3 逢
約束の時間にS駅まで出向くとすでに岡田笙がいて、わたしを発見、手を大きく振る。
その動作が派手だったので恥ずかしくなったかといえば、それはなく、わたしと岡田笙との現在の関係は恋愛ではなく見合い中なのだと思いつく。
岡田笙に告られたことを、わたしは姉に話していない。
もっとも姉は気づいたかもしれないが……。
何故かと言えば、わたしの姉は少なくともわたしに関し、勘が鋭いからだ。
「お待たせ」
「まだ時間前だよ」
「いつからいるの」
「十分くらい前から」
「偉いわね」
「遅れてきた方が良かったか」
「世間的には招待時間に二、三分遅れるのがマナーらしいよ」
「それ、京都の風習からだってさ」
「えっ、そうなの」
「オレも詳しいことは知らないけど『京都タイム』っていうみたいだね」
およそ恋人らしくない会話をしつつ改札を抜け、階段を登り、ホームに立つ。
そのホームを先端まで歩き、電車を待つ。
そのとき岡田笙が始めてわたしの服装に気づいたように、
「律子はいつもと同じ格好だな」
と言うから、
「岡田笙は少しお洒落だな」
とわたしが返す。
お洒落といっても岡田笙が着ているのは白いパーカーでボトムはブルージーンズ。
帽子はない。
一方、わたしは同じようなパーカーだがグレーでボトムはワインレッドのパンツ。
帽子は大きめで薄い黄緑。
化粧はない。
中学のとき、演劇部の助っ人に呼ばれたときに化粧をされたが、あのときだけだ。
まあ、肌クリームとか日焼け止めは塗るが……。
「岡田笙が『山の中』とか言ったから、こんな感じだ」
わたしが殆どブラウンのような濃さの赤いスニーカーを岡田笙に見せて言う。
「オレはこれ……」
と言いつつ、岡田笙がわたしの方に右足を伸ばす。
岡田笙が履いていたのは濃いブラウンの革靴だ。
わたしは靴の種類には疎いが、そこそこ良さそうな品だとわかる。
もっともだからお洒落なのではなく、着こなしが岡田笙そのものだからお洒落なのだ。
その辺りが岡田笙のボンボンの血だろうか。
「山の中じゃないの」
「山の中だよ」
「それなのに、その靴かよ」
「靴は履くためにあるんだよ」
まあ、その通りだ。
電車が着たので二人で乗る。
日曜といっても朝八時過ぎなので結構人がいる。
けれども平日の女性専用車には空席がある。
ドアに近い方に岡田笙、その隣にわたしが座る。
「子供の頃は、とにかく立ってなさい、って言われたわ」
わたしが言うと、
「オレは、座れ、座れ、って言われたよ」
岡田笙が答える。
「わたしたち、住む世界が違うのね」
「キャピュレットの娘は金持ちだよ」
「岡田笙はモンタギュー家の息子かよ」
「律子は十三歳に見えないこともないな」
「岡田笙は到底十七歳には見えないな」
向かいの席の老人がわたしたちの会話内容に気づいたのか、少し吹く。
もちろんわたしはジュリエットではないし、岡田笙もロミオではない。
老人のその仕草には岡田笙も気がついたようで、
「律子はプエルトリコ系アメリカ人には見えないね」
と誘うから、
「岡田笙もポーランド系アメリカ人には見えないね」
と応える。
もちろんわたしはシャークのマリアではないし、岡田笙もジェットのトニーではない。
「しかも律子の家はオレの家から見ると東側だし」
「どちらかというと北側じゃないかな。地形的には……」
「京都だったら遊女だな」
「何、それ……」
さすがのわたしも、その話は知らない。
後に知るが、『北側』ではなく正しくは『北向き』で、江戸中期に京都島原中堂寺町北側の長屋横町にいた遊女を指す。
その前はウエストサイド物語だ。
わたしが向かい席の老人を盗み見ると目が会い、ついでウインクされる。
それで老人は岡田笙の話した意味を知っていたのだとわかる。
御茶目な爺さんだ。
そういえば岡田笙を老人にすればなりそうな気がしないでもない。
「バーンスタインが病気のワルターの代わりに指揮をして有名になったことを知ってる……」
「数をこなしてないけどバーンスタインは合わないな。ワルターの方がいい」
「こってりした肉食の乙女もまたいいね」
「ブラームスの四番のこと……」
「お嬢さん、良くわかっていらっしゃる」
「でも一番はフルトヴェングラーだな」
「そのブラ一は一九五〇年にバーンスタインを呪縛してるよ」
「ふうん」
「バーンスタインはコンサート後にフルトヴェングラーに会いたかったようだけど、フルトヴェングラーはナチスの協力者でバーンスタインはユダヤ人だからエージェントに止められて実現しなかったらしい」
「ああ、そういう時代だったのね」
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