第4話(2)勧誘
「さてと……」
北海道庁を出た光兵衛はコートを羽織って、ある居酒屋へと向かう。
「……いらっしゃい」
「えっと……」
居酒屋に入った光兵衛はキョロキョロと周囲を見回す。
「冷やかしなら帰ってくんな……」
「ああ、とりあえずお冷」
「……」
店主が光兵衛を睨む。光兵衛は苦笑する。
「冗談ですよ、生、グラスで」
「はいよ……どうぞ」
店主がビールをグラスに注ぎ、カウンターにドンと置く。
「はい、どうも~どこに座っても良いですか?」
「空いているところならどこでも……」
「はいよ~」
「い、いや、その席は!」
「お気になさらず、こちらと待ち合わせしていたもので……」
光兵衛は店の奥の座敷席に座る。そこには既にボロボロの軍服に外套を身に纏い、左眼に眼帯をした青年が座っていた。青年がコートを脱いで折りたたむ光兵衛を睨む。
「あん?」
「いやいや、どうもどうもカンパ~イ♪」
光兵衛がグラスを合わせ、自らのグラスをごくごくと飲み干す。
「誰だてめえは……?」
「
光兵衛は大げさな敬礼をする。金神と呼ばれた男の表情が険しくなる。
「酔った上での冗談か? それとも俺がもう使い物にならないポンコツと知っての愚弄か? 答えによっては……」
「う~ん、後者だね」
「よし、ぶっ殺す!」
「左眼と左腕と左脚が無いのに?」
「てめえなんぞ右腕一本で十分だ!」
金神は光兵衛の襟首を掴んで力強く引っ張る。
「……その力が欲しい……これで僕の護衛になってくれたまえ」
「はっ?」
光兵衛が札束をヒラヒラとさせる。
「ごちそうさん、大将!」
「……俺なんかを傭兵に雇うなんて物好きだな、アンタ」
「光兵衛」
「え?」
「僕は黒田屋光兵衛だよ」
光兵衛はコートを羽織って歩き出す。金神は後に続く。
「俺がこの金を持ってトンズラするとは考えないのか?」
「任務を無事こなせれば、もっと多く金がもらえるよ?」
「誰からだ?」
「それは秘密だけど」
光兵衛は口元に指を当てる。金神は呆れる。
「おいおい……」
「どうせ暇でしょ? こんな明るい時間から酒を煽っているんだから」
「どこに向かうかくらい教えろよ」
「雪京を出る前にもっと人を集めたい」
「人?」
「道案内に長けた人を……ね!」
「キュイ!」
「えっ⁉」
光兵衛が白いリスのような小さい生き物を抑え込む。
「テュロンを離せ!」
独特な民族衣装に身を包んだ小柄で茶髪の女の子が短剣を振るい、光兵衛に斬りかかる。
「金神さん!」
「ふん!」
「ぐっ⁉」
金神が女の子を簡単に抑え込む。
「テュロン……この地域くらいしか生息していないという……大きさもリスから大きな犬くらいまで姿を変えられる不思議な生き物……そいつを使ってスリをさせるとはね……」
「テュロンをいたずらに乱獲して売り払い、金をたんまりと貯めている商人には言われたくない、やられたらやり返すまでだ!」
「どうするんだ? このままだと完全な弱い者いじめだ……」
金神が光兵衛に尋ねる。
「裏道、山道、抜け道に詳しい人が欲しいんだよね……お嬢ちゃん」
「子供扱いするな! チュプレラだ! ……!」
「チュプレラ、良い名だ……テュロンと一緒に道案内を頼むよ」
光兵衛が札束をパラパラとさせる。
「お前良い奴だな、光兵衛!」
チュプレラは札束を数えながら、笑みを浮かべる。
「……信用していいのか? このガキ……」
「キュイ!」
「うおっ⁉」
テュロンが金神の顔に飛びつく。チュプレラが笑う。
「テュロンがそんなになつくとは、カナカミは良いやつそうだな……」
「信頼は得たようだよ」
光兵衛が金神の顔にへばりつくテュロンを離す。
「道案内なら任せてくれ! 貰った金の分、しっかり働くぞ?」
「それは頼もしい」
「もう出るのか?」
「いやあ、この試される大地を徒歩で移動とは、なかなかにチャレンジャーだよ」
光兵衛が大げさに両手を広げる。金神がムッとする。
「じゃあ、どうすんだよ?」
「移動手段を確保する必要があるね……」
光兵衛たちがスクラップ工場に向かう。金神が首を傾げる。
「車を買うなら、もっといい場所があるだろう?」
「こういうところに掘り出しものがあるんだよ……」
「なにやってんだ! ユキオ!」
「は、はい、すんません……」
スクラップ工場長に思いっきり怒鳴られている、白髪の美少年がそこにはいた。作業用のつなぎを着た美少年はしょぼんとしている。
「うん、彼で良いかな」
「え?」
チュプレラが首を傾げている間に、光兵衛が工場長の下に近づき、いくつか言葉をかわし、笑顔で戻ってくる。
「この車を買うことにしたよ♪」
「ええっ⁉ メンテナンスとか大丈夫かよ?」
「それは彼が担当する、君、名前は?」
光兵衛が白髪の美少年の両肩に手を置く。
「え、ユキオ=ライコネンです……」
「よろしく、ユキオ、今日から君は僕らのドライバーだ」
「ええっ⁉ ⁉」
「故障したときは頼むよ~」
光兵衛が札束をチラチラとさせる。
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