25.伝達の処遇
後宮で聞き取りを続けながらも、私のボーイズラブ小説は変わりなく皇帝陛下に届けられていた。
皇帝陛下がどうしても望むので、後宮の妾をモデルにしているが、罪悪感が酷い。妾の中には売られてきたものもいるので、女性によって酷い目に遭わされた経験者も少なくなかった。
「貧しい家で、十歳のときに娼館に売られました。十五歳から客を取らされて、見目がいいからと貴族に買い取られ、後宮に連れてこられました」
「これからどうしたいと思っていますか?」
「もう誰も信じられない……。貴族の元に嫁がされても、どうせ、私はまた捨てられる運命なのでしょう? それならば、できるだけ豊かな商人に嫁ぎたいです。二番目でも三番目でもいい。豊かな生活が一生送れるのならば……」
人生を諦めたようなその妾の話に、私は同情してしまった。
皇帝陛下も難しい顔をしている。
「娼館は夫を持てない女性のためには必要なのだが、こういうことがあると考えてしまうな」
「娼館で種をもらってきたという話はよく聞きますからね」
「それに、種をもらうだけではなく、男の肌に触れて安らぎを得る場所でもある。高級娼夫は、体を交わさずとも話術で女を虜にすると聞いているし」
娼館が必ずしも悪い場所ではないと私も分かっているのだが、こういう話を聞けばどうしても陰鬱な気持ちになってしまう。
それを振り払うように皇帝陛下が私に問いかけた。
「伝達、そなたはどうしたいか決めたか?」
「私にも選択権があるのですか?」
「もちろんだ。そなたも形だけとはいえ、私の妾の一人だ」
まさか自分にも選択権があるとは思わず私は戸惑ってしまった。ちらりと私の横に立つシャムス様を見れば、皇帝陛下を真剣な眼差しで見つめている。
「伝達殿さえよければ、私は伝達殿を夫に迎えたいと思っております」
「シャムス、そなた、やはり伝達殿を想っていたか」
「はい。伝達殿は私にない発想をして、伝達殿と行動を共にするのはとても楽しかった。私は後宮が解体されても伝達殿と一緒にいたいのです。伝達殿、どうでしょう?」
はっきりとシャムス様は皇帝陛下に自分の意思を告げてくれた。
私は目の奥が熱くなって涙が滲んでくる。
ずっとシャムス様のことを慕わしく思っていた。それが叶う日が来るなど考えてもいなかった。
「私もシャムス様の夫になりたいです」
必死に言えば、涙と洟が垂れてしまう。シャムス様は私の顔をハンカチで拭いてくれた。
「勇気を出して申し出てみてよかった。伝達殿、こんな私だがよろしく頼む」
「私こそ、よろしくお願いいたします」
シャムス様は私の護衛になる前は騎士団でも中隊を任されるほどの騎士だった。それが皇帝陛下の直属の吟遊詩人である私の護衛という立場で満足してくださっているのだからありがたいことこの上ない。
「後宮の解体が終われば、城下町にもシャムス様と取材に行ってもよろしいですか? 他にも行きたいところがたくさんあります。蜜の国も、太陽の国も、この目で見てみたいです」
自分が住んでいた日の国ですら、城に閉じ込められて育っていたので私は市井のことはよく知らない。月の帝国のこととなると、尚更知ることがない。
これからも皇帝陛下に満足していただけるボーイズラブ小説を書いていくのであれば、リアリティを追求するために取材は欠かせなかった。
それにしても、いつまで私はボーイズラブ小説を書かされるのだろう。
一度くらい男女の恋愛で皇帝陛下を唸らせてみたかった。
「それにしても、神がかりになったイフラース殿の演技はものすごかったですね」
お茶会が終わった後にイフラース様にシャムス様が言っていたのだが、イフラース様は呆然としてそれを聞いていた。
「僕は演技などしていない」
「え?」
「あんな演技ができるわけないだろう? 皇帝陛下のお名前を呼び捨てにするなど畏れ多くてできるわけがない」
あの言葉を言っていた間のイフラース様の意識はあったようなのだが、言葉は勝手に口から出てきたのだという。
「イフラースは演技ではなかったのか!?」
そのことを皇帝陛下にお伝えするととても驚いていた。
「私の名前を呼び捨てにしているから、打ち合わせとは違うとは思っていた。それに、私もあの声を聴いていたら自然と平伏していた」
皇帝陛下もイフラース様の態度がおかしいことには気付いていたようだった。演技ではなかったとすれば、あれは何なのだろうか。
前世の私はいわゆるスピリチュアルなことは信じない主義だったが、この世界にはそういうものが存在するのかもしれない。イフラース様が幼少期から、毒物が混ざったものは黒い霞がかかったように見えていたというのも、イフラース様が本当に神がかりになった可能性を考えると、信じられなくもないことだった。
そのイフラース様も無事に塔を護衛する騎士の元に嫁いだ。騎士は身分は高くないが、イフラース様を一生愛して大事にすると言っていた。こんな美しい夫が来てくれてとても幸せだと喜んでいたという。
一人、また一人と後宮から妾が減っていく。
私の番も近付いていた。
バシレオスに相談すると、バシレオスは私の前で深く頭を下げてお願いしてきた。
「私も伝達様と共に連れて行ってくださいませんか? 伝達様と共に物語を作るのが、私の喜びとなっております」
それに関しては、シャムス様に相談しなければいけなかった。
私が嫁ぐのはシャムス様の家で、シャムス様はその家の跡継ぎなのだ。
「私と共にバシレオスも従者として連れて行くことが可能ですか?」
「そうなると、バシレオスの妻も探してやらねばならないな。私の屋敷に仕えているものでバシレオスが気に入るものがいれば、引き合わせよう」
「それでは、バシレオスを連れて行ってもいいのですね」
「伝達殿の物語を書くためにはバシレオスが必須なのだろう? 引き離すわけにはいかないよ」
心優しいシャムス様の言葉に私は救われる気持ちだった。
シャムス様の屋敷に移ることになっても、バシレオスと一緒に小説を書ける。
「私は皇帝陛下と共に萌えを語ってから屋敷に帰る。伝達殿は皇帝陛下に物語を渡して、皇帝陛下と私が読んでから、私と一緒に屋敷に帰る。夜は遅くなるが平気か?」
「これまでもそうでした」
「これまでは後宮内で帰り道は近かったが、私と一緒になれば私の屋敷に帰るので、少し遠くなる」
「それでも大して差はないでしょう」
平気ですと答えると、シャムス様の手が私の頬を撫でた。
顎に手を添えられて、口付けられそうになって、私は慌ててシャムス様を止める。
「い、いけません! まだ!」
「そうであったな。まだ伝達殿は私のものになっていなかった」
早く私のものにしたいものだ。
耳元で囁かれて私は飛び上がってしまう。
前世の世界では男性がこういうことを言うと女性が喜んだものだが、今世のこの世界では、女性の方がこのようなことを口にするのだ。
男女の恋愛を書くとしたら、前世の男女観は完全に捨てた方がよさそうだ。
「シャムス様、男女の恋愛を試しに書いてみたのですが、読んでみてくれませんか?」
話題を変えるために、私は試作品として書いていた男女の恋愛の小説をシャムス様に差し出した。バシレオスの箔押しもされていないし、バシレオスの字でもない、私の汚い字で書かれたそれを、シャムス様はじっくりと読んでくれた。
そして、膝から崩れ落ちた。
「シャムス様!?」
「どうしてなのだ……どうして、この女はこんなにも弱いのだ。男は妙にいきり立っておるし。伝達殿がこんな物語を書くとは……」
ショックを受けているシャムス様に、私は「そこまで!?」と驚いてしまう。ショックのあまりシャムス様は涙目になっていた。
「こんなにつまらないものを伝達殿が書くなど、全く信じられない。どうか嘘だと言ってくれ。これは伝達殿が書いたのではないのだな? バシレオスの考えを伝達殿が写しただけなのであろう?」
「そこまで酷かったですか?」
「あり得ない……」
あり得ないとまで言われてしまった。
これはこれでものすごくショックだ。
「これは恋愛を知らぬものが書いた夢物語のようではないか。伝達殿が書く男同士の物語はもっと現実味があって、もっと深みがあって……。嘘だと言ってくれ、伝達殿! これを書いたのは伝達殿ではないと言ってくれ!」
シャムス様は私のことを愛してくれていて、結婚も考えてくれているのに、その相手ですらこんな反応をするものを私は書いてしまった。
そっと今夜皇帝陛下に渡すボーイズラブの構想を差し出すと、顔を覆って悲しみに暮れていたシャムス様の表情が明るくなる。
「なに!? 娼館に売られた男と、その男を慕っている娼館の料理人の男の話!? これは、他の女に好きにされている男を助けられぬ料理人の葛藤、そして、体を与えることになれば、他の女と同じように料理人を思っていると思われるという娼夫の苦しみ! なんと! これはいつ読めるのだ?」
「これからバシレオスと書き上げて、夜には皇帝陛下にお届けしようと思っております」
「なんと素晴らしい。期待しておるぞ」
どうしても私はボーイズラブしか受け入れられないようだ。
「解せぬ」と思いつつも、将来の妻と皇帝陛下のために、私はボーイズラブ小説を書くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます