第19話
装置の幾つかは移動したファルトに照準を向けているものもあるが、ほとんどは部屋の中心にいるランカに向いている。
一つの装置の側面部を確認する。当然再度防御壁は張り直した。魔法回路が組まれており、水色の光が回路を順に流れていく。
さらに次の攻撃がランカの方に被弾する。
また次も同じように攻撃が来るのだろうと思ったが、見ていた装置の側面の回路の光り方がこれまでと変わる。
遠くから見ていたランカも気づいたのか声が上がる。
「攻撃の種類が変わりそう!」
回路の様子を見ると出力が上がる気がした。
「耐えれそうか?」
「たぶん。どの装置も全部回路が変わったから、そっちも気をつけて」
「わかった」
ファルトはランカと話をしながらも、装置の構造確認は止めなかった。どこからエネルギーを得ているのか確認して、蓄力石の場所をいち早く見つけ出さなければならない。
安全に触れられる場所を確認して、装置の筐体の一部を取り外す。中から装置を作り上げている機構が姿を現す。古い作りのそれに一瞬心が躍る。
その間にこれまでより大きな衝撃音が部屋の中をこだました。部屋が揺らぐような感覚にファルトは一瞬ランカを見た。
「ごめん、次は保たないかも」
ランカの声にファルトは頷いた。
隙間から覗くと機械的な機構と魔法回路が組み合わさった奥に水色に光大きな石を見つけた。ファルトは装置の筐体の一部を外した所から腕を中に突っ込んだ。その光る石を掴んで、力技で周りの回路から引きちぎった。
その瞬間その装置の起動が完全に停止する。起動音が消え、シューンと言う弱々しい音と共に動きも光も止まった。ファルトはホッとしてその取り出した蓄力石をポイっと後ろに放った。
すでに他の装置は大きな光を蓄え始めていた。今から全ての装置から蓄力石を取り出すのは流石に間に合わない。
ファルトはランカの安全のために駆け出した。彼女が次は保たないと言ったのだ。恐らくすでにヒビが入っているに違いない。
膝を付いているランカの姿が見え、ファルトは唇を噛んだ。
気になる女性の一人も守れないなんて情けない。
駆け寄ったファルトは防御壁の詠唱は無理だと判断し、着ていたコートでランカを抱え込む。
装置からエネルギーが放たれ、ランカの防御壁に先にあたる。途端に彼女が張っていた防御壁が完全に割れるのがファルトにも見えた。その衝撃をランカが体に感じたのだろう、コートの中の彼女がビクリと震えたのがわかった。強い衝撃は術者に伝わり、そのまま痛みになる。
その後防御壁で逸らしきれなかったエネルギーがファルトのコートで弾かれる。
「大丈夫か」
膝を付いているランカに合わせてファルトも膝をつく。いつもより少し近い距離にしまったと思いながら、無事を確認したくて近づいてしまう。
腕の中のランカはコクコクと頷いており、ホッとする。しかし、またすぐに視界の端で魔法回路が動き出したのが見えた。
「次の発動までにできるだけ蓄力石を外そう。装置後方筐体部を外して回路右から手を入れて、その裏にある中央の水色に光る石だ」
ファルトの言葉にランカも頷いた。ファルトに合わせるようにすぐに動き出したランカの動きが若干気になった。直視しないように気をつけたが、どうも足を少し引きずっているように見える。
怪我をしてるのか!
何も言わないランカより、これまで気づきもしなかった自分に苛立ちを覚える。しかも足を怪我していてもファルトの提案通り装置から蓄力石の取り外しをしようとしている。
……早く終わらせるぞ。
ファルトは装置から素早く蓄力石を取り外すことだけに集中し、防御はコートに任せた。詠唱することすら時間が惜しい。
装置から蓄力石を全て取り外すと、装置の起動音がなくなり部屋はしんと静まり返った。
大きなため息をついて座りんだランカに、すぐに駆け寄った。怪我を心配して駆け寄ったのに、ランカはファルトと目が合うと謝罪をして来た。
「ごめんなさい、変なものを起動させて」
ファルトは自分の不甲斐なさに苛立ちが募る。ランカの謝罪は受け取らず、ランカの足元にしゃがみ込む。彼女の左足のブーツの上から足首に触れる。
「怪我をしたのか」
確認のような聞き方にしたものの確信を持って言った。そうしないと認めらさそうだと思ったからだ。
言い逃れられないと思ったのかランカは諦めて白状する。
「上から落ちた時にちょっと捻って」
この場所に最初に来た時に気づくべきだったことに更に苛立ちが募り、表情が険しくなるのを感じた。
「いや、私が間抜けだっただけで、あなたは別に悪くない」
それ以上聞いていられなくてファルトはランカを抱き上げた。
「え、え?!」
明らかに動揺しているランカを無視しててファルトは歩き出す。もう選択の余地はない。
「今日はもう引き上げよう」
「え!でもあと半分で終わるのに!」
「怪我をそのままにしておける訳ないだろ」
ファルトはランカに有無を言わせずそういうと、部屋の扉を出た。
長い階段を歩いていくとランカが腕の中で見たことのないほどおどおどした表情で何やら訴えかけてくる。
「あ、あの重いし、自分で歩くから」
しかしそんなランカの言葉は聞き入れられない。
「ダメだ」
ファルトが言い切ると、ランカが返す言葉がなくなったのか黙り込む。言い負かせたいわけじゃないのだが、ファルトとてランカを怪我させた責任は取らなければいけない。
「回復魔法を使ってもいいんだが、何かあっても困る」
ファルトは回復の専門ではない。当然魔法学校では回復の魔法も習うがごく一般的な知識としての魔法だ。実用性は低い。
回復魔法は失敗すれば大事だ。そのため回復だけを行う専門の魔法士が存在する。彼らは人体についての知識も持った上で、回復魔法を使用するのだ。
「王宮に行けば回復専門の士官がいるから」
自分が下手に回復魔法などかけるべきではない。とにかく早急に王宮に戻るしかない。
情けない。
ファルトは気分が酷く沈んでいくのを感じた。
協力者を怪我させて危険な目に合わせるなんて、士官として一番駄目な結果だ。協力者の安全は絶対だ。
正式な士官として働き始めて三年目。それなりに仕事をこなしてきて、だいたい何でもできる気になっていた。
こんなんじゃダメだ。
結局王宮内の医務室で、回復専門の士官にランカの足を見てもらうため、見知った士官に交渉した。
「ファルトがお願いなんて珍しいじゃん。良いよ。すぐ連れておいで」
ランカは診療室の寝台に腰掛け、片方のブーツなどを脱ぎ、素足を医務員の士官に向ける。白い足首の部分が赤く腫れあがっていた。
ランカの足に触れ医務員の士官が状態を確認するが、正直言ってその行為すら許せない気分の自分がいた。医療行為でしかも自分が早く見て欲しいと頼んだのに。
「あぁ、大したことないね」
士官は少し詠唱すると回復魔法をランカの足首にかける。するとあっという間に足首の腫れがなくなり、元の白い足に戻った。
ランカは不思議そうに足首を動かして、状態を確認していたが、もう痛くはないようで表情が柔らかくなる。
「次は気をつけて」
医務員の士官がひらひらと手を振ると、つられたようにランカが振り返す。それを見るとさっきランカの素足に触れていたことも含め、医務員の士官に苛立ちを覚えた。
王宮内の廊下を歩きながら、ファルトは口を開いた。今後のことを話し合っておく必要がある。
「一度休みを作ってもいいが」
ランカは怪我もしたのだから、一度日程を見直すことも視野に入れてファルトは話をしたが、ランカは首を横に振る。
「ううん、治してもらったし。あと半分だけだから早く終わらせたい」
そう言ったランカにファルトは疑問が浮かぶ。
「次の仕事が決まっているのか?」
「そういうわけじゃなく。残り半分を読解した後も報告書書かなきゃいけないでしょ」
ふと思うことがありファルトはランカに魔法道具の機能に付いて尋ねた。
「あの録音機の音声は複製できないのか?」
「できるけど?」
「複製してくれれば報告書作成の手伝いができる。どうせ内容理解しないといけないし」
「本当?じゃあ明日までに準備するわ」
実はあの音声が欲しかったのは、報告書のためだけではない。ファルトは彼女が朗々と古語を読み上げる声がとても気に入っていた。出来るならいつでも聞き返したいと思っていた。
今回のは仕事のためなので、報告書を書き起こしたら破棄しなければならないが……。
その間は自由に聞けるのかと思うと、思わず笑みが溢れた。
「少し中途半端な時間だが、ご飯食べるか?」
ファルトの提案にランカが軽く頷いたため、二人はいつも通り<金の雀>へ向かった。
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