秋の入り口

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 秋の遠足を決めたのは、神奈川はまだまだ残暑厳しい九月だった。


 出会いは、藤沢駅 JR-小田急乗り換え連絡通路。通勤の人混みにもまれながら足をとめた。


 目の前に広がる一面の大草原。


 金色に紅葉したそのむこうにぬしよろしく佇む山。


 その山にまっすぐとのびるたった一本の木道。


 そのさきはオゾンみたいな青の空。


 朝の陽を受けて輝く草原をゆく秋の風がなでてゆく。その囁きだってきこえてきた。


 時がとまったみたいだ。陳腐ないいまわしだけど。


 海しか知らないオレをとらえた。


 どこだ、ここ。


 『撮影 尾瀬ヶ原』


 おぜ、がはら


 これを、見せてやりたい。

 チビに。

 うちのチビ助に。

 きっと見たことがない。

 見せなくちゃいけない。


 「情操教育だ」


 言い訳をしながらスマートフォンでその駅看板を撮る。


 「教育だ」


 だれかとなにかを共有したなんて気持ちははじめてで、動揺していたけれど知らない高揚感にふわふわもした。


 オレはチビの誘拐先を尾瀬ヶ原に決めた。

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