第11話 初日 15:30
拠点で待機していた益人達は集合の予定時刻前に部屋に入ってきた春夏達を出迎えていた。
無事戻ってきた。それに軽く安堵したことを隠すように益人は興味なさげにそっぽを向いていた。
両手に抱えるほどの荷物をなにかの布に包んで持ってきた二人に、
「大量ですね」
桜が駆け寄って聞いていた。
「そうでも無いわ。布みたいに嵩張るものが殆どだしゲーム攻略の糸口になりそうなものは何も」
春夏は荷物を広げながら語る。
几帳面に分類分けしてまとめられていたアイテムは大まかに四つ。水、食料、薬、最後に凶器が少し。
ほとんどが小型のナイフしか無かった。それを見て怖いよりも心許ないと桜は感じていた。
「後の二人は、まだ来ないな」
「時間は過ぎてるけど……心配ね」
一人地面に腰を着いて動かない益人がスマホの画面と出入口を忙しなく見ていた。
神経質にも見えるが何かがあってはいけない状況で落ち着いていられない気持ちは全員が理解していた。
もう少し時間が経ったら迎えに行くことも考慮しなければいけない。
めんどくせえな……
マーダーを見た以上、脅威に対応出来る人材も武器もない。行動するなら決死の覚悟が必要だった。
「あ、そういえば益人さんが──」
「静かに」
桜の言葉を益人が遮っていた。
物音だ。階段を降りる足音と、微かな話し合いの声。十中八九あの二人であることに警戒しながらも汗の滲んだ掌を乱雑に拭っていた。
音は確かに近づいて、
コンコン。
ノックのあと扉が開かれる。
「なんだ、最後かよ」
「時間も過ぎてるしな。当然だろう」
なんの悪びれもなく入ってきた二人は一身に視線を浴びてそこで立ち止まっていた。
「な、なんだよ」
「いや、なんでもないわ」
春夏は呆れたと言うようにため息をついていた。
……責めないか。
いや、責められないのだろう。背中から覗くバッグパックに、それでも入り切らなかった物資を両手に抱えて登場したのだから。あの時間で十二分な成果を上げ、そのせいで遅れたことを責めれば他のペアが萎縮してしまう。
原因はリーダーがいない事だ。褒め、責め、改善し、周知する。その役割を担うはずの人物は何故か囚われの身になっていた。
よく考えれば無責任にも程がある。愚痴の一つでも言いたくなるが今はぐっと堪え、
「連絡出来るアドオンでもあれば助かるんだけどな」
と、遠回りな忠告に留める。
「アドオン?」
そう声を上げたのは颯斗だった。
「あぁ、スマホに追加出来る機能の事だよ。全部が全部そうとは限らねえけど、専用の端末にぶっ刺せばインストールして使えるぜ」
「なにかインストールしたのか?」
源三郎は入ってきた戸を閉めて部屋の中まで進んで来ていた。
荷物を下ろして肩を回す彼に、
「あぁ。マーダーの位置を特定するレーダーだよ」
「マーダー?」
「知らないのか?」
益人の問いに源三郎は一瞬ためらいを見せた後、首を横に振っていた。
……そうか。
詳しい情報が得られるかもしれないと期待していただけに益人は肩を落としていた。
前のゲームではそもそも存在していなかったのかもしれない。そう思い直して、
「マーダーってのはな――」
何も知らない四人のために先ほどまでに起こったことを説明することとなった。
「そうか……」
益人の話が終わり、そのまま他のペアも探索の結果を簡単に説明することになっていた。
身の危険があったのは益人達だけで、あとは不審な物音がした程度。集まったのは物資以外に目を引くものがなかった。
かんばしいとは言えない結果に源三郎は眉をひそめて頷いていた。
「でもマーダーの存在を確認が出来たことは良かった事ね」
すかさず春夏がフォローする。
体格や経歴のこともあって源三郎の行動は良く目を惹く。不満そうな態度が簡単に場の空気を濁らせてしまうことへ注意が必要だった。
「そうだな」
益人はどこか上の空な表情で言うと、目の前で物資を分けている桜の様子を見つめていた。
やはりというか一番多く集まったのは水だった。生命線ともいえるもので、逆に必要以上はただの荷物にしかならない。最初にまとまった量を確保できた以上、これからは見つけても捨てることができる。
次に多いのは布、そして凶器だった。拳銃はもちろんのこと刃物、鈍器、長物とゲームの意図が見え隠れしていた。
あとは少し物足りない量の食料と、用途のわからない物がいくつか。何かのパーツであったり、見るからに危険そうなラベルの張られた薬品といった具合に。
食料は主にカロリーバーや袋に入ったパンだ。まさかここで調理をするなんて悠長なことをしないようにと配慮がされているようだった。
最初の三時間、全体の十六分の一の成果としては上々だ。特に二人分のバックパックは積載量と運動性から見ても確保できたことは大きかった。
「他の参加者が見つからなかったことが痛いな」
源三郎は相変わらず苦悶の表情を浮かべたまま話す。
「そうね。こちらに敵対してくるならまだしも、事情を知らない同士で殺し合っていたらどうにもならないわ」
「最初からそんな覚悟が決まっているやつは少ないはずだ。だいたい二日目の午後に焦りだして三日目に殺し合う」
「経験者は違うな」
颯斗が鼻で笑う。
益人も同じことを思っていたが颯斗のそれは否定的な感情で占められていた。
……餓鬼じゃねえんだからさぁ。
分別のついていない態度にため息が漏れる。
直後、春夏が颯斗の後頭部をひっぱたいていた。
パシーンと乾いた音が響き渡る。
「いってぇな!」
颯斗は大きく口を開いて抗議の声を上げていた。
しかし、春夏は、
「こら、彼も被害者のうちの一人なのよ。今は協力しなきゃなんだからあまり滅入るような事は言わないで」
頬を膨らませてにらみつけることで封殺する。
それで黙る彼の姿をみて、
まるで親子か姉弟だな……
益人は苦笑する。それで黙るくらいなら初めからしなければいいのに。
ただいつまでもそのやり取りを見ているわけにはいかないと、益人はわざとらしく咳ばらいをすると、
「最優先したいのは参加者の発見だな。あとはさっきと同じ情報集めか」
「了解よ」
春夏が頷く。それにつられるように他の参加者も動作を真似していた。
ただ一人、颯斗だけは腕を組んで首を横に振り、
「その前にチーム替えしようぜ」
益人はじとっと颯斗を見てから源三郎に視線を流す。
「俺は構わない」
彼は目を閉じて短く答えていた。
「……わかったわ。なら私と組みましょう」
「いいぜ」
「あなたは桜ちゃんをお願いね」
「わかった」
源三郎は軽く二度頷いていた。
一瞬、桜が益人のほうを向いたことに気づく。
何か言いたそうな、唇を引き締めた表情はすぐに失せ、
「よろしくお願いします」
桜は源三郎に向かって小さく会釈する。
……なんだ?
気にはかかったが思い過ごしかと、益人は記憶から消していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます