26.さあ、見せてやれ

 体育の試合は3種類の生徒に分けられる。

 足を引っ張りたくなくて胃を痛める素人と、素人とやっても面白くないからと手を抜く経験者と、素人相手だからこそ張り切る経験者である。


「実業団に行けるような子は手加減してくれるんだけど、うちはあいにく強豪校ではないのよ」

 試合前のミーティングで、椿さんが億劫そうに重たい息を吐いた。横目で、対戦相手となるチームを睨む。


「つまり、中途半端に上手いから無双したくなるってこと?」

「だいたいその通りだけど、言い方」


 付け焼き刃ではあるけどこの二日間、私は基本的な型をみっちり叩き込んだ。朝練や放課後を使って。

 他のチームメイトには強制はせず自由参加でいいよと言ったけど、意外にも全員が練習に付き合ってくれた。


「お前のためじゃねーよ。最後くらい気持ちよく勝ちたいってだけ」

「うちもまあ、やる気はないけど足引っ張って戦犯になりたくないってだけなんでー」


 柿沼さんと松岡が声を揃える。

 マジになってるリーダーに付き合ってくれてるんだから、いいチームに恵まれたもんだと思う。


「あの栗田ってやつに戦犯扱いされてクソむかついてるんで、一泡吹かせてやりたいんです」


 尾花は相手チームと前の授業で組まされさんざん怒鳴られたらしく、怒り濃く吐き捨てた。隣にいた紫苑も『……同じく』と小声で同調する。


「えと、黒川さん。いつだったか試合したときは狙い撃ちしてすみませんでした。償いとしてわたしに球集めまくって構わないので」

「別に謝る必要はない。ルール違反ではないのだから。勝つって目的は一致しているのだし、今は試合に集中しましょう」


 尾花に気にしていないと頭を下げて、紫苑は私へと視線を合わせた。なにか言いたげな顔つきに、どした? と尋ねる。


 紫苑は切れ長の瞳をさらに鋭く細めると、かろうじて聞こえる声で答えた。


「……せっちゃんと、一緒に勝ちたいから。精一杯頑張るね」


 友達と一緒だから、足を引っ張って失望されたくない。だから勝つ。紫苑が言っていることはそういう意味だ。


 なのに好きな人の言葉というのは魔法みたいなもので、行動原理に自分が含まれているというだけで光が差し込み心が舞い上がる。


「私もおんなじ」

「え」

「んじゃみんなー、勝利の美酒ならぬアイスを美味しく食べるためにがんばりますかー」


 無限に湧いてくる嬉しみを噛み締めて、私はリーダーっぽい言葉で締めくくった。

 頬をぱん、と叩き喝を入れる。なんの根拠もないけど今は無敵になれる気がした。その自信が試合終盤まで持続していますように。


「では、両チームとも並んでください」


 教師の声に従い、ネットの前に整列する。サーブはうちのチームからということで、まずは松岡が投げることになった。


 試合開始のホイッスルが鳴り響き、松岡が腕を振り上げた。


「あらっ」


 どっと相手チームから笑声が湧く。

 松岡のアンダーハンドサーブは無慈悲にも空振って、飛べなかったボールが私達の間を転がっていった。


「ご、ごめーん」

「気にしない気にしない、切り替えてこー」


 松岡、練習では椿さんに続いてサーブミスが少なかったんだけどな。でも、本番では緊張してうまくいかないなんてのはどのスポーツでもよくある話。


 コートで打つのは練習も本番も一緒。いつも通りにやればいいと、緊張をほぐすのも私の役目だ。



 相手チームへとサーブ権が移り、小気味いい音とともにボールが高く舞い上がる。


 もう最初から潰しに行く気まんまんの、経験者による容赦のないジャンプサーブ。

 予想通り紫苑のところへとボールは落ちていき、球速もあり突き出した腕は間に合わない。相手チームの1人が決まったとばかりに口角を吊り上げる。


 さあ、見せてやれ。世の中はそんなに甘くないってことを。


「柿沼さんっ」

「あいよー」


 紫苑の胸にボールが当たり、弾かれた球を柿沼さんがなんとか上げる。椿さんが拾い、打った球は相手のコートへと叩きつけられた。


「2人ともよかったわよ。その調子」

「ナイスー」


 椿さんに続き、得点を褒め称える。

 恐れず突っ込んでいった紫苑も、逃さず上げた柿沼さんも、見事に決めた椿さんも。みんながみんな、いい仕事をしてくれた。


 あそこから打たれるとは思わなかったのか、ネット際にいた相手の女子は表情が固まっていた。『あれくらい取れやー』と他の子から叱咤の声が響く。


 続いてサーブ権はうちのチームに。あら、今度は私がサーブの番か。


「清白いけー」

「チャンスボールでも入ればいいからー」


 ボールを持ち、腕を構える。ジャンプもフローターも学んだとはいえ、安定しているとはいえない、けど。


「せやっ」


 一か八か。エンドラインすれすれに立ち、腕を強く振り上げる。

 当たった。ばしっと、空気を切り裂く鋭い音に確かな手応えを感じる。


 ネットギリギリを通り抜けたボールは相手コートの角へと落ちていき、1人が床を転がってボールに腕を伸ばす。

 が、繋がらずこれも私達の得点となった。


「いいよー」

「おー、やるじゃん」


 チームメイトからは拍手が上がったが、油断はできない。

 取れなくたって、取れると信じてやってみることが大事なのだ。


 それを信念にがむしゃらに食らいついたのもあり、点差はそこまで広がらず試合は進んでいった。


 と、思っていたんだけど。


「……鬱陶しいわね」


 椿さんのアタックは相手のブロックに阻まれ、なかなか決まらない。歯がゆさに椿さんが顔をしかめる。

 読みが甘かった。事前の情報で分かっていることは、相手チームは経験者が2名。ゆえにほぼ2人で試合を回すものだと思っていた。


 しかし向こうは、チームのほぼ全員が身長面で有利。

 つまりは背の高い子たちにはブロッカーとなってもらい、椿さんのスパイクを阻止する作戦に出たのだ。


 さっきから私らの得点は相手チームのミスくらいで、得意のサーブ権もなかなか回ってこない現状にあった。


 ……これは、けっこうまずい状況だな。

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