第31話 余り物には福がある……?


「全く……補習のときといい……お前らな……」


 僕のクラスの担任の寺川先生が気だるげな表情を浮かべながら言った。


 今は、昼休みなのだが僕と秀一は、今朝の遅刻した件について職員室に呼び出されていた。


「「はい……すみません……」」


 僕と秀一は俯きながらさも、反省しているかのような声で言った。


「まだ、高校に入学して1カ月だぞ……? もっと気を引き締めんか……」


 寺川先生にそう言われ、ぐうの音も出なかった。


「「……」」


 僕と秀一は『反省してますよ』という雰囲気を醸し出すためにさらに神妙な顔をしながら俯いた。


 そんな僕たちを見てため息をつきながら――


「ったく……まあ、いい……2人にお願いがあるんだがいいか……?」


 寺川先生が言った。


 寺川先生にそう言われ、僕たちは顔を上げた。


「お願いですか……? なんでしょうか……?」


 秀一が怪訝な顔をしながら言うと、寺川先生がわざとらしくこほん! と咳払いをして――


「入学して丁度1カ月くらい経って、交友関係が定まってきただろう? まあ、いつものメンバーでわいわいするのもいいが、まだ、あまり話していない人達と仲良くなれる可能性を捨てるのももったいないと思わないか……?」


 何やら長々と説明を始めた。


「まあ、そうですね……?」


 僕は先生が何を意図しているのかわからなかったがとりあえず先生に同意した。


「そこでだ、席替えをしようと思っているんだが、どう思う……?」


 僕は少し悩んだ。


 ――今更、秀一とか樹以外の人たちと馴染める気がしないんだよな……。


 先週、僕が倒れてしまった1件があったからかはわからないが、クラスメートたちに腫物を扱うような扱いを受けているように僕は、感じてしまっていた。


 ――まあ、でも、決めつけもよくないか……。


 先生の言う通り、他の人と仲良くなれる可能性を捨てるのも時期尚早だ。


 そのため、僕は――


「いいんじゃないでしょうか……?」


 少し嫌な気持ちがありながらも賛同した。


「おお、そうだよな? 渡辺はどう思う?」


「僕もいいと思いますよ」


 秀一も席替えに異論はないようだ。


「よし、そうとなれば、今日のロングホームルームの時間に席替えをするから、2人にはその進行とくじ引き作成を任せるぞ」


 ――へ? 僕に人前に立って話せと……? 無理無理無理……!


 僕は、人前に立って話すと顔から火が出そうになるくらい顔が赤くなり、うまく話すことができなくなるのだ。


「え……? 僕たちがですか……?」


 何かの聞き間違えだと思って僕は先生に聞いた。


「ああ、お前たちに任せる。もし引き受けてくれたら今回の遅刻は数秒の遅れだったし、見逃してやるぞ」


 教育者としてそれはどうなんだ……? と思ったが、1度でも遅刻したなんて親にバレたら小言を言われるのが目に見えていたため、こんないい条件を出されたら従う他ないだろう。


「わかりました……」


 僕がそう言うと――


「よし、じゃあ任せたぞ」


 寺川先生がそう言い、僕たちに職員室を出るように促してきた。


「「失礼しましたー」」


 僕たちは、そう言って職員室を出た。


***


「はあ……」


 僕は、クラスメートたちの前で話すことが憂鬱でため息をついた。


 そんな僕を見て秀一が苦笑いを浮かべた。


「そんなに嫌なの……?」


「うん……。人前で話すのがどうしても昔から苦手でね……」


 ――いい加減克服しなきゃいけないのはわかってるんだけどね……。


「そっか……! それじゃ、話すのは俺に任せてくれていいから、黒板に座席表書いたりするのは任せてもいい?」


 とてもありがたい申し出だ。断る理由もない。


「それはありがたい! それでいこう!」


 僕は、声を明るくして言った。


「よし! それじゃ、早速くじ引きを作るとしようか……!」


 僕たちは急いで教室に戻り、席替え用のくじ引きを作ることにした。


***


 2時間くらいが経過して、6限のロングホームルームの時間になっていた。


「えー、今日のロングホームルームは席替えをするぞー」


 寺川先生がそう告げると、生徒たちから歓声が上がった。


「待ってました!」


「おお……遂にか!」


 どうやら、みんな席替えを望んでいたみたいだ。


「まあ、後のことは霧崎と渡辺に任せてあるから、後はやっといてくれ」


 そう言うと、先生は教室を出て行ってしまった。


 ――前々から思っていたけど、寺川先生テキトーすぎない……?


 僕がそんなことを考えていると、秀一に肩を叩かれた。


 秀一に肩を叩かれるとすぐに、立ち上がり前に向かった。


 ――うわ……めちゃくちゃ見られてる……。緊張するな……。


 僕は、なるべく緊張しないように心を無にしようと試みた。


「えーと、先生が言ってた通り席替えをするんだけど、みんなには今、真琴が持っている箱の中に入ってるくじを引いてもらいます」


 緊張している僕を他所に秀一が説明を始めていた。


「この後、真琴が座席表を黒板に書いてくれるから、みんなそこに書かれている番号の席に移動してね」


 ――あ、そうだ。座席表書かないとだ……。


 僕は、完全にボーっとしてた。


 そんなとき――


 視線の延長線上にいた永井さんと目が合った。


 そして――


 永井さんが優しく微笑みながら小さく手を振ってきた。


 その瞬間、僕の脳が機能を停止した。


 ――いやいや、今のはさすがに反則です……。


 みんなの前に立っているため永井さんに手を振り返すわけにもいかず、僕は、そのまま立ち尽くしていた。


 そのまま、呆然と立ち尽くしていると――


「真琴? 大丈夫? どうかした……?」


 説明を終えた秀一が心配そうな顔を浮かべていた。


 その声で僕は我に返った。


「あ、うん……! 大丈夫……!」


 僕は、慌てて黒板に座席表を書き始めた。


***


「「ふう……」」


 僕と秀一は、一仕事を終えて息をついた。


 クラスメート全員がくじを引き終わって、各々の席の位置を確認している。


「後は、俺たちが引いたら終わりだね」


 僕たちは余り物には福があると言って最後に引くことにしていた。


「そうだね、先に引いていいよ」


 僕がそう言うと、秀一がありがとう! と言い、くじを引いた。


 僕もすぐに続いた。


 その後、ふと秀一を見ると、くじを引いた秀一が驚いた顔をしていた。


「あはは……ほんとに福があったね……!」


 そう言われ僕が座席表を見ると――


 僕と秀一は必然的に前後の席になることになっていた。


「おお……! 前後の席じゃん! やったね!」


 僕がそう言うと、秀一が少し微笑ましいものを見る顔をしていた。


 ――なんでそんな顔をするんだ……?


 僕が不思議に思っていると――


「隣の席はちゃんと確認した……?」


 秀一がより一層その微笑みを強くした。


 ――隣の席……?


 そう言われ、座席表で右隣の席を確認すると――


 右隣の席のところに樹の名前があった。


 ――お、樹と秀一と近くの席とか最高じゃん!


 先生の思惑は外れ、結局いつもの仲良しメンバーでつるむことになりそうだ。


 ――もう左隣と後ろは誰でも大丈夫だ!


 そんなことを考えながら左隣を確認すると――


 愛理の名前があった。


 僕は一瞬硬直してしまった。


 ――おいおいおいおい……。マジですか……。嬉しいんだけどね……?


 今の僕は、愛理とどう接すればいいのかわからなくなってしまっているため、なんとも言えない気持ちになってしまった。


 僕が黒板に書かれた座席表を呆然と眺めていると――


「真琴! よかったな……!」


 秀一がポンと肩を叩いてきた。


「う、うん……そ、そうだね……!」


 僕は、少しぎこちない笑顔を浮かべながら言った。


「俺たちも席を移動させようか」


「う、うん……」


 ――そういえば、永井さんの席ってどこだろ……?


 僕は、振り返って永井さんの名前を探した。


 探し出してすぐに見つけることができたが永井さんの席は僕の席から少し離れていた。


 僕は、少し残念な気持ちになった。


 ――まあ、愛理も永井さんも席が近かったら僕が持たないか……


 残念な気持ちを抱えつつも僕は、新しい自分の席を移動させた。


***


「やっと、君の面倒を見る日々が終わると思ったのに……」


 席を移動させ終えると、照れ隠しか樹が嫌味を言ってきた。


「まあ、ほどほどに頼むよ……。あはは……」


 本気で嫌がられている気もしたけど気のせいだろう。


 そんなことを考えていると――


「えっと……その……よろしくね……?」


 愛理が少しはにかみながら言った。


「う、うん……。こちらこそよろしくね……!」


 ――平静を装えているだろうか……?


 僕は不安に思いながらも愛理と他愛のない会話を続けた。


 愛理との会話が途切れ左斜め後ろを見ると――


 河原さんが眠そうに本を読んでいた。


 ――河原さんも近くの席か……そうなると永井さんは……。


 ふと、永井さんの方を見ると――


 永井さんの周囲には、普段、永井さんが一緒にいる人達が誰1人と言っていいほどいないからか、永井さんが少し恨めしそうな視線を僕に送ってきていた。


 ――くじ引きだから許してください……


 僕がそんなことを考えていると、後ろから指で背中をつつかれた。


 僕が振り返ると――


「霧崎君よろしくね」


 長い黒髪をハーフアップにした物静かそうな少女がうっすらと微笑みを浮かべながら言ってきた。


 ――初めて話す人だよな……?


「う、うん。よろしくね。えっと……」


 僕が名前を思い出せずにしどろもどろになっていると――


「吉井雪菜よ。入学して、もう1カ月くらい経つのに覚えてもらえてないのは少しショックだけど……。まあ、いいでしょう」


 苦笑いを浮かべながら吉井さんが言った。


「ごめん、人の名前覚えるのあんまり得意じゃなくて……。吉井さんだね。改めてよろしくね」


「ええ、こちらこそ」


 これでその日の吉井さんとの会話は終わった。


 ――一時はどうなるかなって思ったけど、周りも仲いい人ばかりだし良かった……。


 愛理ともとりあえずは話せはするため、踏み込みすぎなければ大丈夫だろう。


 ――今後どうするかは、まだゆっくり考えよう……。


 僕は、この先の学校生活で自分がさらに苦悩することになるとは知らずにホッと息をついた。







 

 










 















 








 








 



 






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