第55話:真実

 俺はギルドマスターに辺境伯の所まで案内された。

 子供じゃないから、案内されなくても自分で行けると言ったのだが。


 辺境伯家であっても馬鹿な家臣はいる、たまたまそんな奴に当たって、俺が辺境伯家と争う事がないようにしているのだと説明された。


「おお、よく来てくれた、先日国王陛下からの使者が来たのだ。

 豚騎士の件とナミュール侯爵の件は陛下のあずかり知らぬ事。

 全て豚騎士とナミュール侯爵が勝手にやった事だそうだ」


「それを受け入れるのかい?」


「ああ、ここで陛下と喧嘩しても意味がない。

 それよりは陛下と交渉してナミュール侯爵領、ホラント伯爵領、ゼーラント伯爵領の切り取り勝手を認めてもらう方がいい」


「その辺は辺境伯の好きにすればいい。

 だが、間にエノー伯爵領があるから、何所を切り取ったとしても飛び地になってしまうのではないか?」


「ああ、飛び地になるな」


「心から信用できる身内か家臣でないと、せっかく手に入れた飛び地を奪われてしまうのではないか?」


「そうだな、よほど忠誠心の強い者でないと、必ず裏切るだろう」


「そんな事に人手や資金を使うよりは、登り調子の領内に使った方がいいぞ」


「普通ならそうだが、今はショウがいる。

 ショウが味方してくれる間に、エノー伯爵領に蓋をされている状況を打破する」


「エノー伯爵領を併呑するとは言わないのだな」


「そんな事には手を貸してくれないだろう?」


「ああ、貸さん」


「それくらいの事は分かっている」


「だが、エノー伯爵領に他領との交流を邪魔されている現状は変わらないぞ。

 共通の敵だったナミュール侯爵家が没落寸前なのだろう?

 エノー女伯爵がゼーラント伯爵領を併呑し、更にホラント伯爵領ナミュール侯爵領に触手を伸ばす可能性があるだろう?」


「エノー女伯爵とは話がついている。

 私がホラント伯爵領、エノー女伯爵がゼーラント伯爵領を切り取る」


「完全にこの辺の地理を理解しているとは言わないが、その方法だと、エノー女伯爵はナミュール侯爵領に手出しできないのではないか?」


「その通りだ」


 ここまで聞けば大体の事は理解できる。

 辺境伯は俺と先に知り合っている事を最大限に利用したのだ。


 俺と契約を継続中だから、一方的に同盟を破棄するようなら、俺を先頭にエノー伯爵領を併呑するとでも言ったのだろう。


 エノー女伯爵も一方的に負けるような性格ではないので、同じ様に同盟を盾に最大限の利益を確保したのだろう。


 問題は辺境伯が俺をどの程度利用する気かだ。

 エノー伯爵領を併呑することなく、ホラント伯爵領を切り取ってから辺境伯本領と地続きにする気なら……


「魔境を切り開いて、辺境伯領とホラント伯爵領の間に街道を造れと言うのか?」


「流石だな、何も言わなくても分かってくれる」


「確かに俺の力なら魔境を切り開いて街道を造る事など簡単だ。

 だが、エノー伯爵領と同じように俺の国が間に入るだけだぞ」


「確かに、間に強力な領地が入るのは同じだ。

 だが、一つの街道を他家に押さえられているのと、二つ街道があってそれぞれ押さえている家が違うのでは、全く状況が違う。

 ましてその一家が濃い血で結ばれているとしたら、状況が一変する」


「おい、おい」


「ショウ、カミーユと結婚して義兄弟にならないか?」


「おい、おい、オセール伯爵が女なのは秘密だったのではないのか?」


「やはり知っていたのか?」


「一緒に旅をしたのだ、言動でそれくらいの事は分かる」


「だったら話が早い。

 ショウもそれなりの立場で育ったのだろう?

 将来政略結婚するのは当然の立場だったのだろう?

 創り出したと言う城塞都市の後継者は、カミーユとの間に生まれた子供にしてくれないか?」


 う~ん、結婚、結婚かぁ~

 生まれ変わったら結婚してみてもいいとは思っていたが……


 前世では結婚しなかったから、生まれ変わって経験するのも悪くはない。

 少しはそう考えたが、やはり記憶を残したままでは難しい。


 女を抱きたい、という性欲は普通にある。

 だが、特定の誰かが恋しくて狂おしいという経験は一度もない。

 小説や映画で描かれているような、恋する思いになった事がないのだ。


 誰もが恋愛結婚するのではない事は知っている。

 前世でも多くの時代や国で、政略結婚や見合い結婚が主流だった。

 今の俺の力なら、政略結婚を持ち込まれて当然なのだろう。


 う~ん、だかなぁ、結婚、政略結婚、カミーユと政略結婚かぁ~

 俺はカミーユを愛せるのか?

 カミーユは俺の事を愛せるのか?


「カミーユはこの話に納得しているのか?」


「正直に話そう、最初は凄く戸惑っていた。

 カミーユは亡父の方針で、生まれた時から男として育てられてきた。

 私の影武者として生き、影武者として死んでいく運命だった。

 だが、私はそんなカミーユが不憫でならなかった。

 だから父上が亡くなられた時に、女として生きるように言ったのだが……」


「生まれてからずって男として育てられたから、今更女としては生きていけないと言ったのか?」


「ああ、そうだ、だから女に戻すのは諦めたが、せめて実の兄弟として公表する事にしたのだ」


「突っ込んだ事を聞くが、他に兄弟姉妹はいないのか?」


「いたが、こんな時代だ、想像がつくだろう」


「辺境伯の地位を巡って血肉の争いか?」


「ああ、そうだ、独力で俺を排除しようとする奴はまだましで、多くの連中は家臣に担がれたり、他領に操られたりしていた」


「どこの家も似たり寄ったりなのか?」


「ああ、エノー伯爵家を女のアデライード殿が継いでいるのも、骨肉の争いで男性継承者が死に絶えたからだ。

 ナミュール侯爵家は六男のコントが、兄弟姉妹ばかりか実の父を含めた一族一門を皆殺しにして跡継ぎになった」


「一日も安心して眠れないな」


「後継争いが始まったらそうなる。

 だが、ある程度権力が安定したらそこまでではなくなる。

 それに、ショウなら何の心配もないだろう」


 辺境伯はそう言って、俺の横で香箱を作るサクラに視線を向けた。

 確かに、権力争いで俺が殺される事だけはないだろう。


「そうだな、俺が殺される事はないだろう。

 だが、あくまでも仮定の話だが、子供達が殺し合いをするのは嫌だね」


「そうだな、俺もそれが嫌だから、なかなか結婚の決断ができずにいる」


「親戚は跡目争いで死に絶えているかもしれないが、家臣がよく許しているな」


「許してくれないから、毎日五月蠅く子供を作るように言われ続けている。

 カミーユがいなかったら、逃げきれていなかった」


「そんな生活は絶対に嫌だ。

 このまま気ままに暮らしたいから、さっきの話は無だ」


「ショウはこれまで通り気ままに生きてくれればいい。

 形だけカミーユと結婚して子供さえ作ってくれればいい」


「子供を作れと言うのは、形だけの結婚とは言わん!」


「ショウは男が好きなのか?

 それとも、カミーユが趣味ではないのか?」


「女が好きだし、カミーユは可愛いと思う。

 だが性欲よりも面倒の方が好かん。

 面倒事を抱え込むくらいなら、売春宿で済ます。

 男も女も割り切った関係の方が楽だ」


「だったら大丈夫だ。

 カミーユとも割り切った関係でいい。

 ネウストリア家の後継者さえ作ってくれればいい。

 俺とカミーユが、高位貴族の後継者に相応しい人間に育てる」


「……怒らすような事を聞いいてもいいか?」


「……いや、聞かなくてもいい、何が言いたいか分かった。

 それはない、そっちではなくて、もう一つの方だ」


「なるほど、そっちか、それでカミーユに後継者を生ませたいのか」


「そうだ、だが、これまではカミーユの結婚相手に相応しい人間がいなかった。

 だが、運命の神は我が家を見捨てなかった。

 ショウと言う絶好の結婚相手を寄こしてくださった」


「俺はまだ認めていないぞ」


「だったらショウが創った城や女子供はどうするのだ?

 ショウが死んだ後はどうなのるのだ?

 城は破壊すると言うかもしれないが、子供達はまだ生きているぞ。

 女達の子供や孫の将来はどうなる?

 安心して任せられる後継者がいた方がいいのではないか?」


「辺境伯、お前に言われたくはないぞ!」


「だからこうしてショウと交渉している。

 忘れているかもしれないが、女子供だけでなく、一万を超える捕虜がいて、このままならショウの奴隷になるのだぞ。

 連中にも故郷に妻子がいて、その運命もショウの考え一つなのだぞ」

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