第2話 夕焼けを映すうどん


 ずっとアイテムボックスの中の本を読み続けて、気がついたら夕焼け空が美しい時間だった。


「もう夕方なんだ」


 本当はやらないといけないことがひとつだけあったのだが、今日はなんとなくやらなかった。やれなかったのかもしれない。

 リッカはひとつ息をついて、クッションから立ち上がった。

 ちなみにこのクッションも、アイテムボックス内にあったもので、割と自由に形を変え、好きに座れるタイプのものだ。


「これに座ってるから、ダラダラしちゃう……ってことでもないか」


 人間をダメにするとかなんとかいう触れ込みだったクッションを、とりあえずアイテムボックスに収納した。


「朝から何も食べてなかった。流石にお腹すいたわ」


 ダイニングテーブルのところまで行くと、朝と同じく#操作盤__ディスプレイ__#を見ながら夕飯か軽食かになるものを探す。


(水は飲んでたとは言え、これは流石に不健康すぎる……)

 反省とため息をそっとこぼして、いよいよ赤く色づく外の景色を眺めた。


「あ……」


 リッカの操作盤の上を滑る手が止まった。

(冷凍のうどん……シンプルに素うどん)

 ペタペタとスリッパの音を立てて、久しぶりに台所の鍋を取り出していく。

 次の瞬間、調理場の目の前に現れたのは冷凍うどんと刻み葱とうどんつゆのペットボトルだった。


「あれ、そういえばガス台が無いんだ」


 本来ガス台が置かれているはずの場所には、何も無い。


「カセットコンロ……」

 もしかしたらあるかもと探せば、やはりアイテムボックスの中にあった。


「セカイさん、日本にいたことがあるのかも……?」


 リッカの口角がゆるりと上がった。


 お湯はお湯のまま、アイテムボックスから必要な量を取り出す。

 5分もすると、片手鍋の中にはネギを散らしたうどんが出来上がった。

 思いつきで最後に卵を入れた。


「もう素うどんでは無いよね」


 なんとなく、鍋を片手に、箸を持って板張りのバルコニーに降りる。


「月見うどん……いいや」


 鍋の中には、見事な夕焼けが映っている。


「夕焼けうどん、ね」


 極めて行儀が悪いのは分かっていたが、そのまま鍋からうどんを啜ってみた。

(あ、あったかい)

 胃に温かいものが滑り落ちる感触に、思わずほうっと息をついた。


「いい加減に神殿を探さないとなぁ……」


 転生する時の条件として『月に1回神殿で祈る』というものがあったのだが、リッカはここ2週間ほど、どうしても調べる気になれなかった。


「なぜって言われても困るんだけど、なんとなく、やりたくなかったんだよね」


 独り言に応えるのは、虫の音やそろそろおきだしてきたのだろう、夜の鳥の声だけ。


 リッカはまた息を吐くと、食べ終えた鍋と箸をことりと傍に置いて、操作盤で地図を出した。


「ええと。やっぱり近くには無いよね……」

(転生初日になんとなく見た時に、そう思ったんだよね……)


 リッカのクラスこの場所は、国境付近であり、ちょうど険しい山の上の方にある。道らしい道もない。


「聖サントリアナ王国の『バルガ』。ここなら神殿があるし、人もそれなりにいる、か……」

 1時間ほど地図と睨めっこして、リッカがようやく目をつけた町は、離れたところではあるが、それでも1番近い街。

(小さな村にも神殿やそれに準ずる場所はあるかもしれないけど、多分よそ者はとっても目立つだろうし……それなりの街のほうがいい)

 

「あとは、移動手段……」


 一度操作盤をしまって、鍋と箸を洗うために家の中に戻ることにした。


 空は夕焼けの余韻を含んだ夜になろうとしている。


———————————————


今日のメニュー


アイテムボックスより


冷凍うどん一玉

刻み葱(小ネギ)

うどんつゆ(350ccペットボトル)

生卵


素うどんからの月見うどん化。

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