第4話(4)賽は投げられた

「な、なんだ、あいつら⁉」


「僕らを狙う集団だろうねえ……」


「ちっ!」


 金神が膝のガトリングガンを発射する。


「へっ、当たるかよ!」


 バイクの集団が巧みな運転で銃撃をかわしてみせる。金神が舌打ちする。


「ちっ!」


「おらあっ!」


「ぐうっ!」


 集団の内の一人が振るった鉄パイプが金神を襲う。金神が倒れ込む。


「へへっ! まず一人!」


 集団は光兵衛たちを取り囲むように走行する。チュプレラが光兵衛に問う。


「どうする⁉」


「まずはこの包囲を抜ける! チュプレラ、テュロンを貸してくれ!」


「わ、分かった! テュロン!」


「キュイ!」


 チュプレラの呼びかけに応じ、テュロンが再び大きくなる。光兵衛が頷く。


「よし!」


 光兵衛がテュロンに颯爽と跨る。集団が驚く。


「なっ⁉」


「テュロン、あちらに向かって抜けるぞ!」


「キュイー!」


「うおっ⁉」


「キュイ⁉」


 テュロンの背中から光兵衛が転がり落ちる。テュロンが戸惑う。チュプレラが声を上げる。


「な、何をやっている⁉」


「……乗馬も苦手な僕が、どうしてテュロンを乗りこなすことが出来ようか……」


 空を見上げながら光兵衛が呟く。チュプレラが叫ぶ。


「あ、諦めるな!」


「! それもそうだな! よし、テュロン、もう一度だ!」


「キュイー‼」


「私もこの姿で!」


 光兵衛が再びテュロンに跨り、チュプレラが狼女の姿になる。


「そうはさせるかよ!」


 集団の内の一人がなにかをぶちまける。


「!」


「キュ、キュイ~」


「ぐっ……」


 テュロンが崩れ落ち、チュプレラも鼻を抑えてへたり込む。


「な、なんだ? この臭いは……まさか!」


 光兵衛が鼻をつまみながら叫ぶ。集団の内の一人が応える。


「そうだ! 世界一臭いと言われる、シュールストレミングをぶちまけてやったぜ! 獣の嗅覚にはキツいだろう!」


「キュイ……」


「むう……」


「くっ、機動力を塞がれたか……」


「あのスーツの奴を狙え!」


「おおっ!」


「む!」


 集団が光兵衛に迫る。ユキオが前に進み出る。


「そ、そうはさせない!」


「へっ、その図体で、スピードを止められるかよ!」


「うおっ!」


「そらあっ! おらあっ!」


「ぐおっ! ぬおっ!」


 集団の連続での鉄パイプ殴打を体に喰らい、ユキオは膝をつく。


「よっしゃ! 邪魔者は片付けた! 今度こそ、あのスーツ野郎だ!」


「だけど、あいつだけなまら弱そうじゃねえか?」


「ほどほどに痛めつけろ! うっかり殺してしまわねえようにな!」


「はははっ!」


 集団は下品な笑い声を上げる。


「やれやれ、舐められたものだね……」


 光兵衛が頭をポリポリと掻く。金神が半身を起こす。


「お、おい……お、お前、逃げろ……」


「そうは言っても、僕の脚ではあのバイクからは逃げられないよ」


「そこをなんとかしろ……」


「無茶を言うね……いいよ、僕にはこれがあるから」


 光兵衛がサイコロを取り出す。金神が首を傾げる。


「……は?」


「賽の目はどう出るか……な!」


 光兵衛が右手でサイコロを投げ、左手の甲で受け止める。金神や相手も沈黙する。


「……」


「目は……6か」


「だ、だからなんだってんだ! うおっ⁉」


 光兵衛が拳銃を発砲し、集団を次々と撃ち倒す。光兵衛が銃口から流れる煙をフッと吹く。


「ふう……」


「ば、馬鹿な……どこから拳銃を出しやがった?」


「これはなんとも不思議なサイコロでね、武器を取り出せるサイコロなんだ。6だから、6発入りのオーソドックスな拳銃が出たね」


「そ、そんなのありかよ……」


 男がガクッと崩れる。光兵衛が金神たちに声をかける。


「大丈夫かい? なんとか切り抜けた、とりあえず雪京を出ようか」


「お、お前……」


「だから光兵衛で良いよ。ああ、一応雇い主だからボスと呼んでくれても良いんだけど」


「光兵衛」


「一切の迷いがないね」


 光兵衛は苦笑する。金神が問う。


「偶然を装っているが、俺らのことをしっかり調べ上げていやがったな?」


「……商人には情報がなによりの命だからね」


 光兵衛がコートから中折れ帽を取り出し、自らのもじゃもじゃ頭に被せる。


――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――


 日本は十の道州と二つの特別区に別れた。


 十の道州の内の一つ、北海道は内乱状態になり、大きく分けて、道央、道北、道東、道南の四つのエリアに大きく分かれてしまった。


 他の地域も大きく動き始めたことによって、道知事は内乱を鎮め、北海道を一つにし、他の地域に対抗せんと考えた。そのためには友好関係を築き上げなければならない。


 百戦錬磨で経験豊富な彼が使者として白羽の矢を立てたのは、いくつもの名前をもつ胡散臭い商人であった。


 商人の彼はなによりも利を優先する。


 経験と勘を活かし、なにもかもお見通しかのように振る舞う。


 大きなもじゃもじゃ頭がトレードマーク。


 サイコロの目に行動のほとんどを委ねる。その不確定さを彼は気に入っていた。


運否天賦うんぷてんぷ商売人しょうばいにん


 黒田屋光兵衛くろだやこうべえ


 試される大地から飄々と仕事にとりかかる。


 最後に笑うのは誰だ。

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