第104話 政府の対応

「そうか……ダメだったか」


 日本地下迷宮ダンジョン庁管轄探索者協会。北海道解放作戦のリーダーである獅子王戒からの報告を受け、協会長の私は肩を落とす。日本No.1探索者シーカーを持ってしても、北海道のダンジョンマスター討伐はならず、それどころか側近にすら勝てなかったということが日本政府に大きなショックを与えていた。


 函館のダンジョンマスターが消失し、これを機にと考えた政府の判断が間違えていた。それは結果を見ても明らかだ。やはり函館のダンジョンマスターの消失は、マスター同士の争いだったとの見解が正しいのか。

 このままでは北海道を解放するためには、海外のトップ探索者シーカーの力を借りねばならないのか? いや、獅子王戒だって世界のトップクラスの実力の持ち主だ。そう大差はあるまい。


 私は次の一手をどうするか悩んでいた。札幌のダンジョンマスターの強さが異常なのか。であれば、他の地域から解放していく作戦もある。しかし、どこのダンジョンマスターも似たような強さだとしたら……撤退も考えねばならない。


 不幸中の幸いだったのは、獅子王達が誰一人欠けることなく撤退できたことだ。悪魔族相手によく逃げ切れたと思い、詳細を聞こうとしたんだが『よくわからない』と濁されてしまった。


 進むか退くか、その決断を迫られていたその時、またしても信じられない一方が届いたのだ。


「会長!! 釧路地方の電波が復旧しました!!」


 部屋に飛び込んできた秘書の第一声は、あまりに信じ難くすぐには理解できなかった。釧路地方? 電波復旧? ……まさか!? ダンジョンマスターの消失か!?


 すぐに部下に命令し、情報を集めさせる。


 結果はすぐに出た。電波の復旧は事実。ぞくぞくと釧路地方の生き残りから連絡が入ってくる。私はすぐに輸送船を手配を命じた。都合のいいことに、函館で使用した船がそのまま残っていたから、全てを釧路港に向かわせるように指示を出した。


 釧路地方の魔物も一斉に姿を消したようだ。函館と似たような状況だけに、ダンジョンマスターの消失を期待したいが、決めるつけるにはまだ早い。なぜなら函館の時とは違い、どこの地域でも大きな戦闘の形跡が確認できなかったからだ。


 ダンジョンマスターの暗殺? さすがにそれは無理だろう。海外勢も含め、ダンジョンマスターを単独で倒せる者などいるはずがない。軍もダメ。少数精鋭もダメ。今のところ打つ手なしだ。なのに函館に続き釧路まで解放されたとなると、またどうやったんだって海外からの圧力が強くなるな。まったく、私が教えてもらいたいくらいだ。


 まあ、海外からの追求はどうにでもなるとして、今は北海道の方だな。よし、獅子王達には札幌圏を避けて釧路方面に向かってもらおう。ひとまず函館と釧路の人命救助と拠点整備を進めて、そこから今度は旭川の情報を収集してもらうとするか。


 札幌のダンジョンマスターが別格の存在だったと思いたい。でないとこれ以上の解放は難しい。次は旭川の大雪山地下迷宮ダンジョンになるだろう。頼むぞ獅子王。



~side 明日香~


 あの後、ポーションで復活した戒さんと仁さんと一緒に函館圏内へと戻ってきた。前日に休憩した会館のような場所へと着いたときには、仲間達から歓声の声が上がった。獅子王さん兄弟は、やっぱりみんなから慕われているんだね。


「まずはみんな無事でよかった。覚悟の上とはいえ、命の危険にさらしてしまったこと申し訳ない。リーダーとして謝罪する」


 一通り歓迎された後、戒さんはみんなに向かって頭を下げた。私は戒さんは全然悪くないと思ってたし、みんなも同じ考えだったから逆に戸惑っちゃったけど、『リーダーを引き受けるっていうことは、こういうことなのかな』と漠然とした考えが浮かんだ。


 それから、この後どうするのかという話し合いになって、一度撤退するという意見と、他の地域を見るべきだっていう意見に分かれた。主に3級以上の人達が話し合っていて、私は楓ちゃんと一緒に黙って聞いている。


 どちらかというと、戒さん達『皇帝』のメンバーは撤退を考えているみたい。だぶん、私達に危険が及ぶ可能性が高いと考えてるんだと思う。

 逆に2級や3級のパーティーからは、もう少し情報を集めようという意見が多い。ダンジョンマスターには敵わなくても、他の魔物であれば十分に対処可能だというのがその理由だ。


 なかなか結論が出ないでいると、戒さんの元に一本の電話がかかってきた。


「何だと!? それは本当なのか!?」


 電話に出てそうそう、戒さんの大声が建物内に響いた。落ち着いた雰囲気の戒さんにしては、珍しく興奮しているようだった。周囲の人達も話し合いを中断し、何事かと注目している。


 電話が終わり、息を一つ吐いた戒さんがみんなに説明を始めた。


「どうやら、釧路地方が解放されたようだ。ダンジョンマスターの消失は確認できてないが、電波が復活し、魔物達の姿が消えたそうだ」


 戒さんの報告にみんなが一気に盛り上がる。だけどそこはトップクラスの探索者シーカーの集まり、すぐにみんな冷静になって何が起こったのかを考え始めた。


「やはりダンジョンマスター同士の争いでは?」

「それなら、電波が復活するのはおかしくないか?」

「事故でダンジョンマスターが……ありえないか」

「北海道を解放して回っている人物がいるとか……」

「俺達がその側近すら倒せないのに、誰が?」


 だけど、当然だけどそれらは推測の域をでることはない。私には誰がやったのか想像ついてるけどね。


「政府はこの状況を確認して来てほしいそうだ。だから、俺達は札幌圏を避けて釧路方面へと向かおうと思う。

 釧路の状況がある程度わかれば、今度は旭川の情報集めだ。こっちはダンジョンマスターが健在だろうから慎重に行う。

 長い調査になるだろうから、ここで離脱してもらっても構わない。俺達は明日の朝出発するから、それまでに各自どうするか決めておいてくれ」


 戒さんの一言でその場は解散となった。後は各々が明日までに結論を出すだろう。私も楓ちゃんと近くの家を拝借して話し合うことにした。


「私はせっかく来たからもう少し頑張ってみたい」


 楓ちゃんは開口一番そう口にした。もちろん私も同じ考えだ。私達が持つポーションは絶対役に立つだろうし、私達もまだまだ強くなれるはず!

 楓ちゃんと気持ちを一つにして、私は見張りをすべく屋根の上へとあがるのだった。


 そして、屋上で見張りをしている時に、お兄ちゃんから念話がきた。一方的な報告だけど、釧路はダンジョンマスターが倒されたんじゃなく、地下迷宮ダンジョンに戻ったそうだ。そんなことあるんだと思ったけど、お兄ちゃんが言うんだから間違いないよね。


 それから、釧路湿原地下迷宮ダンジョンはすでに消滅してて、摩周湖に地下迷宮ダンジョンができてるみたい。


 釧路のダンジョンマスターはすごく強い鬼だから、くれぐれも戦わないようにだってさ。もし、危なくなったらキー坊の名前を出すように言われました。


 お兄ちゃん、何やってるの?


 それから、ダンジョンマスターの中に人間と連絡を取り合ってる者がいるって。何それ、おっかない。もしかして、この前の呪石なんかもダンジョンマスターが用意したものだったりして。

 私は暗くなり始めた周囲を警戒しながら、どこまで戒さんに話せばいいのか、頭を悩ませるのでした。


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