戦後モラトリアム紀行
鐘白
プロローグ 1964年4月 上野
やっと商談が終わった。多弁で抜け目のない先方とのやり取りは疲れる。流石、闇市から図太くのし上がった人だ。あゝ、冷たい物を飲んで休憩したい。
そう思い、安藤ハジメはアメヤ横丁をふらふらとした足取りで抜け、目に止まった喫茶店に入った。
美しいステンドガラス、ゆったりと腰を掛けられるソファ。そして、注文を訪ねてくる、カールされた睫毛が美しいウエイトレス。ここは、外の喧騒から切り離された完璧な空間だった。向かいの席には、口や手をベタベタにしながら夢中でクリームソーダを飲む3歳位の男の子もいる。
ハジメは、その男の子の様子をぼんやりと眺めていると、ふと、鞄に仕舞ったままの手紙を思い出した。送り主は古い友人からで、読むのを後回しにしていたものだ。注文したアイスコーヒーも丁度届いた。折角だからゆっくり読もうと決め込み、乱雑に封を千切った。
中は、彼の家族や経営している農場の写真で、裏に自慢話が添えられていた。写真が上手くなったな、と思いながら読んでいると気になる文を見つけた。
「息子はモラトリアム期間を彼なりに楽しんでいる。ハイスクールの仲間と映画三昧だ。」
はて、『モラトリアム』とはなんだろうか?今度、先生でも聞いてみるか。でも、マーク君も高校生か。俺が丁度、こいつと会った時と同じくらいだ。場所もこの公園の方だったか。あの頃に戻りたいとは一切思わないが、あゝ、懐かしい。
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