15. どこのソースだそれ
勿体ぶったら怪しまれそうだから、諦めて白状する。
「黒川さん」
「えー、うそ。全然遊んでるとこ想像できない」
本当に意外だったのか、甲高い驚愕の声が上がる。
ちょっと、声でかいんすけど。何人かこっち注目しちゃってるじゃん。
「真面目に接点なによ」
まだその話題引っ張るのー? 勘弁してよー。
紫苑に侘びつつ、私はつまらない捏造を声に出す。
「単純に席が近いから。私八方美人だから、周囲の子にはなるべく声かけるようにしてんの。その過程で話すようになっただけ」
「黒川さん上辺だけのつきあいとかやらなそうなのに、よく約束まで取り付けられたね」
話を広げられない解答に興味をなくしたのか、女子の声は素っ気ないものに変わった。
詮索を回避できたことにほっとしつつ、レモンティーのペットボトルを口にする。
「黒川さん? そいや土曜日し○むらで見かけたな」
「えっ」
おいどこのソースだそれ。私は声のした方にぐいんと首を向ける。
隣のグループで机を囲んでいたひとりがこっちに振り返った。
髪を巻いた女子……ええとそうだ
その方が、私の食いつき用に若干引きつつも教えてくれた。
「土曜日って、おととい?」
「そう、その土曜日」
ってことは、私と家の前で別れたあとに買い物に行ったってこと?
予定に入っていたのなら、私にどこが寄りたいとか聞かずともこっちに向かってよかったのに。
不思議に思っていると、藤原さんの隣で食べていた
「いっぱい服買ってったよ。あれくらい小柄だと子供服でもしっくり来るよな」
「見立てるの楽しかったよね」
え……?
てっきりお店で見かけた、だけかと思っていた。
現にその数時間前、ゲーセンでクラスメイトと会ったときには隠れてしまったくらいだ。
それがこの2人に服を選んでもらっていたなんて、ぜんぜん想像できない。
「ほら、写真も撮ったんだよ。かわいいでしょ」
藤原さんがスマホをよこしてくる。
そこに映っていた紫苑の姿を見て、喉がつかえるのを覚えた。どうして、と口に出そうになる。
日曜日に私が褒めちぎったあの私服姿と、まったく一緒だったからだ。
「へー、藤原さんセンスいいね」
声が乾きそうになるところを、がんばって抑揚をつけて返す。
簡潔に言うなら、私は嫉妬していた。紫苑にぴったりの服装を見立てられるこの2人の目利きに。
健全な同性としての親切心と、紫苑に信用されていることに。
仮に私が見立てる立場となったら、暴走してしまう可能性は大いにある。
最愛の人を可愛く仕立てるってご褒美だし、紫苑の希望を無視して着せ替え人形にしてしまうかもしれない。
紫苑は当然その辺は警戒しているだろうし、服屋の予定を伝えなかったのも分かる。
「ルームウェアも合わせて選んどくべきだったなー。おうちデートのほうが主流だもんね今」
「……デート?」
デートって、どういうこと。それ。紫苑に、え? いつ?
動悸と困惑に周囲の音が遠ざかっていき、胃への不快感が強まっていくのを感じた。
「デートコーデに困ったら聞いてきて、って言っても否定しなかったし」
「気になるなら黒川に聞いてみれば? ダチなんだろ」
2人は話を終えると、椅子を戻してもとのグループに戻った。
おかずはまだ残っているのに、喉はこれ以上の侵入を拒否しているかのように食欲が塞がっている。
胸に圧迫感を覚え、じわじわと痛みがうずいている。
気になってるなら聞けば、と柿沼さんは言ったが。
それを聞く勇気はないし、紫苑も私が同性愛者と分かっているから答えてはくれないだろう。
相手がノンケである以上、いつかは覚悟できていたことだったじゃないか。
「…………」
弁当箱を閉じて、私はLINEを開いた。
ちょうどよく区切りがついていたメッセージに、新たな文章を打ち込む。
『私も明日から食生活見直そうかなー』
なんでもいい、ただ、紫苑と話したかった。
今紫苑は病院にいて、待つしかすることがない。気持ち悪い思考ではあるけど、その時間を独占したかった。
『ついにせっちゃんも弁当デビューするの?』
『NO めんどいから健康食品』
『そのうち飽きるわよ……』
『味変で工夫するって』
その調理スタミナあるなら料理できるやろと紫苑からの突っ込みが届く。
うーん、やっぱりサラチキバナナのほうが無難か?
悩む頭は次に来たメッセージによって、なにもかもがかき消された。
『べつに また言ってくれたら作るけど』
え。
その結論に誘導しようと思ってズボラトークを続けていたわけじゃないけど、そう言わせてしまったことに期待感と罪悪感が混じり合う。
『あ ごめん やっぱり今のなし 中身一緒の弁当とか恥ずかしいよね』
違う、その思考には行き着いていない。
むしろそういうの愛妻弁当みたいでめっちゃエモいじゃんとか暴走しそうになる思考を抑え、必死に弁明する。
『ちゃうちゃう ぜんぜん恥ずかしくないない むしろまた作ってほしいというか食べたい ほんと美味しかったから』
『ならよかった』
『そのぶん食費はかかるだろうから対価は払うよ』
『じゃあ 食材の買い出しとか付き合ってもらってもいい?』
『もちろんです』
スマホを置いて、しばらく私は放心していた。
TikTok踊ろうぜって誘われたけど、今度は別の意味で身体が動かない。
ま、まじか。また作っていただけるんだ。
てか買い物も付き添いOKなんだ。
健康面を気遣う親切心と、その妥協点だってことは分かっているけど。
思いもよらぬイベントを許されたことに、一気に心が舞い上がって花も舞う。単純だな私。
そうと決めたら、残すことがあってはならない。
残りの弁当をしっかり味わうべく、私はまた箸を取った。
分かっている。
今の私は、紫苑に友人関係を許されている立場にすぎない。
だけど、まだ。せっかく友達に戻れたのだから、まだ。
私のもとから、離れないでほしい。
そう願ってしまうのは、わがままだろうか。
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