第9話(1)柔の道を制する

                  玖


「うおおっ!」


「ぐわっ!」


「そらあっ!」


「どわっ!」


「おりゃあ!」


「ぬわっ!」


「お、お前ら!」


「こ、こいつ、化け物かよ!」


「に、逃げろ!」


 男たちが逃げていく。


「仲間を放ったらかして逃げるのか? まあ、所詮はその程度の輩どもか……」


 柔道着姿の大柄で屈強な肉体の男性が呆れる。


「やったぜ!」


「さすがは新緑さん!」


「その強さは留まることを知らねえぜ!」


「おい、お前ら、やめろ、褒めても何も出んぞ……」


 騒ぐ少年たちを見て、新緑と呼ばれた男性が苦笑する。


「いや、でも本当にありがとうございます!」


「最近、あいつらの悪さに皆悩まされていたんですよ!」


「強盗まがいのこともやっていたしな!」


「ふむ、しばらく離れていたが、まさか宇都宮がここまで治安が悪くなっているとはな……」


 新緑は腕を組み、深刻そうな表情を浮かべる。


「今や北関東州全体がこんな感じですよ」


「情勢不安だからな、まさかあの地域が奪われるとは……」


「北陸甲信越の連中、ヤバすぎだぜ……」


「あの恐竜女帝か……」


 新緑が北西の空を見上げる。


「とんでもない女だよな!」


「ああ、人の血が流れてんのかね!」


「血どころか、涙もねえよ!」


「うむ!」


 新緑は頷く。


「でもよ、聞いた話によるとかなりの美人らしいぜ?」


「む……?」


 新緑の眉がピクっとする。


「綺麗なブロンドヘアらしいな!」


「ほう……?」


 新緑の口元が歪む。


「スタイルも抜群らしいぜ!」


「ほ~う?」


 新緑の鼻の下がだらしなく伸びる。


「……新緑さん」


「はっ! ど、どうした⁉」


「……いやらしいこと考えていたでしょ?」


「そ、そんなことはないぞ!」


「いいや絶対考えていたね」


「か、考えてない!」


 新緑は首をぶんぶんと左右に振る。


「そこの立派なギョーザ耳さん」


「ん、なんだ? む⁉」


 新緑が振り返ると、上半身はブラジャーのみで、下半身はローライズのダメージジーンズを穿いた、褐色の肌をした豊満な肉体の女性が立っていた。女性はサングラスを外す。美しい顔立ちをしている。女性は茶色いミディアムロングの髪をかき上げながら、新緑に尋ねる。


「アンタ、新緑大地しんりょくだいちだね?」


「だ、誰だ?」


「あーしは井川いがわラウラってんだ」


「……知らんな」


「まあ、そりゃあそうでしょうねえ」


「し、新緑さん⁉」


 少年たちが新緑の腕を引っ張る。


「ど、どうした⁉」


「こ、これはひょっとすると……アレですよ! 逆ナンですよ!」


「ぎゃ、逆ナン⁉ そ、そんなことあるわけないだろう!」


「そんなわけありますよ! 新緑さんの強さに惹かれたんですよ、きっと!」


「そ、そうか……?」


 新緑はまんざらでもない表情になる。ラウラが呟く。


「……残念ながら、逆ナンじゃないよ」


「! そ、そうか……」


 新緑がガックリと肩を落とす。ラウラが戸惑う。


「ろ、露骨にガッカリしたね……でも、半分は当たりだよ」


「なに?」


「アンタの強さに惹かれてここまできたんだよ」


 ラウラが新緑を指差す。


「む……?」


「あーしと勝負しない?」


「勝負?」


「そ。ケンカって言った方が良い? 負けた方が勝った方の言うことを聞くの」


「『宇都宮の三四郎』と呼ばれた俺に勝てるとでも?」


「威張るほどの異名かね?」


 ラウラが肩をすくめる。新緑は一瞬眉をひそめるが、すぐに笑顔になる。


「ふん、安い挑発には乗らんぞ」


「負けるのが怖いの?」


「! 生意気だな……手加減は出来んぞ?」


 新緑が構えを取る。


「そうこなくっちゃ……ね!」


「⁉」


 新緑が鼻血を出して膝をつく。取り巻きたちが揃って声を上げる。


「「「新緑さん⁉」」」


「な、なんという速さの打撃だ……見えなかった……」


「へえ、気絶しなかったんだ、思った以上にタフだね」


 ラウラが感心する。


「お、お前、どこから来た?」


「隣の県から……」


 ラウラの発言に少年たちが驚く。


「マ、マジかよ⁉」


「群馬からか⁉」


「あの『魔京まきょう』から⁉ なるほど、その強さも頷ける……!」


「頷くなっつーの。人の故郷を魔とか言うなし……そういうノリ嫌いなんだけど」


 ラウラがムッとした表情で少年たちを見つめる。鼻血を止めた新緑が立ち上がる。


「俺の負けだ……言うことを聞こう」


「そっか。じゃあ、あーしと一緒に来てもらうよ」


「……何をするつもりだ?」


「ギョーザでも食べながら話そうか。アンタの耳を見てたら食べたくなってきたし」


 ラウラは新緑にウインクする。

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