第33話
「ほお。勤務中に抜け出したくせにやけに幸せそうな顔して帰ってくるなぁ」
青筋でも見えそうな表情のヴィザにファルトは何も返せなかった。王宮まで戻ってくる間もにやけそうになる表情を必死に堪えていたのだが、あまり効果がなかったらしい。
「申し訳ありません」
他に言える言葉がなくファルトは深く頭を下げた。ヴィザは少し呆れたようなため息をつく。
「頭を上げろ」
顔を上げると真剣な表情をしたヴィザがいた。
「今回は王都内だし、他の士官もいたからまだ許したが、時には冷酷な判断を迫られる時もあるからな」
ヴィザの言葉は非常に重みのある言葉だった。士官の基本は国のために働くことだ。時には家族も優先できない。当然恋人であってもそうだ。
しかしそんな空気をさっとヴィザは変えて、表情も一緒に切り替える。
「じゃ、何があったか教えてもらおうかな〜」
話すまで放してもらえなさそうな力でファルトの肩をがしっと掴むと、ヴィザは楽しげに笑って見せた。
「まだ勤務中ですけど」
ファルトが弱々しく反論するとにこやかな笑顔が返ってくる。
「今日早く帰りたくないか?」
まるで全てをわかっているようなヴィザに、ファルトは素直に全部を話した。
今日あった出来事以外にも全て話をさせられた。げっそりとしたファルトと比較し、ヴィザはとても満足そうな顔をしている。
「なかなか面白かった。いいな、若いな」
「もういいですか」
ファルトが疲れたように聞くとヴィザが手を振った。
「いいぞ。早く行ってあげろ」
明らかにいつもより早い退勤時間に本当に帰っていいのか逆に不安になりヴィザを見返してしまう。
「良いって」
今度はしっしっと追い払われて、ファルトは頭を下げて王宮をでた。
大通りを抜けて細い道を通り、はやる気持ちを抑えながら向かう。いつもより早いとはいえ、すでに日は傾き始めている。
部屋でランカが待っているのだと考えるといても立ってもいられない。
いや、でも帰る可能性もゼロではない。気が変わる場合だってある。そうだった場合のことも考えておかないと正直心が保たない。
期待は最低限がいい。
そんな後ろ向きなことを考えながらファルトは借りている部屋に向かう。見慣れたシンプルな魔法陣の上にのり、部屋まで移動する。
降り立った部屋の中が思いの外暗くて、嫌な予感が当たったことを確信した。
すっかり気落ちしたファルトは、部屋の奥へと進む。明かりのついていない部屋は窓の外からの光しかなく薄暗い。しかし、ふとテーブルに置かれていた魔力石を見て、ファルトは思わず部屋の中を見渡す。
もう一つの続きの部屋まで行くと、一人用のソファで眠っているランカの姿があった。思わず嬉しさと拍子抜けして、ファルトはその場に膝をついた。
ファルトの渡したはずの魔力石は一つも減っていなかったのだ。この部屋を出るには必ずファルトの魔力が必要になる。減っていなければ、ランカは部屋の中にいることになる。
少し大きい一人掛けソファの肘掛けに頭を乗せて、すやすやと寝ているランカを見て、ファルトは無性に不安になった。
「やっぱりランカは警戒心が薄い。と言うか、皆無なのか?」
恋人になったばかりの男の部屋でこんな無防備に寝るのはいかがなものかと思う。信頼されていると思うべきなのか、やはりまだ男としての認識がされていないのか、どちらにしても悩ましいところだ。
それでもランカが言葉通り待っててくれたことが素直に嬉しかった。
ファルトは着たままだったコートを脱ぐとランカに掛ける。ここには上掛けになるようなものが何もない。生活のほとんどは王宮の寮にあるので、ここにはあまり生活感のあるものはないのだ。
ランカは全く起きる様子がなかったため、ファルトは眠るランカをしばらくの間見つめていた。
どれだけから眺めていたことろで、ランカが目をこすりながら目を覚ました。ぼんやりとした目で辺りを見渡したあと目が合う。
「あっ!」
慌てたように飛び起きるとコートがバサリと床に落ちる。それに気づくとまた焦ったように落ちたコートを拾うためにしゃがみ込む。
なんだかおかしい気分になってファルトが笑うとランカもつられたように笑った。
「点灯」
ファルトの声に応えるように部屋の明かりが灯る。時間にあわせて暖色系の明かりだ。
「ごめんなさい。なんかいつのまにか寝ちゃってた」
「いや、ここにいてもやることないし暇だったな」
「ううん、魔法道具沢山あってずっと見てたんだけど真剣に見すぎて疲れちゃった。でも、あのハルハの作品とかまで持ってるんだね!」
ランカが棚に並べられた作品の一つを指差した。
この国で最も有名な魔法道具師と言えば、ハルハと言う名の魔法道具師である。その一番弟子がランカの曾祖父ライカであり、二番弟子がスフリエだ。ハルハの魔法道具界への貢献の大きさを物語っている。
そのハルハが作った魔法道具であれば、尚更貴重な代物だ。
「たまたま運良く手に入ったんだ」
「ひいおじいちゃんの作品も沢山並んでた」
「……、ライカさんの作品好きなんだ」
好きなものを並べているだけの部屋を見られるのは、さすがに恥ずかしいものがあった。自分の趣味を曝け出しているのだから。
「ファルトの好きが詰まってる部屋って感じだった」
笑ってそう言われて何となく居た堪れなくなる。
「私も家に秘密の部屋があるの。今度見せるね」
ランカがおそらく何の深い意味もなく、おそらく何気なく言った言葉に、ファルトは自分にもその秘密を共有してくれるのかと思うと、嬉しくなるのだが、何とか表情を引き締める。
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