第9話
日常はあっという間に戻ってきた。
静寂な森と古びた小さな家がランカの居場所だ。
通信機が隣の部屋でビービーとなっている音が聞こえて、ランカはぼんやりとベッドの上で目を覚ました。ふあと大きくあくびをしながら近くに落ちていたガウンを拾い上げて寝巻きの上から羽織る。ついでに室内用の靴を履くと、隣の部屋まで移動する。
この家の通信機が鳴るのはとても珍しい。固定型の通信機は場所を特定した上でお互いがその存在を登録しなければ使うことができない。
ここの通信機が登録されているものは数が限られている。ランカのごく親しい人たちだけだ。
寝ぼけたまま通信機のボタンに手をかける。
ビュワンと言う音と共に通信機の上に映像が浮かび上がり、そこには見慣れた親しい友人が映る。
褐色肌に黒髪の同い年の友人は、今は遠く離れた土地にいる。魔法学校に通っていた頃の友人で、卒業してからもこうして度々通信機で連絡を取っているのだ。
「レモレ、久しぶり」
軽く手を上げて挨拶すると、通信機の向こう側からレモレが覗き込んでくる。
「寝起きかー?その格好、胸丸見えだぞ」
画面の向こうのレモレがランカの胸元を指差す。そう言われて自分の姿を見下すと、緩いワンピース型の寝巻きを身につけてはいるものの、少し屈んでしまうと、下着もろくにつけていないためほぼ見える。
「私だからいいけど、そんな恰好で出るなよ」
友人の注意に、ランカは何かを思い出す。バタンと玄関が閉じられる光景を。
「……、もう出たわ」
ランカは通信機の置いてあるテーブルに突っ伏した。
「もう手遅れー!!」
「手遅れか」
はっずかし!お嫁にいけない!って言うかもうどうにもならない!ってか、だからあの時扉を閉められたのね?!いや、でも見えてない可能性もあるよね?!
「なんか言ってくれれば!いや、ホントに見えてたら言いづらいか!」
最早自分でツッコミを入れるしかない。
「よかったな。相手は女性だったのか?男なら襲われてたかもしれないぞ」
「 ……、超絶紳士だったわ。ってか、見えてない可能性も捨ててない!」
ランカが思い出したのは、最初に訪ねてきたファルトの様子だった。あの時も朝早かったため、同じようにガウンを羽織って玄関にでた。確かあの時もこの寝巻きだった。彼はすぐに目を逸らし「待つから着替えてくれ」そう言って玄関の扉を閉めた。態度悪いなと思ったが、もしかしたらそうじゃないかもしれない。
穴があったら入りたい!出て来たくない!!いや、これはもしかしたら無駄な心配かもしれないし!
「まぁ、終わったことはどうしようもないさ。そんなことより、せっかくだからお茶でもしようじゃないか」
そう言ってニッと笑ったレモレに、ランカもつられて笑った。
そうだ。……考えてみれば、もう会うこともない。それに、もし本当にみえていたら、逆にできれば会いたくない。切実に。恥ずかしすぎて死ねる。
通信機をいつものダイニングへ移動させると、ランカはお茶を入れて席につく。さすがに、服もいつもの黒のワンピースに着替えておいた。
しばらくあの寝巻きは封印しよう。というか買い替えよう。いつ買ったかも覚えていない。
「相変わらず森から出てないのか?」
通信機の向こう側の友人は温かいお茶などではなく、氷たっぷりの冷たい何かを飲んでいるようだ。
「ううん、この間まで王都にいたの」
「王都?珍しいな。何しに?」
「そりゃ仕事でしょ」
「へー、じゃあドミエの魔女としての依頼が?」
「そうよ、王宮からね」
ちょっと自慢げに胸をそらすとレモレが鼻で笑う。
「よくドミエの中でも下っ端のランカに仕事がいったな」
「事実だけどもう少し遠回しに言ってよ」
映る友人はケラケラと声を出して笑っている。こう言うはっきりとした物言いのところが、ランカには心地良い。
「どんな仕事だったんだ?」
「詳細は言えないけど、昔の魔法陣を読解する仕事よ」
そう答えるとレモレが納得したように頷く。
「それは古い物好きのランカにぴったりだな」
「別に新しいものも好きよ」
「それは魔法道具に限った話だろ」
そうとも言う。
レモレはよくランカのことをわかっている。
「でも、今回依頼に来た王宮士官の人も古い物や魔法道具好きだったの」
「へー?」
「ファルトって言う人で赤系統の魔法士」
魔法士は誰もがどんな種類の魔法も使えるわけではない。大きく分けて二つの系統があり、生まれながらにどちらかに別れる。
ファルトは魔法道具に魔力を込めるとすべて赤色になっていた。ランカは青色になるため二人の系統は異なる。
ファルトは赤系統の魔法士であり、ランカは青系統の魔法士だ。
「ファルト?赤系統の魔法士で王宮士官。……、それってもしかして、金髪碧眼の?」
レモレの質問に驚きながらランカは頷いた。
「そうそう!レモレ知ってるの?一緒に仕事したことあったり?」
朝ごはんの代わりの果物をつまみながらそういうと、レモレの冷静な声が返ってくる。
「何言ってるんだ。フレーベルに居ただろう」
魔法学校フレーベル。魔法都市にある学校の名前で、ランカもレモレもそこに在籍していた。魔法学校の最高峰と呼ばれるフレーベルは、国中からそこへの入学を求める子どもたちがやってくる。
「フレーベルの卒業生ってことでしょ」
口に入れた果物を咀嚼しながら聞くと「行儀が悪い」と返ってきた。
「それはそうだが、同期だぞ」
「へ?」
魔法学校で「同期」とは入学と卒業が同じことを指す。基本的に入学してから六年間で卒業となる。その間にどこまで魔法士としての等級を上げられるかが重要だ。入学は一緒でも等級の上がり方は一律ではない。試験に合格した者だけが上がることができる。
「ほらいただろ。同期に一人だけ五年目で1級魔法士になったやつ。金髪碧眼で女子生徒にめっちゃモテてた男子。あれがファルトだ」
レモレはそこまで丁寧に説明してくれたが、ランカは魔法学校の記憶を探っても全く思い出せなかった。
「まぁ、ランカは興味のないものにはとことん興味がないからな」
面白そうにレモレは笑うが笑い事ではない。
「もしかして私とんでもない失礼なことしてる!?」
青ざめたランカにレモレが首を傾げる。
「今に始まったことじゃないだろ」
「十日も一緒にいたのに全く同期って気づかなかったんだけど!」
ランカの言葉にレモレの眼が半眼になった。
「で、でも、もしかしたら向こうも同期って知らないかもしれないよね!」
最初にファルトが名乗った時にじっと見られたことを思い出したが、何とか救いを求めてレモレを見るが、レモレはなぜかすぐに首を振った。
「向こうはランカのこと知ってると思うぞ」
「なんで言い切れるのよ!」
レモレが何かを思い出すように話始める。
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