分を苦しめてきたんだ。きっと人生には無限の幸せの形があって、それを手にするために無限の選択肢がある。
そう思うと、一人、自然と笑みがこぼれた。
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