第2話
約束した日の昼頃に王宮の門前まで行くと、ご丁寧に先日家まで来た士官ファルトが立っていた。迎えはいらないと言ったが、もしかしたら田舎に住む魔女にはわからないと思われたのかもしれない。
王宮は王都にある。普段は滅多に行かないが、ランカが学生時代は隣の都市に住んでいたため王都にも何度か足を運んだことがある。観光ついでに王宮も見たことがあるため、迷うようなことはない。
あ、もしかしたら来るかどうかを信用されてなかったのかも。
この日のランカもいつも通り、黒いワンピースに外出用の長いマントを羽織り、とんがり帽子を被っていた。ドミエの魔女への依頼ということもあり、この古き魔女の姿は重要だ。正直この格好は街ではかなり浮く。物珍しく見てくる人もいるが、この格好の意味を知っている人たちが多いのも事実だ。
数は少なくなってしまったがドミエの魔女の存在はよく知られている。
ランカを見るとファルトが足早に近づいてくる。今日も士官のロングコートが眩しい。なんの材料で出来ているのか、若干この間から気になっているところである。
「持とう。部屋まで距離がある」
ファルトの右手が差し出され、ランカが持っていた大きなトランクケースを持ってくれる。本当であれば、別空間に入れてしまえばいいのだが、ランカは整理整頓が非常に苦手だった。空間もいくらあってもどこに何があるかわからなければ意味がない。
「ありがとう」
くるりとランカに背を向けたファルトの背中にお礼を言った。
王宮に入るのこれが初めてだった。普通に暮らしていれば、王宮にくることなどない。ランカとてそうだ。思っていた以上に王宮内ですれ違う士官たちの多さに驚く。
毎年魔法学校の卒業生から何人か士官になっていくんだから、それはそうか。
そんなことを思いながら物珍しい装飾などに目を向けながら歩いていると、ふと目の前にいたファルトが立ち止まる。それに合わせてランカも足を止めた。
「ここから先が士官に与えられる部屋が並ぶ場所だ。その一室を貸す。マルメディには泊まれないため、毎日ここに泊まることになる」
「ファルト士官もここに?」
「あぁ。私もここに部屋を与えられている。左が女性の部屋があり、右が男性の部屋が並んでいる」
こんな作りになっているのかということと、ここに全ての士官の部屋があるならとんでもない数の部屋があるということになる。
「よく似た部屋が並んでいるから間違えないように」
するとファルトが何かを掲げた。
手にしているのはガラスでできた鍵のように見えた。鍵には青いリボンが付けられており、ランカの名前が入っている。
「仮の鍵にはなるが他の士官と同じように用意したから無くさないように管理してほしい」
「わかったわ」
そう返事をしてランカは鍵を受け取った。
「荷物を置いたら早速一度マルメディに行こうと思うが」
ファルトの言葉にランカも頷く。なんせ契約は早く完了すれば早く終わる。しかし報酬が変わることはない。さっさと終わらせることには賛成だ。
それに正直この士官だらけの王宮は居心地が悪い。士官はこの国では最高職だ。そのためプライドが高い者が多い。自分たちにできないことはないと考えているような魔法士が多く、王宮を歩いていたランカへの視線はかなり鋭いものがあった。
何故ドミエの魔女が?
言葉にしなくともそんな声が聞こえる気分だった。
わからなくはない。
士官になるには最低限、魔法学校を最高等級の1級魔法士として卒業する必要がある。国内の各都市に魔法学校が設立されており、その魔法学校を入学してから卒業するまで、生徒は毎年等級試験を受ける。何級で卒業するかは生徒の実力次第である。
毎年1級魔法士で卒業できるのは数人だ。この王宮士官になった彼らは当然その自負がある。
って言っても、私も一応1級魔法士で卒業してるんですけどね。ギリギリ。
あれはギリギリだった。卒業前の最後の試験で……!
そんな苦労を思い出しつつ、ランカはファルトから返してもらったトランクケースを部屋に置くと必要なものだけ小さなショルダーケースに入れると部屋を出た。部屋の前にはファルトが待っていたのだがとてもきまづそうな表情だ。
「あぁ、ここ女性の部屋のエリアだから」
ランカの言葉にファルトはさっと背を向けると歩き出す。特にランカとしても文句はなくそれについていく。
「マルメディには転移石を使っていく。ただ、王宮内ではどこでも移動系の魔法道具が使えるわけではないから、使える場所までいくことになる」
歩きながらそうファルトが説明してくれた。確かにどこでも魔法道具が使えたら王宮内に侵入し放題でかなり警備が危ない。王宮内全体に魔法を制限するものがかけられているのだろう。
王宮のこれまで見てきた廊下や部屋とは違い質素な空間の場所につく。いくつかの空間に区切られたそれは、おそらく移動用のためだけにある部屋なのだろうと理解する。
その内の一つの空間にファルトが入ると、右手を差し出してきた。その手の上には転移石と呼ばれる魔法道具が置かれている。すでにファルトの魔力が込められているのだろう、石は赤く煌めいている。
早くと視線で急かされ、ランカはファルトの手に自分の右手を上から重ねた。
二人の周りを転移石から溢れ出した赤い魔力が包み込むと、ランカは久しぶりの転移石による移動の感覚の不快感に思わず目を閉じた。
その場から一瞬にして二人の姿が消える。
次に目を開いた時には、別の場所に移動した。
くらりと体が傾いて倒れそうだと認識した時には、不意に腕を掴まれたため、無様に地面に倒れるようことはなかった。
「大丈夫か?!」
焦ったような顔のファルトがランカの腕を掴んだまま上から覗き込んで来た。
「転移石、久しぶりすぎて」
ランカが少し青い顔でそう言うと、ファルトはすぐに申し訳ないと謝罪してきた。
「すまない、配慮に欠けていた」
転移石は非常に便利なものだが、人という塊が別の場所へ移動するという非常に人間には負荷がかかる。体がバラバラになるような感覚があり、慣れないうちは吐き気や頭痛を感じることもしばしばある。
しかし、多用して行くうちにその感覚に慣れてしまい、何も感じなくなって行くこともある。士官たちは、王都にとどまる仕事ばかりではない。特に若いうちは国内のどこへでも行かなければならず、ファルトは転移石を多用しておりその感覚がもうないのだろう。
ファルトはランカの姿勢を整えた後、彼女の手を引き近くの椅子に座らせた。
移動した場所は四角い狭い部屋のように見えた。長椅子と小さな丸いテーブルが置いてあるだけの簡素な場所で、床には簡易魔法陣が描かれている。
あの転移石はこの魔法陣に移動する設定になっていたのだろう。
「すまない、先に聞けばよかった」
ファルトは椅子に座ったランカに対して膝を折り、もう一度謝罪する。本当に申し訳ないと思っているのだろう、表情が暗い。
「私も大丈夫かなと思って手を置いてしまったから、ごめんなさい」
お互い様だと言いたかったのに、ファルトの表情は冴えないままだ。
「転移石を使わないと時間がかかるのはわかってるし」
気にしないでと言って見たが、ファルトは相変わらずだ。結構頑固者らしい。
ランカは少し息を吐き立ち上がる。
「だいぶ楽になったから案内して」
そう言うとファルトは疑わし気にランカを見た。しかし、ランカとていつまでも座り込んでいるわけにもいかない。仕事を引き受けたからにはきっちりこなさなければドミエの魔女の名に傷がつく。
諦めたようにファルトも立ち上がると、二人は狭い部屋を出た。
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