第9話 誕生日会②
僕がまず向かった先は近所のスーパーだった。誕生日プレゼントを買う前に、ご馳走を作るための食材が欲しいということでお使いを頼まれたのだ。水島さんからメールで送られたメモの通りに、肉や野菜をふんだんにかごに入れ、預かったお金で買い物を済ませる。そして、いったん家に帰り、食材を水島さんに届ける。
水島さんがご馳走の準備をしている間に、僕は一番の重要任務である誕生日プレゼントを買うべく、僕のバイト先でもあるデパートへと向かった。
デパート二階、東側通路。ここには、ブランドショップやアクセサリー店など、おしゃれな雰囲気のお店が立ち並んでいる。僕はその内の一つの店に入った。
店内には、数多くの腕時計が並べられている。比較的安い、数万円の腕時計が置かれているコーナーを歩きながら、僕はお目当てのものを探す。
「あ、あった」
と、小さくつぶやき、水島さんから送られてきた写真と見比べる。細めの革ベルトで、淵は華やかなピンクゴールド。少し丸みを帯びた数字や針、ブランド名の入った文字盤がはめられている。大人っぽくもあり、可愛くもあり、藤沢さんに似合いそうな腕時計だと思った。
それをプレゼント用に購入し、店を出た。空は暗くなっており、来る時に聞こえていたカラスの声もどこへやら消えていた。きっと、レジをしてくれた若い男性店員さんは、僕が彼女にプレゼントするために買ったと思ってるだろうな。そんなことを考えながら、スマホの時計を見る。ちょうど十九時を回ったところだった。
藤沢宅のドアを開けると、クリームシチューのいい匂いが僕を包んだ。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。か、買えましたか?」
水島さんは鍋に入ったシチューをお玉でかき混ぜながら、心配した様子で聞く。
「うーん、それが...」
少し意地悪をしてやろうと、わざと悩ましい表情を浮かべる。
「...売ってませんでしたか?」
「うん」
「...そっか、それじゃあ仕方ないですね。買いに行ってくれてありがとうございました」
その言葉は平静を装っているが、声のトーンから、相当ショックを受けている感じが伝わってきた。
「水島さん」
そろそろ申し訳なく思い、僕はカバンから先ほど買った腕時計を取り出す。
「じゃーん!」
「え、え?ちょっと、買ってるじゃん!もーっ!」
水島さんが笑いながら僕の肩を小突く。
水島さんの反応がおかしくて僕も笑う。
「ごめんごめん。あははっ」
「そんなにおかしいですか?」
「いや、水島さん、口調変わってたから。なんかおかしくて」
「ふふっ、確かに。つい、詩乃ちゃんと喋るときのような口調になっちゃいました」
水島さんは僕から受け取った腕時計を嬉しそうに眺める。
僕は、湯気を出している鍋をのぞき込む。
「いい匂い。今回は焦がさなかったんだね」
「え?あ、カップケーキのことですか!?あの時のことは忘れてください!」
今度は背中を小突かれた。
「あんなミスをするのはめったにないですよ。私、これでも料理には自信があるので!」
水島さんのその言葉は本当なのだろう。シチューの次は手慣れた手つきで鶏のから揚げをつくり始めた。
「僕も何か手伝おうか?」
藤沢さんが帰ってくるまでまだ時間がある。どうせなら最後まで彼女のサポートをしてあげたい。
「あ、じゃあサラダ作ってもらえますか?そこにある野菜、いい感じに切って大皿に盛り付けてください」
「おっけー、任せてくれ」
一人暮らしを始めて半年ほどだが、自炊はそこそこやってきた。サラダくらい上手く作ってやろうと意気込み、包丁を握る。隣では、油の中に一つ目の鶏もも肉が入れられ、ジュワーと、食欲をそそる音がたった。その時、ふと、重要そうなことを思い出す。
「そういえば、誕生日ケーキはいいの?」
「ケーキは詩乃ちゃんが買ってきてくれます」
「そっか」
もう一度お使いに駆り出されるのではないかと思ったが、その心配はないようだ。
「いつもケーキだけで誕生日を祝ってたんですけど、やっぱりそれだけだと寂しいですからね。今日のサプライズ、喜んでくれるといいな」
「絶対喜ぶよ。俺なら泣いちゃうかも」
水島さんのフフッという笑い声が聞こえた。
「...ほんとに、詩乃ちゃんにはいつも迷惑かけてばかりだから」
ぽつりとつぶやかれたその言葉には、きっと彼女の複雑な気持ちが混じっていたと思う。
僕は油のはじける音を聞きながら、大皿に切った野菜を添えていく。
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