祖母が元悪役令嬢だからといって、孫娘のわたしもそうとは限りません!

レニィ

第1話 目指す姿は遥か彼方

「リーデロッタ・シリウス子爵令嬢! 貴様のやったことは全てお見通しだ! 大人しく処罰を受けよ!!」


 と、わたしに向かって人差し指を突き出して、他にもたくさんの生徒がいるようなホールで、声を張り上げて叫んでいるのは、実はこの国では偉い侯爵様の家の御令息だったりするので、わたしは顔に出さないように、心の中で呆れ返っていた。


(なーにを言っとるのか、この男ちゃ)


 などとは、口が裂けても声に出して言えないのだ。何せわたしは彼より爵位の低い子爵家の娘なのだから。

 ひとまず、指を指されているわたしの今の名前がリーデロッタである事も、実家の家名がシリウスである事も間違っていないのだが、彼が何やら叫んでいるわたしのやった事というものには、


(まっで身に覚えがないがやけど……)


 と正直にぼやく訳にもいかないのが、人間関係及び貴族社会の大変面倒なところである。

 だが仕方がない。今のわたしはボレアリス王国の子爵令嬢。


 郷に入っては郷に従え。


 たとえ位が低くとも、わたしは貴族の娘として事に当たらなければならない。

 わたしは姿勢と表情を崩さずに、人を指さす無礼極まりない男の方へ向き直る。


「……ハドリウム様、わたくしのような下級の貴族が、貴方様のような上位の貴族へ質問に質問で返すのは大変失礼かと存じますが、お聞かせください。わたくしが何をしたと言うのでしょうか?」

「しらばっくれる気か? やはりあの悪名高いエスメラルダ・カシオペイアの孫娘だけあるな。祖母が祖母なら、孫娘も同じとみえる」


 ハドリウムが口にした貴婦人の名前を聞いて、辺りで様子を見ていた令嬢、令息達から声が漏れる。


 聴こえなくても、大体の内容はわかる。


 何せ物心ついた頃からずっと周りの大人たちからも言われてきた事だからだ。

 貴族子女の周りの大人は当然貴族だ。そしてここは、そんな貴族の子女が集まり学ぶ場所、ボレアリス王立アカデミーだ。

 皆、口々に「やはりあの赤毛は激しい気性の現れだ」だとか、「あの恐ろしく鋭い目付きも悪女譲りなのでしょう」とか、「赤く光る瞳は不吉の予兆に違いありませんわ」とか、そんなところだろう。


 今すぐここでため息を吐いて、


「あんたらはだらぶちけ大馬鹿者か? いつまでそんな昔のことを言い続けるんがけ?」


 と、言えればどんなに楽だろう。

 しかしそんな事をした日にはまた祖母共々、リーデロッタ・シリウスの名が悪役令嬢として貴族たちに響き渡る事だろう。


 そんな事をしてはリーデロッタとしての十六年間が台無しになってしまう。


 わたしはこれ以上、悪い噂が立つのはごめんだ。

 なのであらぬ疑いをかけられているのであれば、それを全力で解かなければならない。


「知らぬ、存ぜぬ、で解決しようなどとは思っておりません。ですが、わたくしにはハドリウム様がご指摘される事柄が何なのか検討がつかないのです。申し訳ありませんが、いつ頃、どこで、わたくしが何をしたのか、までご指摘いただけますと、大変助かるのですが」

「ふん。ならばここで全てを明らかにしてやろう。貴様がやった事の全てをな!」


 ハドリウムは大きく胸を張って語り始めた。


「始まりは、春の頃だ。アカデミーの渡り廊下から貴様が狩猟地の森へ入っていくのが見えたのだ」


 ハドリウムの最初の説明で、すぐさま自分が何をしたのかがわかった。だが、何故そんな事が罪に問われるのかはまるでわからなかったので、そのまま彼の言い分を聞く事にした。


「リーデロッタ嬢、そもそも貴様は女なのだから、狩猟に赴く必要はこれっぽっちもないはずだ。その上、貴様は普段、図書館に籠り切りだと聞く。だから何故そんな者が狩猟地の森に入ったのか、気になって調べさせた」


 わたしには、なんでハドリウムがそんな事を調べさせる程気になってしまったのか、の方が気になるが、彼の言葉を遮ってそんな事を聞くのは貴族的な礼儀に反する為、粛々と彼の言い分を聞いているように見える姿勢を保ち続ける。

 ハドリウムの朗々とした演説はまだまだ続くようだ。


「調べさせた結果、リーデロッタ嬢がある物を集めている事がわかった。それが、この毒草だ!」


 ハドリウムの取り出した草はまだ青々としており、茎から伸びた葉はギザギザとノコギリの歯のような形状で鳥が羽を広げたように広がっている。

 わたしはハドリウムの取り出した草を見て、確信した。


(盛大な勘違いをされとるっ!)


 ここで呆れと困惑のあまり、眉間に手をやって、盛大にため息を吐くこともなく、ただただ平静を装ったわたしに、主演女優賞を与えて欲しい。

 そんなわたしの気持ちなど梅雨知らず、ハドリウムだけではなく、周囲の生徒たちも彼が手にしている草を目にしても、それが盛大な間違いである事に気がついていない。

 むしろハドリウムの言う事を信じて、わたしが毒草を集めていたという勘違いがどんどん広がっていく。

 その様子にハドリウムはどこか自慢気な素振りさえ見せながら語り続ける。


「リーデロッタ嬢はあろう事か毒草などと言う危険な物を集めていた!」

(集めとらん。誤解やちゃ)

「何故か? それは彼女が誰かをこの毒にかけて殺すつもりだったからだろう!」

(誰かって、誰をやちゃ。明らかにしてみられま)

「このような危険な女を野放しにするわけにはいかない! 早急に処罰を受けさせるのだ!!」


 そろそろこの男を黙らせても問題ない気がする。というか、黙らせなければこの男の声と態度のデカさに加えて、伯爵令息という地位をすらも使われて、わたしを悪役として仕立て上げかねない。


 わたしは祖母と同じにはなりたくない。


「ハドリウム様。大変申し上げにくいのですが、わたくしが集めていたのは毒草ではございません」

「貴様、この期に及んでまだ……」

「たしかに、よく似た見た目で間違えやすいため、ハドリウム様がわたくしを疑うのも無理はございません。ですが、わたくしが集めていたのは、ハドリウム様の仰っている毒草ではございません」


 ハドリウムは訳がわからないとばかりに、手に持った草とわたしの顔を見比べる。

 同じように周囲の者たちも首を傾げているところを見るに、誰もハドリウムの間違いと、わたしが集めていた薬草の正体を知らないのだろう。

 国を率いる立場にあるはずの貴族の子女がこのザマとは、この国の未来は大丈夫なのだろうか。


 わたしがこの国の未来を適当に憂いている表情が気に入らなかったのか、ハドリウムは声を荒げて指、ではなく、その手に持った毒草でわたしを指す。


「では何を集めていたと言うのだ!」

「ヨモギです」

「……ヨモギ?」

「はい。ヨモギという名のハーブで、どちらかというと薬草です」


 わたしの答えに、ホールはシンと静まり返った。


 周囲を見渡しても、誰もヨモギの名にも、それが薬草である事にもピンと来ていない様子に、わたしは本気で頭を抱えてやろうかと思った。

 誰もわからない状況では、わたしにかかった毒草集めの疑いが晴れない。わたしは軽く深呼吸をしてから口をはっきりと開く。


「ヨモギとは、今ハドリウム様が手にしていらっしゃるトリカブトとよく似た形の薬草でして、別名ハーブの女王と呼ばれております。ヨモギには、止血、鎮痛、下痢止めと、多くの薬効がございまして、その葉を蒸した蒸気を浴びるだけでも、それらの効果が見られるとされており、大変便利な植物です」


 概要はこんなものでいいだろう。

 この程度の内容は貴族であっても知っていて欲しいし、聞けば心当たりがあってもおかしくないだろう。

 実際、そういえばと思い出したような令嬢がチラホラと見える。たとえ貴族だとしても、年頃の女の子達の中には、おそらく月のモノからくる痛みを和らげる方法として、使用する者が居てもおかしくないだろう。


 先程まではハドリウムに賛同する素振りを見せていた生徒たちが、次第にハドリウムの言い分ではなく、わたしの口から出た話に耳を傾けている。

 そんな様変わりした生徒たちの様子にハドリウムも動揺を隠せないでいるが、彼はわたしを責めることはやめようとしないようで、どうにかしてわたしの行いにケチを付けたいらしい。

 ハドリウムは口を開くと、先ほどよりも早口でわたしを糾弾しようと必死になる。


「き、貴様は貴族令嬢だろう!? そんなものは側仕えにでも……」

「ハドリウム様、先程も申し上げたようにヨモギは毒草であるトリカブトと間違えやすいのです。正しい判断の出来ない者が集めれば、本当に毒草集めになってしまいます。ですから、自分で集めた方が安全なのです。たとえわたくしが貴族令嬢であったとしても」


 それにわたしはあまり裕福ではない子爵家の娘だ。伯爵家のおぼっちゃまのように、ほいほい側仕えを雇って使う予算が我が家には正直ない。

 今、この場に、側に仕えている人間が一人もいない時点で察して欲しいのだが、ハドリウムはそんなことよりもわたしを責めるのに必死のようだ。


「自分は絶対に間違えないと言い切れ……」

「はい。言い切れます。ハドリウム様が仰っているように、わたくしは普段アカデミーの図書館に籠っておりますので、ヨモギとトリカブトの見分け方程度、本を読んで存じております。それに、幼い頃から自分自身でも集めておりましたので、間違えることはございません」

「な、自分で集める、だと? それも、幼い頃から? 一体なんのために……」

「先程も申し上げたように、ヨモギは大変便利な薬草ですから、手元にございますと何かと不自由せずに過ごすことができるのです。ですから集めております」


 本当の理由は別にあるのだけれど、それをこんな貴族だらけの彼らの前で教えてやる必要はないだろう。

 それにわたしが目指しているのは祖母のように名の知れた悪女でもなく、母のように愛を貫いた結果落ちぶれてしまった貴族令嬢でもなく、薬草に詳しい賢い令嬢でもない。


 わたしの目標はただ一つ。


 平凡に、目立たずに、そして、十六歳で死んでしまった前世の自分よりも長生きをすることだ。


 長生きをする知識を身につけるためにも、こんな馬鹿げた茶番などは早々に切り上げて、利用予約をしている図書館の窓辺の閲覧テーブルへ行って、『厄介な野生動物たちとその調理法』の続きを読んで、できれば写本もしてしまいたいのだ。


「ハドリウム様、わたくしへの疑いはこれで晴れたかと思いますので、もうお暇してもよろしいでしょうか?」

「ま、まだだ! 本当に貴様が毒草と薬草を見分けられるのか証明を……」

「あぁ、それでしたら。今すぐにでも」


 わたしはハドリウムの方へ歩み寄りながら、見分け方を教える。幸い彼が手にしているのはトリカブトなので、この場で証明ができるだろう。


「ヨモギは独特な香りがいたします。スッと鼻を抜けるような香りが特徴なのですが、ハドリウム様がお持ちの物からは何の香りもいたしません。また、ヨモギの葉の裏には綿毛のような白い毛が生えております。しっかり生えている物ですので、遠目でも白いのがわかりますが、今お持ちの物は緑一色です。それから……この草を採りに行かれた方はこの場にいらっしゃいますか?」


 わたしの問いにハドリウムの側に控えていた一人の男子生徒が手を上げる。


「この草は日向と日陰、どちらで採られましたか?」

「え? どちらかというと、日陰だったかな……」

「ヨモギは日当たりの良い場所に生えます。日陰で土が湿っているようなところに生えていたらならば間違いなく、今ハドリウム様がお持ちの草は、毒草トリカブトでございます」


 ついでだ、トリカブトの注意点についても教えておいてやろう。ここで正しい知識を声高々に伝えておけば、今後、わたしへの似たような勘違いも減るだろうし、何より他の貴族子女たちにとってもメリットはあるはずだ。


「トリカブトが持つ毒素は皮膚や粘膜からも吸収されてしまいます。今のように素手でお持ちになられているのは、大変危険かと。すぐにその草を捨てて、手を洗った方がよろしいですよ?」


 パサリと、ハドリウムの手からトリカブトが落ちると、少し間を置いてバターンという音と一緒にハドリウムが仰向けに倒れていた。

 おそらく手に持っている草にそんな恐ろしい毒性があるだなんて思っていなかったのだろう。彼にはショックが強すぎて気を失ったのだとわたしは理解した。

 正直、小心すぎて呆れてしまう。

 そんなことなど考えついてもいないのであろう。慌てふためく彼の側仕え達が可哀想なので、わたしは念のために伝えておいた。


「トリカブトの毒は、口にすると即効性がありますが、手に持っている程度ではそう簡単には効かないはずです。もし仮に誤って口にしていたら、わたくしを問い詰める時間などないはずですから」


 わたしは努めて笑顔を作り、優しく助言を与えているように彼らに見せようとしたのだが、何故か彼らは余計に顔を白くして、慌ててハドリウムを担いで急いでホールから去って行った。


 ハドリウムが完全にホールから見えなくなったし、周囲の生徒がわたしを問い詰めることもない。

 この件はこれで終いだと思って良いだろう。


(今回もどうにか悪女フラグを回避したぞ)


 わたしは達成感を持って、足早に図書館へと向かった。


 だが程なくして、アカデミー内でとある人物の名前が流行ることとなる。


 冷笑の令嬢。

 深紅のリーデロッタ・シリウス。


 わたしの名は結局、悪名高い祖母と、落ちぶれ令嬢の母と同様に、ボレアリス王国の王立アカデミー内で広がる事になったのだった。

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