第90話 デートの準備
あたしの家は、どこにでもあるようなマンションの三階にある。実家がそれなりに裕福だから、家賃の半分ほどを肩代わりしてもらっている。ありがたい事だ。
両親との仲は良好だった。実家を出ることになったのは、大人になるからには独り立ちしなければ、と思ったから。
の割に家賃を補助してもらっているのだから救えない。
まぁ、そんなことは置いておき、一人暮らしだからこそ出来ることというのは確かにある。
「いいじゃんいいじゃん。意外性があって、新しい魅力を開拓できてるよ」
と言ってくれるのは乃亜ちゃんだ。
「そうかな、よかった」
今のあたし達は、あたしの自宅に置かれている姿見の前で服を選んでいる。明日のデートに来ていく服だ。
「かなちゃんさ、どっちかって言えば可愛い系だけど、だからこそこういうシュッとした感じのコーデが新しい開拓を見せると思うんだよね」
乃亜ちゃんが選んだ服は、デニムパンツに白いシャツ、それと紺色のデニムジャケットだ。銀のネックレスは、十字架の形をしている。
あたしは、こう言った服とは無縁だった。自分に似合う服はあくまでも可愛い系だと認識していたから。だから、こういう服は違和感がある。
「……やっぱりちょっと、似合わなくない?」
「そんなことないよ。服ってさ、自分を磨いている人ならどんな服でも似合うんだよ」
「そうなのかな……」
姿見の中のあたしは、まるで自分ではないかのよう。表情は憂いを帯びていて、暗い。こんなんじゃ、先輩に好きになってもらうなんてまぁ難しい。
しかも普段のあたしとは違う、デニムで若さを出しつつも大人らしいコーデ。これは似合わない。
「かなちゃん、ちゃんと運動もして、スキンケアもちゃんとしているでしょ? そういう努力ができる人なんだからさ、どんな服でも答えてくれるよ」
乃亜ちゃんがポーチから化粧道具を取り出し、机の上に置いていく。
「あとはメイクで合わせていけばいいしね。コスプレの要領なんだけど──こっち向いて」
乃亜ちゃんがあたしの顔に化粧を施していく。こういう風にすればどういう印象を与えられるのか、と色々説明をしてくれる。
化粧自体は慣れたものだ。ただ、こうして誰かにやってもらうとむず痒さを感じる。
「うーん、そうだねぇ……」
悩みながらもテキパキと手を動かしていく。あたしは手持ち無沙汰になったので、
「本当に先輩に振り向いてもらえるのかな」
と、ずっと思っていたことを呟いていた。
「さぁ?」
それに対して乃亜ちゃんは、あまりにも薄情な返答をした。ムッとするあたしに、
「だって、それはみーたん次第じゃん。そこまであーしらがどうこう出来るってのは流石にね。だからあーしらに出来るのは、せいぜいが相手の気を引くぐらいだよ。アピールすればそれぐらいは出来る。そこから先気を留める事ができるか否か、勝負はそこだね」
なるほど、と返事をする。相手の気を留めるか。それが難しいのはわかっているけれど、それでもやらなければならないのだ。
「大丈夫。かなちゃん魅力ある人だから頑張ればいい結果も残せると思うよ」
気楽に無責任なことを言ってくれる、とあたしは思った。だけど、彼女の言っていることに勇気付けられたのもまた事実ではあった。
「……ありがとう、服選んでくれて」
「どういたしまして。幸運を祈ってるよ──と、これで出来た。どう?」
「……すごい、これがあたし?」
姿見越しに見るあたしは、先輩のように切れ目なかっこいい女性に変身しているように見えた。
「そうだよ。化粧のやり方を少し変えるだけで、人の印象は大きく変えられるんだって、知っておいて欲しくて。やり方を今から教えるね」
メイクをしながらの簡素なものとは違う、本格的な講義が始まる。アイラインの引き方とか、そういう印象を変える技法を一つ一つ教わっていく。
「なるほど……結構慣れてるの?」
「そりゃあ、ギャルだもん。化粧は基礎の基礎だよ。まーでも、ギャルもなかなか大変だから、気軽にはお勧めしないけどね」
「そうなんだ」
「そうだよ。あーしの学校には上下関係とかはないんだけどね、やっぱ先生からの印象は悪いから」
「あぁ、そういう。髪も染めてるし、確かに教師受けは悪そう」
「そうそう。だからあーしらみたいになるのは覚悟がいるよ」
「安心して、あたしはそうならないから」
きっとギャルは、先輩が最も苦手とする人種だろうから。あたしはギャルにだけはならないと決めたのだった。
あぁ、それにしても。楽しみだなぁ、明日のデート──。
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