第4話

 行きでランカが転移石酔いしたことを考慮してか、ファルトは何度か場所を経由してくれた。あの転移酔いは距離に比例する。距離を刻めば刻むほどその酔いや気持ち悪さは軽減する。何も言わずそれをしてくれるファルトの優しさを感じながら移動することとなった。


 王宮に着くと少しファルトの表情が和らいだ気がした。

 依頼したドミエの魔女に何かあったらまずいと思っていたのかもしれない。士官として責任を問われる場合もあるだろう。

「そんな簡単に死んだりしないって」

 心配させてないために言ったつもりだったが、ファルトからはジロリと睨まれた。余計な言葉だったらしい。


「明日からは私が時間配分を決める。それに従ってくれ」

 懇願とも取れる言い方に、雰囲気的に拒否することができずランカは頷いた。

「でも、そうすると効率は落ちるけど」

「多少落ちてもいい。こっちがハラハラする。声をかけても全く反応なく、水分すら取らず一日中読解を続けるやつがあるか」

 

 ここにおります。


 学生時代もよく友人に怒られていたことを思い出す。久しくあってない事に気づきランカはその友人に会いたいなと考えたところで、お腹がグゥとなった。昼も食べてないのだ、当然だ。

 その音はファルトにも聞こえたらしい。

「食べに出よう」

「え、でも」

「経費で落ちる」

 それはありがたい。

 歩き出したファルトにランカもついていくことにした。

 


 王宮を出るとすでに空は真っ暗で星が瞬いているのが見えた。

 ただ、王都はランカの住んでいる森と比べると人が眠る時間は遅い。こんな時間でも街の中は魔法の光で明るく、人もそれなりに歩いている。

 

 王宮の門を出たすぐのところには、士官狙いの食堂が幾つか並んでいる。ランカは王都にきたことはあるが、このあたりの店には入ったことがない。正直王宮の目の前すぎて入りづらさ満点だ。

 ファルトは迷うことなく門前に建つ<金の雀>という店に入る。酒場と食堂を兼ねたような店のようで、大きなグラスを掲げる人の姿が何人も見える。ファルトと同じような王宮士官のコートを来た人の姿も目についた。


 ファルトはさっと店の端の席に座ったため、ランカも同じ席に向かい合う形で座る。すぐに店の店員らしき女の子が注文をとりに来る。ファルトを見て目を輝かせているのがわかる。


 モッテモテ〜。


「何にする?」

 そう言ってメニューを差し出され受け取る。すると店員の女の子からは鋭い視線が向けられた。


 うう。ただの仕事なのに。


 とりあえず目を合わせないようにメニューに目を落とす。どれも美味しそうではあったがガッツリ食べたい気分だったので(ついでに経費だし)ステーキと野菜のスープを頼んだ。ファルトも見た目のほっそりした感じとは裏腹にかなりの量の注文をしていた。


 いや、これはお腹空いているっていう嫌味か!当然昼も食べれてませんよね。すみません。

 心の中で謝っておいた。


「ファルトじゃないか」

 料理を待っている間に声をかけてきたのは、ファルトと同じ王宮士官のコートを来た男性だった。短い赤い髪に赤い瞳の人物で、陽気な感じが見るからに伝わってくる。手にエールの入ったジョッキを持っており、すでに酔っ払っているのかもしれない。いや、顔は全く赤くない。

 テーブルの横に立った男性は、ファルトを見てからランカに目を向けた。

 先ほど取り外したとんがり帽子が荷物入れからひょっこりと顔を出している。

 

「君が今回の仕事のドミエの魔女殿か」

 ニコニコと笑顔を向けられ、ランカは気まずさを感じながら少し頭を下げた。ファルトは自分と同じ年齢だと思ったが、この男性は恐らく年上だ。


「何か用ですか、ヴィザさん」

 ファルトが嫌そうにそう返すが、相手は全く気にしていない。

「珍しくお前が仕事を選んだのが気になってたんだよな。いつも仕事なんてこなすだけで、どんな仕事でも構わないって感じだったのに。なるほどねー」

 ファルトがじろりと睨むとヴィザが笑って、店員に追加の注文をする。

「さっき料理しか頼んでなかっただろ?飲み物奢ってやるよ」


 するとすぐに店員がジョッキとグラスを持ってきた。ジョッキがファルトの前に置かれ、グラスはランカの前に置かれる。ジョッキの中身は明らかにエールだが、グラスの中身はオレンジ色っぽい色でグラスにレモンが刺さっている。ランカは何か分からず首を傾げた。


「酒飲めるかわかんなかったから、果実水な。ここの美味しいからさ」

 にこにことそう言ってきたヴィザは意外といい人らしい。

「ありがとうございます」

 思わず敬語が出てしまい、しまったと思ったが諦めた。

「どういたしまして」

 ヴィザはひらひらと手を振ると元の席へ戻って行った。その席には別にもう一人士官のコートを来た人物が座っていた。ミルクティーのような茶色の髪に、紫色の瞳の男性で、目が合うとにこっと微笑まれ、ランカは会釈だけした。


「すまない。悪い人じゃないんだ」

 ファルトが申し訳なさそうに言ったが、ランカは首を横に振る。

「奢ってもらったし」

 そう言ってグラスを掲げるとランカは先に一口飲んだ。あまりお酒は得意ではないため、果実水でよかったと思う。しかも果実感強くとても美味しくて思わず顔が緩む。

 ランカの反応に安心したのか、ファルトもジョッキのエールに口をつけた。



 二人は料理が運ばれるとあっという間に食べ終わってしまう。やはり昼を食べていなかったのが大きかったようだ。

 さすがにランカは反省し、明日以降は迷惑をかけないようにしようと心の中で誓った。


 店を出るとファルトが歩き出したため、ランカもそれについて歩いた。

 王宮で与えられた部屋までファルトはランカを送ってくれる。

「明日は10時に出よう」

「遅くない?」

 ランカの反応に、ファルトは首を横に振った。

「今日が長すぎた。しっかり休んでくれ」

 それだけ言うとファルトは足早に去っていった。

 

「真面目だな」


 しかし一日中魔法陣の読解をしていた事実はやはり体に疲れが溜まっていたのか、シャワーを浴びて出てくるとあっという間にベッドで倒れるように寝てしまった。


 その日の夜、褐色の肌を保つ学生時代の友人が夢の中に出てきた。

 

「ランカは、興味がないものには本当に興味がないよね」


 自分のことをよく知っている友人は笑いながらそう言った。悪気はないが、ランカの本質を示す言葉だ。

 なぜそんな夢を見たのか、ランカにはわからなかった。

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