第31話 大爆発
船がさらに傾く。
そんな中、大鷲と篠崎はデッキを進んでいった。
良く晴れた空の下、開放感あふれる南国の空気の中でクルーズ船は海面に白い航跡を残しながら進んでいる。
ふと見上げると海鳥が空を舞っていた。
それを見て大鷲は笑みを浮かべる。
「見てごらん。鳥が飛んでいる。これは陸地が近くなったということだ」
「私たち助かるんですか?」
篠崎は思わず弾んだ声をあげた。
それに対して大鷲は返事をしない。
大鷲は船尾の方から何かが近づいてくるのを認め、篠崎を背中に隠した。
この場をなんとかするのは自分しかいないと覚悟を決めつつも、荒事には全く向いていない自覚がある。
ビル十階相当の階段を上り下りしただけで脚の筋肉が悲鳴をあげるほどに、運動不足でもあった。
もし一人であったら、決して戦うなどということはしないだろう。
君子危うきに近寄らず。
とりあえず逃げ出していたはずだ。
しかし、今は守るべき相手がいる。
斜めに傾いだデッキは歩くだけで苦労した。
そんなコンディションではあったが、両手で握った備品の斧を持ち上げる。
大きく振りかぶった。
髪は乱れ、目に凶暴な光を宿し、口から涎が垂れているプレイヤーKに、もうハンサムさの欠片もない。
理性を失い荒ぶる獣と化したKが両手を伸ばしてくる。
大鷲にとって幸いだったのは、Kも似たり寄ったりの体格で、力もあまりないことだった。
「目をつぶってろ!」
篠崎に向かって叫ぶと、大鷲はあらん限りの力で斧をKに叩きつける。
夢中ではあったがそれでも冷静さを失っておらず、刃ではなく、背の方で伸ばしてくる腕を強打した。
下手に切断して血液などを大量に浴びるとまずい。
衝撃でKは船の壁面に激しくぶつかった。
大鷲は、遠心力がついた斧に振り回され、すっぽ抜けそうになった斧を辛うじて保持する。
斧を構えなおすとデッキにもたれて座るKの片脚に向かって振り下ろした。
グシャ。
嫌な音が響く。
完全に無力化はできていないが、もう歩くことはできなそうだ。
そう判断した大鷲は距離をとるようにして、大きく迂回しながら、篠崎の手を取り先導して船尾へと進む。
いくら狂犬病に罹患して理性を失っている相手でも、さすがに人を殺すのは無理だった。
血が付着した斧も正直気持ち悪いが、まだMが居るかもしれないと思うと手放せない。
片手では持つのも辛くなって、デッキの上に赤い線を残しながら引きずって歩いた。
篠崎とつないでいるもう片方の手からは震えが伝わってくる。
「大丈夫だ。俺はヒーローというキャラじゃないが、君は守ってみせる」
落ち着かせるように声をかけながら歩いていくとようやく船尾にたどり着いた。
手すりから身を乗り出して覗くと、頼りないちっぽけなボートの上にオレンジの派手なベストを着た人影がある。
どうやらプレイヤーFらしい。
大鷲と篠崎に気が付くと手を振った。
船はかなり傾いているものの、デッキから海面までは建物の三階分ぐらいの高さがある。
進行方向に目を向けると島影が大きくなってきていた。
周囲を確認して安全を確かめるとまず救命胴衣を篠崎に着用させる。
それから、大鷲は綿のように疲れた体を鞭打って自らも救命胴衣を身につけた。
大鷲たちと別れた坂巻は操舵輪をしっかりと握って前方を見据えている。
船の傾斜が激しくなってからは船は自然と左へと進路を取りがちになっていた。
これは船が傾いたことで左舷側のスクリューが揺れによって海面から浮くことがあり、右舷側だけで推進するようになったからだ。
そんなことは知らない坂巻だったが、前方の島に向かうように時おり総舵輪を回してなんとか望む方向に進もうと努力している。
他に航行する船があれば大惨事になった可能性はあるが、カローン号と島の間に船影はなかった。
刻一刻と近づいてくる島との距離を坂巻は目測する。
自然と左寄りになりそうなことを計算して右寄りに進路をとった。
残りが一キロメートルほどになったところで、坂巻は総舵輪から手を離すと部屋を飛び出す。
何段か抜きで階段を駆け下り、ロビー階に到着すると船員区画を走り抜けた。
ロビーを通り抜けて右舷側のデッキに出ると船尾方向に走り始める。
ガガガガ。
船底から不気味な音が響いてきた。
どうも暗礁に乗りあげなら船は進んでいるらしい。
大きな衝撃がきて坂巻は手すりに体がぶつかった。
その反動を使って体勢を立て直すとできる限り距離を稼ごうと走り続ける。
途中で人のようなものがデッキの床に転がっていたが、構わず飛び越えて進んだ。
ドンという音と共に突き上げがくる。
それに逆らわないように坂巻は手すりを乗り越えて海へと落ちていった。
同時刻、大鷲は斧を捨てると渾身の力で篠崎を抱きかかえて、海へと身を躍らせる。
ほんの少し時は遡り、坂巻が手すりにぶつかったタイミング。
クルーズ船が何かにぶつかってさらに傾きが大きくなったと見て取ると垣屋は斧を振りかぶって、牽引するロープに叩きつけた。
体を鍛えているだけあって、大鷲などよりもよっぽど様になっている。
より合わせたロープが端からあみれ、三撃目にはぶつんと切れた。
ボートにかかっていた力が急になくなったのと斧を振り下ろした力により、垣屋はバランスを崩して海へと転落する。
斧を手放すと慌てず海面へと顔を出した。
数メートルほど離れている場所に浮いているボートに向かって泳ぎ始める。
着衣が水に濡れて重かったが、救命胴衣の助けもあり、これぐらいなら問題はなかった。
背後でドンという爆発が起こる。
クルーズ船の船尾近くから煙が上がって、傾きがどんどん大きくなっていた。
垣屋はボートに苦労してよじ登ると島に向かってオールで漕ぎ始める。
私が勝ちってことでいいわよね。
クルーズ船から吹き飛ばされたものが波間に浮かぶ中を進んでいった。
また爆発が起きて巻き込まれることがないように、少し距離をおいて島に向かって漕ぎ続ける。
時おり振り返って進路を確認した。
目立つ色の救命胴衣をつけた二人が海面に浮かんでいるのを見つける。
まあ、島まではもう数百メートルだし、時間はかかってもなんとかなるでしょ。
その間に島にたどり着いてお金を持って逃げなくちゃ。
他に人影は……ないわね。
垣屋は手を振る二人を避けるように進路を変え、力強く漕ぎ始めた。
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