第2話 修行を決意する
「ただ、ゲーム内には日本語の言葉遊びや看板があったから……」
「なるほど。それも含めて、お嬢さまの言う『聖なる乙女の学園』世界であると」
「もちろん違う可能性もあるけれど――でも、まずいのよ!」
私は焦って言った。
「もし本当に『聖なる乙女の学園』世界だったら、私たちは窮地に追い込まれている!」
「何がまずいんです? お話を聞くかぎり、特に問題があるようには思えませんが」
「エンディングよ! エンディングがまずいの!」
私はデイジーにつめ寄った。彼女のふわわふの髪から、甘い香りがただよってくる。いい匂いだった。
「恋人同士になった状態で卒業すればエンディングなんだけど、その中にね、『一緒に魔王を討伐する』とか『世界征服する』とかいう、ヤバいのが含まれてるの!」
「なんで、そんなバイオレンスなエンディングがあるんですか? 恋愛育成ゲームなんですよね?」
「知らないわよ! たぶんスタッフの悪ノリ!」
「で、自分が攻略されたら、そのエンディングになる危険があると……」
「いえ、それだけじゃなくて!」
デイジーはいぶかしげな顔をした。
「危険なのは、本当に魔王が復活してしまうことなのよ」
前世の知識によれば、ゲーム本篇で魔王がどうこうという話はなかった。あくまでもエンディングのひとつに、唐突に出てくる要素だ。
ところが、この世界には魔王が実在する。およそ一〇〇年ごとに、新たな魔王が魔界から軍を率いて侵攻してくるのだ。
「先代魔王の出現が、今から九十年ちょっと前……つまり、私たちが学園に行く十年後、リリー・リリウムと出会う頃には一〇〇年過ぎちゃってるのよ!」
「えーと……つまり、お嬢さまはどうしたいんです?」
デイジーは困惑した様子だ。
「修行よ!」
「は?」
「修行よ!」
「それはわかりました! そうじゃなくて――修行って何がです? なんで!?」
今度はデイジーが私につめ寄った。つぶらな、愛くるしい瞳に私の顔が映っていた。
「だって魔王に対抗できなきゃまずいでしょ! リリーと、リリーに選ばれた私たち以外の誰かが、魔王を討伐してくれるなら問題ないわ! でも、私やデイジーが選ばれる可能性だってあるわけだし、それでなくても実はリリーがいなかったとか、聖剣の使い手がいなくて魔王に負けちゃうとか、そういう結末もあり得るわけじゃない!」
「つまり、対抗できる力を身につけておきたいと?」
「そうよ! 魔王対策に鍛えておいて、いざというときは逃げるのよ!」
「戦わないんですか?」
「そんな危険な真似、絶対にイヤよ!」
私は悲痛に叫んだ。
「私は平穏無事な人生を送りたいの! 魔王を討伐して英雄になるとか、世界を征服するとか、そういうのはキャンセルよ! 私にとってのグッドエンドは、リリーが残り三人のうちの誰かを選んで、魔王を討伐すること! でも、奴は危険人物でもある!」
「なんでです? 魔王を討伐してくれるんですから、少なくとも……」
「もうひとつのエンディングよ! 世界を征服するってやつ! 何をどうしてそんなわけのわからない行動に出るのか謎だけど、とにかく! そんなんやらかすとか絶対ヤバいやつ!」
「エンディング見てもわからないんですか?」
デイジーが呆れた様子で言った。
「わからないのよ。だからこそ困っているの。リリーは希望の光だけど、世界征服しようと思い立つ危険人物でもあるの」
「調べればいいじゃないですか。公爵家の力を使って、リリー・リリウムっていう女の子がどういう人物かを……」
「無理よ」
私は首を横に振った。
「なぜです? 見つからない場所にいるからですか?」
「違うわ。名前も顔も種族も出身地も……全部不明だからよ」
「あの、さっきからリリー・リリウムって名前を何回も……」
デイジーが気遣うように私を見た。
「ち、違うわよ! 私は正気! そうじゃなくて……! リリー・リリウムはデフォルトネームなのよ! 変更可能なの!」
「ああ、別の名前である可能性も高いと」
「それどころか、種族とか体型とか髪や瞳の色とか……色々変更できちゃうのよ。私みたいな人間族かもしれないし、デイジーみたいな妖精族かもしれない。うさみみや猫耳生やした獣人族かもしれないし、頭に角が生えた鬼人族かもしれない。長身かもしれないし、小柄かもしれない。巨乳かもしれないし、貧乳かもしれない……前世と違って、髪の色や瞳の色もだいぶカラフルだし」
「細かく指定できるわけですか」
「キャラクリしてるだけでも楽しい、と評判だったからね」
身長、体型、胸の大きさ、髪型、顔つき、髪や瞳の色など事細かに決められたのだ。
「だから、『リリーはこれこれこういう人物です』って伝えて、探してもらうことはできないのよ。そもそも成長後のデータだから、今の時点とは違うでしょうし……。なにより出身地も自由に設定できたから、下手をすると別大陸に住んでいる可能性もあるの。名前だって変更されてて、オフィーリアとか、ジュリエットとか、コーディリアとか、デズデモーナとか、マクベス夫人とか――」
「どんだけ死んでてほしいんですか?」
「いえ。別に、確実に死んでてほしいと願っているわけでは……」
「お嬢さま的には、リリーが魔王を討伐するより、名もなき誰かが魔王を倒してくれる展開がお好みみたいですね」
「まぁ、確かにそうね。冷静に考えるなら、それが一番平和よね」
私はうなずいた。
「でも、それはただの理想だわ。現実は自分の思い通りにはいかない……だからこそ、常に最悪の事態を想定しておかないと」
「それで修行ですか」
「ええ。無理強いはしないけれど、デイジーも攻略キャラの一人だから。選ばれる可能性はあるし、いざというときのためにも……」
「わかりました」
デイジーはうなずいた。
「お嬢さまは私が止めてもやるのでしょう? だったら、従者として付き合わないわけにはいきませんね」
「ありがとう、デイジー!」
私は彼女の小さな体を抱きしめた。やわらかな感触と、体温と、かぐわしい匂いが伝わってきた。
私たちはその日から、さっそく修行を始めた。
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