第35話
夕食を手に入れた二人は半分だけ片付けられたテーブルで食事をとりながら、たわいもない話をした。先ほどの気になった回路の話をしつつ、思いつくままに話をする。
やっぱり二人で話をしたいと言ったのは正解だったかも。
ランカはそんな風に思った。誰かの視線を気にしたりすることなく、二人でいろんな話をするのは楽しかった。通信機で話すのとは違い、目の前に本物のファルトの姿があることもランカの心を満たした。
「ランカは誰にでも好かれるだろう?」
思いもよらぬ言葉にランカはファルトを見る。
「俺とは違って誰とでも仲が良さそうな気がして心配になる」
ファルトの言葉にランカは瞬きをした後、声を出して笑った。
「私友達全然いないよ。ホントに仲が良いのはレモレぐらい。魔法学校でだって、レモレと仲良くなるまでは基本一人だったよ」
ランカのその返事にファルトは心底驚いたような顔をした。
「ファルトの方が多いんじゃない?学生時代からモテてたってレモレが言ってた」
学生時代のファルトの情報は申し訳ないがレモレからの情報しか持っていない。
「よく女子生徒に囲まれてたって」
そう言うとファルトはやや表情を曇らせた。
「それについては嫌な記憶しかない」
意外すぎる答えにランカは首を傾げる。どう考えても嬉しすぎる状況ではないだろうか。
「どいて欲しいと言っても話も聞かず、ずっと邪魔されて。いつもできるだけ人目につかないような廊下を選んでばかりいた」
まさかそんな謎の苦労をしていたとは露知らず、ランカは若干学生時代のファルトがかわいそうに思えた。
「まぁ、そのおかげでランカの召喚の姿を見ることができたんだが」
確かに訓練場の上から見下ろす場所など、普通通ることがない。あの場所にいたのはそれこそランカを心配したレモレの姿ぐらいだったはずだ。それにも関わらずファルトはそこを通ったのだ。
「なんかもっと華やかな学生時代を送っているイメージだったんだけど」
「そんなもんだろ」
「……、もっと早く仲良くなってたら」
学生時代のファルトを知ることができてたんじゃないかな。
もはやどうにもならないことだとわかっているものの、勿体ないことをしたなと言う気分になる。学生時代から古語の話や魔法道具の話をできたかと思うと残念でならない。
「俺は今の出会い方で良かったと思ってる。過去で早く出会っていても、ランカが恋人に望んでくれる気がしない」
ファルトははっきりとそういった。
「逆に自分も学生時代は勉強ばっかりだったし」
早く出会って意識していることがいいとは限らないかもしれない。そんなファルトの言葉にランカは「そうだね」と返した。きっと今が一番いいのだ。
すっかり夕飯を食べ終えた二人は、買って来たお茶も飲み終わってしまった。少し静まり返った部屋のなかで、ファルトの方が口を開いた。
「家の前まで送らせて欲しい」
そう言われてランカはいつもと違うことに気がついた。
「家?森じゃなくて?」
純粋に疑問に思って聞き返すとファルトが頷いた。
「嫌じゃなければ。あ、でも属性が違うから一緒に入れないのか?」
ランカとファルトは持っている属性が異なる。ランカは青系統でファルトは赤系統である。さらに森は場所によって属性が異なるため、普通に考えると同じ場所から森の奥へ行くことはできない。
「ううん、私は森の管理者だからどこからでも入れるよ」
「そうなのか。じゃあ尚更家まで送りたい。単純に少しでも一緒にいたいから」
ファルトのその言葉に、ランカは赤くなったが同じ気分だったので、素直に頷いた。ただ、ハッとしてファルトを見る。
「転移石はダメだよ。高いから!」
「鉄道でゆっくり帰れればいいんだが、明日も仕事があるから今日は諦めて欲しい」
「……私が急に来たからだよね。ごめん」
「来てくれたからこんな風に過ごせたんだ。ありがとう」
ファルトの言葉になんと返していいか分からず、ランカは小さく頷くだけに留まった。
すでに森の周りは真っ暗闇だった。念のためファルトがランプを持って来たが、二人が森に踏み込むと、ランカの足元で草花や木々が発光し、あたりが明るくなる。
「前から不思議だったんだが、これも森の管理者だから?」
「そう、どう言う仕組みなのかは私も良くわかってないんだけど。便利よね。あ、でも師匠がやったのかなー」
「師匠?」
「そう、ドミエの魔女の師匠がいるんだけど、私の前にここ住んでた人なの」
ランカは懐かしさを感じながら足を進めた。初めて師匠と歩いた時は、ランカもとてもこの現象を不思議がって歩いたのだ。
「ちょっと変わってるけど、楽しい人なんだ」
「……、ドミエの魔女って女性だけ?」
「当たり前だよ。魔女なんだから」
「そうか。安心した」
ファルトの心配がなにかわかって、ランカが少し笑うと、ファルトが恥ずかしそうに視線を逸らした。
もう少しで家の前というところで、家の方からバサバサと何かうるさい音がするのに気がつく。ファルトもそれに気づいたのか、ランカの前に出て警戒するような態勢になる。仕事上の癖なのかもしれない。
前に出てくれたファルトの袖を引く。
「たぶん、心配するようなことじゃないと思う」
ランカはそう言って前に出て進み始める。
「音がうるさすぎるけど、たぶん手紙だと思う」
「手紙?」
「うん」
家の方へ進んで行くと玄関の前で何かが扉にぶつかっているのが見えた。
「紙束?」
ファルトが思わず首を傾げながらそれを見る。
玄関の扉にぶつかっているのはたくさんの紙だった。様々な色や形をした紙が、玄関に当たる行為を繰り返しており、激しい音を立てていたのだ。
「ドミエの魔女って、未だに紙の手紙を飛ばしたがるの」
笑ってそう言ったランカが扉にぶつかっている紙のうち、一番激しくぶつかっていた紙をヒョイと掴む。折り曲げられた紙を開くと大きな声が響く。
「ランカ、街なかでの告白イベント見たわよ〜!!良いわねー!おめでたいわー!久しぶりにどきどきしちゃったー!」
少し年配だと感じられる女性の大きな声が森に響き渡った。
「え、まさか」
ランカは慌てたように別の紙を引っ掴む。慌てて開くとまた別の女性の声が響いた。
「ランカちゃん聞いたわよ!おめでとー!大通りで告白なんて物語みたい!ふふふ」
ランカはびっくりして次々に紙を引っ掴んで開いていく。
「初めての恋人って聞いたけどほんと?学生時代なにやってたの?それにしても、士官と魔女だなんて、正反対の人種ね。面白いわ、まぁがんばんなさい」
「やーだーランカちゃん!聞いたわよー!私も見たかったわー!昨日まで王都にいたのに残念!イケメンらしいじゃない!カレシ!」
「街中で告白なんて、最近の若者は大胆ね。そういうの嫌いじゃないわ」
掴んで開く全てはどれもこれもランカ達の状況を知って祝ってくる内容の手紙だった。ものすごい数の紙にいろんなことを言われ、ランカは真っ赤になっていく。そして、ハッとしてファルトを見る。
「そういえばあのパン屋さんの近くは、ドミエの魔女住んでたかも!思いっきり見られてた上に、お話大好きな人だからドミエの魔女の連絡網で広められたかも……!恥ずかしすぎる」
顔を覆ったランカに対してファルトは特にどうと言うことはないらしく表情を変えない。
多くの街の人に見られてた上にさらにドミエの魔女の一人にも見られ拡散されるとは、ランカにとってはまさかの展開である。ほぼ全員が手紙を送って来たに違いない。
とりあえずランカは片っ端から手紙を開けることにした。ファルトもランカを手伝って紙をどんどんと開いていってくれる。この手の手紙は開けないとずっと玄関にぶつかり続けるのだ。
ぶつかり続けたていた紙のうち、白に虹色の光沢のある紙をランカは最後に開いた。ある確信があり、どうしても最後に開きたかったのだ。
折り曲げられた紙を両手で開くと、先ほどの紙たちとは違い穏やかな声が響く。
「ランカ、久しぶり。元気かい?」
ちゃんと挨拶から始まった手紙は、ランカにはとても親しみのある相手からのものだった。久しぶりに聞いた声に少し目が潤む。
「ランカの噂は私のところまでやってきたぞ。幸せそうで何よりだ。自分のことも相手のことも大切にしなさい。いつもランカの幸せを願ってるよ」
「師匠……」
この手紙の主は、ランカのドミエの魔女としての師匠だった。懐かしい声と幸せを願ってくれる言葉がとても嬉しい。
「この人が師匠なのか」
ファルトの言葉にランカが頷く。
「うん。今は放浪の旅とか言ってどっか行っちゃってどこにいるかもよくわからないんだけどね」
少し寂しそうに笑ったランカは紙を裏返したりして何か書いてないかを確認する。
「どこから送ってきてるんだろ。全然わかんないや」
「探したいのか?」
「ううん、そういうわけじゃない。たまに相談したいこととか、話したいことができると寂しく感じるだけ。手紙をくれただけでも良しとしなきゃね」
ファルトは寂しげな様子のランカに、黙って寄り添った。しばらくするとランカが、気持ちを切り替えたらしく顔を上げる。
「ごめんね、しんみりしちゃって!」
静かになった玄関の前に立つと、ファルトとは別れる時間だと気づきさらに寂しさを感じた。
「……、お茶でも飲んで行く?」
思わずそう聞いたランカに、ファルトはすぐに首を横に振った。
「いや、もう遅いしやめておく。……と言うか、そんなに簡単に男を家の中にいれようとしないでくれ。しかも、こんな夜遅くに」
困ったような顔のファルトにランカが「あ」と言う顔をする。
「……、でもファルトだし。前も入ったでしょ?」
そう言ったランカにファルトが少しため息をついた。
目の前に立っていたランカに対して、ファルトはもう一歩前に出るとさらに距離を縮めた。どう言うことかわからずランカが瞬きを繰り返していると。
「俺が何もしないと思ってる?」
なんだかいつもと違う表情のファルトがランカの瞳を覗き込む。どう答えて良いかわからず戸惑っているとさらに視界の中のファルトの距離が近くなる。
近すぎる距離にランカが固まっていると、ファルトの右手がランカの頬をゆっくり優しく撫で、親指がランカの唇に触れる。
ランカはどくんと大きく心臓が動いた気がした。急激に体温が上昇し、ファルトに触れられている場所がさらに熱を持つ。
ファルトのさらさらた金色の髪がランカの額に当たる。鼻先が少し触れて思わずランカは目を閉じた。
次の瞬間、ランカの唇にファルトの唇が重なる。一瞬触れただけのキス。
動けなくなってしまったランカに対して、ファルトは少し困った顔をして頬から手を離す。そのままランカの長い銀色の髪に触れ、一房掴むとさらにそこに口付ける。
「おやすみ」
ファルトはそう言うとランカに背を向けて森の出口へと歩き始めた。ランカは言葉を返すこともできずに、その場にしばらく立ち尽くした。
「……キスするの、早すぎじゃない?!」
今日恋人になったばかりですけど!そんな気持ちと気恥ずかしさに何かしゃべらなければ気が済まず、真っ赤になって声を上げたランカだった。
全然イヤじゃなかったけど……!
すっかり魔女は、士官に落とされました。
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