第3話 開始前-3
「どういう意味だよ」
最初に飛んできたのは疑問だった。
蓮は少年を見る。じっと、試すような目で。
しかしたじろぐばかりで口を開こうとしない様子から、蓮は代わりに言う。
「君たちはなんの理由もなくこんなゲームをさせられるとでも思っているのかな。そんなわけないだろう。それこそ単位が違う程の金のやり取りが行われているのさ」
「その根拠は?」
「ない……わけではないが確証は出来ないね。ただルールを見て思うのが非常に疑問が多いということだよ」
「疑問?」
「あぁ意図したものだろうけどね。もし運営側がただの殺人が見たいだけならわざわざ生存によるメリットを提示するはずがない。最後の一人まで殺し合わせるルールにすればいいだけさ。何らかの社会実験ならゲームという言葉を使わない。そう、これはゲームで私たちはただの競走馬、そう考えた方が辻褄が合うと思わないかい?」
蓮は同意を求めた。しかし、少年もその他大勢もピンとくる様子はないという表情を浮かべるばかりだった。
……想像力が足りないのか、それとも説明が分かりにくかったのか。いや、十二分過ぎるほどには噛み砕いて話したのだから前者だろうね。
そのまま反応がないかと思われた時、大柄の男性が声を出していた。
「なら、裏切り者と言った理由は?」
「ゲームなら状況が硬直してしまうのを嫌うはずだからさ。特に大金が動いているならパトロンには納得してもらわなければならない。私が深く追求しなかったのも、規約でそれが話せない、話してはいけないと思ったからだよ」
「なるほど」
「さて、君たちは非常に運がいい。高々十億ぽっちのパイをこの人数で奪い合う以外に道が出来た。控えめに言っても一人千億単位、もしかしたら兆に届く金が手に入るかもしれない。馬鹿正直に殺し合いがしたいというなら別だが一考の余地はあるだろう?」
「そうだな。ただそれを認めてくれるかどうかが問題じゃないか?」
まだよくは理解していないものの、少年は機敏に返答してみせた。
蓮はそれに細かく頷くと、
「そうだな、そろそろ私も答え合わせの回答を伺いたいところだ」
『──参加者の要求は認められません』
スピーカーから流れる音声は機械的な拒絶を含んでいた。
当たりだな……
蓮は表情を崩さない。自分の予想が当たっていたからこそ、返答があったと確信していたからだ。
「そうか、それでは過去最低のゲームとなるだろうがよろしいかな?」
『参加者の要求は──』
『──認めよう』
「ほう」
それは人間の声だった。編集されていない、そのままの。
状況が変わったことに蓮は薄く笑みを浮かべる。
『認める、賭けへの参加をな。顧客の圧倒的多数がそれを支持している。歓迎すべき事態だとな』
「良かったよ。芝居かかった演技をした甲斐があったということだね。外れていたらまともに外が歩けなくなるところだったよ」
軽口に対して返答は無い。
……悲しいね。
スピーカーから漏れ出る声は淡々と、ただ先程までとは違い流れるように心地よいリズムで話始める。
『それに伴いいくつかゲームについて補足をしなければならなくなった。一つ、既存のルールを少し修正すること。リピーターの存在がわかっている以上君たちに有利すぎるからだ。あぁもうカミングアウトしてくれて構わないよ』
その言葉に小さくため息をつくものが一人。
ここまでは順調だ。そう思える内容に内心安堵する。
しかし次の一言で蓮は悟られない程度に目を開いていた。
『もう一つ、最終日の午前六時まで桐生 蓮のゲームへの参加を認めない』
「は?」
「ほう」
情報の過多に戸惑う周囲とは対称的に、蓮は関心していた。
上手い手だ。衆愚を率いるリーダーを潰す。何処まで理解出来ているか不明な他の参加者は、そもそも蓮の提案に乗るとも言っていない。訳の分からないまま放り出されることになれば混乱は免れないだろう。
『私達が見たいのは指導者に従うだけの蟻では無いんだ。ゲームとして盛り上がりの欠けることは排除させてもらう』
「ふざけんな! フェアじゃねぇだろ!」
『フェアとは、なかなか面白い冗談だ。そうだ、フェアでは無い。君達はただの駒で、観客を楽しませるために操られていればいい』
「てめぇっ……」
少年がスピーカーに向かって怒りを募らせていた。
物があれば投げつけていただろう気迫はそれなりなもので、唯一持っている命綱ですらどうにかしそうという雰囲気に、蓮はストップをかける。
「落ち着きたまえ」
「でもよ──」
「感情的にさせることが相手の目的なのだよ。冷静な判断を鈍らせる。それが命取りだとわかっているから挑発をするんだ。言い換えれば安い挑発でもしないと私達がクリアしてしまうと危惧しているのさ。今考えるべきは運営への怒りでは無くゲームの攻略だ、目的を見失うべきでは無いよ」
「あ、あぁ。わかったよ」
見た目に反して素直な返答を少年はしていた。
地頭はいいのだろう。または教育の成果か。どちらにせよ利点である事に変わりは無い。
蓮は少年の肩を二度ほど叩いた後、スピーカーに向かって声を投げる。
「さて、参加しないということだが私はどうすればいいかな? ここで目隠しでもして待っていればいいのだろうか」
『君は別室待機とさせてもらう』
「わかった」
問題は無い、と態度で示す。
『直ぐに迎えを向かわせるから大人しくしていてくれ』
「わかった」
再度了承してから蓮は指を二本立てて、
「ああ、そうだ。皆に二つほど伝えたいことがあるがいいかな」
『……内容次第だ』
その声は淀みを帯びていた。
警戒されているな、と蓮はほくそ笑む。
彼にとって現状が予定外であることは間違いない。全員生存の提案も参加者が賭けに参加することも、そして他の観客がそれを追認したことも。
ゲームの運営側に残された道は強引に正道へ戻すか臨機応変に対応していくかの二択しか残っていない。イレギュラーが発生したからといって止めるという選択肢はありえないはずだ。
可哀想に。蓮は純粋にそう思う。
されど同情することは無い。この場にいるのは悪趣味な戯れに付き合わされている被害者だからだ。
蓮はスピーカーに向かって軽く微笑み、
「私の職業と金言を一つね」
『許可しよう』
「まずは職業だが、騎士というらしい。下々の人を守るピッタリな職業だな。そして──」
そこで一息つく。
しばらくゲームには参加できなくなる。それがどういう意味か、どういう状況を生み出すかを今一度考え直して言葉を選んでいく。
「――すべてを疑え。順調な時こそ大きな罠に嵌っていると思え」
言い終えて、蓮は目を閉じる。
幕が下りたように静寂が支配する。誰もが言葉に困り発言を控えているが、蓮にはそれ以上言う権利がないためどうすることもできなかった。
どれほどの時間が経ったのか、実際は大した時間が経ってはいないが居心地の悪い空間を破る存在が現れる。
「桐生 蓮だな。こちらについてきてもらう」
明らかに武装した人物が部屋に入ってくる。手に持った銃口を蓮に向けたまま腕をつかみ部屋を出て行ってしまう。
その間十秒もないだろう。何が起こったのかわからないまま部屋の中は一人減って六人になっていた。
誰もが動けないでいた。どう動くのが正解か、それすらわからない。
ゲーム開始まであと十分。何かをするには時間は多くない。
『最後に一つ、この放送はこの部屋にしか流れていない。ではいいゲームを』
放送はそれだけ言い残し、完全に沈黙していた。
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