第二章 ウェスティリア帝国

第11話 お飾りの軍隊か、まあいいだろう

 ウェスティリア帝国。


 魔族とよばれる、褐色・耳長の種族が主体となり、様々な種族・亜人を従える大帝国だ。また中には逃げてきた人間をも組み込んでいる。

 日本人に伝わりやすくすると、ダークエルフという架空の存在が当てはまるだろうか。細身だが妙に肉感的であるのが特徴だ。


 現在人間が組んだ連合軍と真正面から戦っており、魔族独特の高い魔法適性で応戦しているが、人間の召喚した木偶—―神界の戦士のチート能力には押されつつあるらしい。


「で、俺が今から向かうのは帝都か。こういっては何だが、いきなり人間を連れて行って平気なのか?」

 俺の問いに魔将エステル・フィニアンは顔をこちらにも向けずに、ただ「ああ」とだけ返す。


 信じられないのも無理はない。非戦闘員を皆殺しにするようなイカれたやつらのいる場所を、単騎で落とすのは気がふれているとしか思われんからな。


「え、エステル様! ご主人様は一生懸命戦ってくださりました! 私の怪我だってこうして治してくれて……この方は魔族にとって救世主に違いありません!」

 ジャスパーとかいう豚の椅子にされていた、狐獣人の娘カーチェ・トルマンだ。

 なぜか、俺を主人として付き従い、身の回りの世話をやりたがる。魔族というのは案外義理堅いのだろうか。


「カーチェとか言ったな。ことは軍務に関係のあることだ。村娘のお前が口に出すことではない。それともお前も軍に入るのか?」

「そ、それは……ですが、ご主人様は……」


 恐らくは俺の処遇を心配してくれているのだろう。

 魔族が俺を測っているように、俺も魔族を測っている。

 武功を上げた人物をどう遇するか、その人物が不倶戴天の種族だったとしたらどうするのか。


「ついたぞ、帝都アリオーシュだ。見物もしたかろうが、宮殿の客室で待機していてくれ。私は此度の状況を陛下に奏上せねばならん」

「問題ない。休ませてもらう」

「カーチェ・トルマンよ、そなたも一緒に来い。どうせ来るなと言っても宮殿まで来るだろうしな」


 ぱあっと顔が明るくなる。カーチェは長く毛の多い尻尾を大振りしていた。

 白い髪を少し撫でると、くすぐったそうに目を細める。


「カーチェはご主人様に助けられました。この命尽きるまで、誠心誠意お仕えいたします!」

「自分を安売りするのはよくない。が、気持ちはありがたい。俺はこの世界に不慣れだから、色々教えてくれると嬉しい」

「はい、何でも聞いてください!」


 詰め込まれていた馬車からのぞいていた帝都は、曇天化に灰色の建物が並んでいた。暗い雰囲気と一言でいってしまえるのが、この世界の業の深さを抱えている。


 よく言えば質実剛健。悪く言えば無機質。

 文化発展に回すはずの資本を、ほとんど戦争に費やしているのだろう。

 衛生状態は想像していたよりも悪くないようだ。裏路地まではうかがい知ることはできないが、恐らく厳しい状況なのかもしれない。


 孤児や傷痍軍人たちが路肩に座り、金銭を乞うている姿が散見された。


――

 馬車は裏口の通用門に回され、目立たぬように俺はフードを目深にかぶって移動する。エステルの部下がお目付けとして同行しているおかげで、誰何されることはなかったが、漏れ出ている殺気は勘弁してほしかった。


「こちらでお待ちください」

「ありがとう、心配ない。何もしないことを約束する」

「立場を弁えているようで何よりだ、人間」


 敵性勢力の人物の扱いは地球と同じだな。諸手を挙げて歓待されたら、それはそれで警戒する。


「ご主人様、お茶をお淹れしますね」

「気にしなくていい。そんな下働きのような真似……ああ、泣くな。参ったな」


 カーチェは家族を皆殺しにされたと聞く。今この子の心は微妙なバランスの上で成り立っているのだろう。

 無下に扱って彼女の安息を壊してしまえば、きっと俺は後悔するだろう。


「とびきり美味しいのを頼む。こっちに来てから、水しか飲んでないからな」

「は、はい! お任せください!」


――

 玉座の間—―ウェスティリア帝国


 帝室のシンボルカラーである青を基調に、三つ首の竜の旗がひらめいている。

 七宝で飾られたティアラを身に着け、王笏おうしゃくを手に、皇帝ロザリア一世は跪く家臣を睥睨する。


「面を上げよ、エステル。直答を許す」

「はっ、ご報告を致します」


 失陥した魔族領のベルクトを奪還したこと。

 町の住人は皆殺しにされていたこと。

 敵の守備兵はことごとく捕虜としたこと。


 そして人間が召喚した神界の戦士が、魔族側に立ったこと。

 ベルクト奪還は彼一人が行い、敵の代官をも討ち取ったとも。


「俄かには信じがたいことだな。その者は今どうしている」

「はい、現在は監視をつけて宮中の客間にて待機を命じております。いかがなさいましょうか」

「余が会うのは危険か」


 廷臣がざわりと蠢く。女帝への直接面会など、長く使えている家臣ですら難しい。ましてや人間と会うなど、常識から逸脱しすぎている。


「ここまでは何の抵抗をする素振りを見せていません。ですが、念には念を入れ、間諜である可能性も捨てるべきではないかと」

「ふむ。そうか」


 手にした扇を二度三度と開閉し、女帝ロザリアは判断を下す。

「忠誠を試す。真に魔族の友となるのであれば、如何様な待遇であろうとも不満は述べまい。ベルクト奪還の功を鑑み、ダルシアン儀仗騎士団参謀として配属する」

「陛下の御意のままに」


 周囲からは安堵の声が漏れ聞こえてくる。

 ダルシアンであれば安心だ、と。名誉はあれど戦力としては期待できず。ひたすらに式典を管理するだけのお飾り軍隊であれば、問題なかろうと。


「彼の者が有能であれば、ダルシアンも不本意なことを続けずに済むであろう。期待しておると伝えよ」

「陛下の玉音、確かに承りました」


 女帝が去り、近侍も姿を消す。

 エステルは無性に悔しい思いをしていた。

 もしかしたら戦局を変えるかもしれない存在を、ダルシアンの貴族令嬢どものお目付けに回していいのだろうかと、葛藤している。


 女帝ロザリアの意見には逆らえないのは百も承知だ。

 だがまだ女帝も18歳と若い。宮廷内の天秤を調整するだけで精一杯なのかもしれないとエステルは思う。彼女が考えている通り、宮中の伏魔殿の闇は深いのだ。

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