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 *


 まさか、浮気相手との海外逃亡に『持っていけなかいガキ』が、ニンゲンの子どもだとはだれも思わないだろう。

 (いぬねこかめならむしろ持っていけたのか?)


 なんで断らなかったのか。

 先輩に連絡がとれなかったからだ。物理的に。


 それだけで、チビを哀れに思ったとか万が一にもかわいいと思ったとかじゃ、ない。けっしてない。


 オレには、だれかを大切に想う気持ちが欠落していた。


 ずっとひとりで、いままで生きてきた。


 だれを想うことも

 だれに想われることもなく。


 留守がちな両親も、

 仮面をつけた友人も、

 気を遣わせる彼女も、

 いらない。


 ひとりでいい。

 ひとりがいい。

 いっそ『じぶん』だっていらなかった。


 だれかを大切に、

 だれかに大切に、

 想うことも想われることもないじぶんなんて。


 そんな人生に土足で一匹、ニンゲンのガキが踏み込んできたのは三十一年目の初夏だった。


 *


 そのはずだったのに、


 「トラ」

 急遽購入した電動ママチャリを保育園に駆りながら、


 「なんやうっさい! マリオちゅうっやねん!」

 「ゲームはもうきょうはダメだ、目が悪くなる。それより、」

 「うっさい!」

 「遠足にいくぞ」

 「うっs、…なん?」

 「えんそくにいくぞ」

 「…えんそく、て、なに?」


 はじめての遠足は尾瀬ヶ原。

 携帯電話の通じない大草原。

 チビの誘拐にはうってつけ。


 『一度戻る、十月に』

 『虎のことも整理する』


 そう、先輩から唐突に連絡がきたのは先週末。


 なにをいっているのか。


 都合が悪くなったら放りだすような父親にこの小さな生き物をいまさら返すなど、『堅物のバケモン』にできるはずないだろう?


 情がうつったとか万が一にもふたりの生活が思いのほか気に入っているとかじゃぁない。


 ずっと一人で生きてきた。


 これはあれだ、人道支援だ。


 「アオ! えんそくてなに? なに? うまいん?」

 「アオじゃない、パパて呼べ」

 「ぱぱちゃうわ!」

 「遠足ってゆうのは、…情操教育な人道支援だ」

 「じょー、じ?」

 「パパと、お泊まりでおでかけだ」

 「…」

 「?」

 「な、」

 なんだいやだったか?


 「なんやそれぇ〜! しゃぁなしや、えんそくやるわぁ〜!」


 背中のチビが、愉快そうに暴れるのがくすぐったかった。

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