第20話 互いに認め合うこと

 

 僕が、瀬戸屋を光瑠君と出た後、外はすっかり暗くなっており、ふとスマホを取り出し時間を確認すると、19時7分と表示されていた。


 今、僕は、光瑠君と永井さんのもとへ向かっている。


「ね、ねえ……? 光瑠君……? 僕たちほんとにこれから永井さんに会いに行くの……?」


 未だに僕は、半信半疑でいた。


 永井さんと修復不能と思われるに至ることになったできごとが起きたのは、今日の午前であり、普通に考えて、その日の内に会って話をすることになるなんて誰が予想できようか……?


「ああ、会いに行くぞ。俺の家で鈴音と葵を待たせている」


 ――え……? 河原さんもいるの……!?


 河原さんがいると聞いて僕は、緊張感がさらに増したように感じた。


 河原さんは、普段は、永井さんに干渉せずみたいな態度をとっているが、永井さんが本当に困っているときに颯爽と現れ、さりげなく手を差し伸べる。そんなことができる人だと、永井さんから聞いた。


 そんな河原さんが今回の1件で関わってきたということは、永井さんが本当に傷ついたことが裏付けられている。


 僕は、自らの行いを再び悔やみ始めた。


 そんな僕の様子を見かねてか、光瑠君は――


「今は、もう、自分のことを考えるな。話し合いの場でも、自分勝手になってしまったら、同じことが起きるだけだ……。もう反省は十分しただろう。それができたならもう大丈夫なはずだ」


 こちらをいつもの不愛想な表情で見ながら言った。


「光瑠君……ありがとう……」


「そういうのは、照れるからやめてくれ」


 永井さんが光瑠君は、不愛想に見えるけどほんとは情に厚い人で頼りになると言っていたのを思い出した。


 ――永井さんの言う通りだな……。


 僕は、しみじみと思った。


***


 夜の住宅街を歩いて15分くらいが経った。


「ここが俺の家だ」


 そう言うと、光瑠君は立ち止まった。


 光瑠君の家を見上げると、1室だけ部屋の明かりが点いていた。


 ――あそこに永井さんがいるのか……。


 ごくりと僕は、生唾を飲んだ。


 そして、胸の鼓動が早まっていることを感じた。


 一時的に、光瑠君の激励のおかげで緊張が和らいでいたが、やはり、現実のものとして目の前にすると緊張してしまった。


 すると――


「ほれ、行くぞ」


 光瑠君が僕の手を引いて、僕を家に招き入れた。


「ちょっ!? 光瑠君! ほんとに今からなの……? まだ、心の準備が……」


 この期に及んで、弱音を吐くのは、情けないとは思うが、本当に緊張しているのだ。


 そんな僕を他所に、光瑠君は――


「だから、そうだと言っているだろう? 心の準備など後からでもできる」


 僕の手を引く力をさらに強め、僕が逃げないようにズンズンと階段を上り始めた。


 心臓が壊れそうなくらい鼓動しているが、そんな僕のことなどお構いなしだった。


 そして――


 光瑠君が、永井さんたちがいると思われる部屋の前で立ち止まり――


 僕に自分でドアを開けるように促してきた。


 光瑠君は、「大丈夫、後は覚悟を決めるだけだ」と言いたげな表情を浮かべた顔を僕に向けていた。


 ――もう、覚悟を決めるしかない……!


 僕はドアノブを掴んだ。


 そして――


 ドアが開いた。


「永井さん……」


 永井さんの姿を確認すると同時に僕は無意識に呟いていた。


 やはり、緊張と罪悪感は隠し切れなかった。


「霧崎君……」


 僕は、永井さんの儚げな声とは裏腹に永井さんの表情から、確かな覚悟を感じた。


「「……」」


 僕はこれから話すという覚悟はできているが、まず、どう声をかけようか決めかねていた。


 おそらく、永井さんも同じような感じだと思う。


「霧崎と鈴音は、ここで思う存分話してくれ。俺と葵がいると話しにくいこともあるだろうから、俺たちは少し外を散歩してくる」


 そう言い残すと、光瑠君と河原さんは僕と永井さんを残して別室へ行ってしまった。


***


「「……」」


 光瑠君と河原さんが去ってからも、数分の間沈黙が部屋を支配していた。


 ――まずは、謝らないとな……。


 僕は、そう思い、まずは、謝ることにした。


 すると――


「「今日は、本当にごめんなさい……」」


 永井さんと僕の声が重なった。


「「え……?」」


「いやいやいや、永井さんは悪くないよ……? 自分勝手だった僕が悪いんだ……」


 僕がそう言うと――


「霧崎君……悪いのは、私だよ……だから、謝らないで……?」


「いやいや、そういうわけには……」


「「……」」


 このままじゃ、埒が明かないだろう。おそらく、このままじゃ、光瑠君たちが戻ってくるまで自分が悪いとお互いに譲らない攻防戦がただひたすらに続くだろう。


「ねえ、永井さん……さっき、光瑠君から永井さんが後悔していたことを聞いたんだ……良かったら、僕がしている後悔を聞いてくれないかな……?」


 僕は、まずは自分の後悔を知ってもらわなければと判断した。


「う、うん……話してくれると嬉しいです……」


 弱々しい声で永井さんが言った。


「ありがとう……それじゃ、僕の後悔を話すね……」


 僕がそう言うと、永井さんはこくりと頷いた。


「まず、僕は、こんなの永井さんにとって迷惑な話だと思うんだけど、誕生日をたくさんの人に祝ってもらっている永井さんを羨ましいなって思っちゃったんだ……そして、自分と永井さんを比べて住む世界が違うなって思って……」


 永井さんは僕の話をただ頷いて聞いてくれていた。


「そんなことを思っていた矢先に倒れちゃって……。永井さんやみんなの楽しい雰囲気を壊しちゃって、ほんとは、僕も永井さんに誕生日おめでとうって言いたかったんだけど、楽しい雰囲気を壊した僕にそんな資格はないって勝手に思い込んで……。どんな顔をして永井さんに会えばいいのか、接すればいいのかわからなかったんだ……」


 僕がそう言うと――


「だから私が、『誕生日おめでとう』って言ったとき、素っ気なかったんだね……」


 あのときのことを思い出しているのか、永井さんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「うん……ほんとにごめんね……。なんだか自分が惨めに思えてきて、あんなことをしてしまったんだ……。謝って許されるようなことじゃないのは、わかってるけど……本当にごめんなさい……」


「……」


 永井さんは黙ってしまった。


 そして、しばらくの沈黙の後――


「今、霧崎君から霧崎君が後悔していたことを聞いてね、やっぱり、自分のしていたことは身勝手で霧崎君のことを意図していなかったとはいえ、追い込んじゃっていたなって改めて後悔してる……」


 物憂げな表情を浮かべる永井さんの頬を涙が伝った。


「それで、今、光瑠君に言われたことを思い出してね……私がこんなことを言うのは、おかしいのかもしれないけど……。いいかな……?」


「ちょっと待って……。その先は、僕に言わせてほしい……」


 永井さんが頷いた。


 僕は、初恋の人を泣かせたせめてものケジメをつけたかった。


 ――もう覚悟は決めた……!


「こんなことを僕が言うのも、おかしいと思うけど……。僕も永井さんも自分のしてしまったことを後悔して、反省している……。でも、このまま、関わることをお互いに止めてしまったら今よりも後悔すると思う……。だからさ、片方が悪いとかそんなのじゃなくて、お互いに悪かったことを認めて、仲直りしませんか……?」


「「……」」


 しばらくの沈黙が部屋を支配し、時計の秒針が動く音と僕と永井さんの呼吸だけが聞こえた。


 そして――


「霧崎君……」


 永井さんが俯きながら言った。


 僕は、ごくりと生唾を飲んだ。


 ――あれ? やっぱり、こう思っていたのは僕だけだったのかな……?


 そう思っていると――


 永井さんが顔を上げ、涙をこぼしながら笑顔を作った。


「――仲直りしたいです……! こんな私でもこれからも仲良くしてほしいです……」


 僕は、このとき、永井さんのこの表情は一生忘れることができないだろうと思った。


「こちらこそ……。こんな僕でもいいなら、これからも仲良くしてほしいです……」


 それ以上は、僕と永井さんは、言葉もなく、しばらく見つめあっていた。


 そうしているうちに、僕は、今日ずっと言いたかった言葉を思い出した。


 僕は、立ち上がり、自分のカバンに入っているラッピングに包まれた袋を手に取った。


 そして――


「永井さん、誕生日おめでとう……!」


 そう言って、永井さんに袋を手渡した。


 永井さんは、僕が好きないつもの微笑みを浮かべながら――


「ありがとう……!」


 心の底から喜んでいると感じられる声で言った。


 永井さんも立ち上がり、自分のカバンから何かを取り出した。


 そして――


「霧崎君……! 誕生日おめでとう……!」


 そう言って、永井さんは紙袋を僕に手渡してきた。


 ――え? これ……? 


 永井さんから僕への誕生日プレゼントだった。


「ありがとう……! まさか、誕生日プレゼントまで用意してくれてるなんて……」


 僕は、正直泣きそうだったが涙をこらえた。


「せっかくの同じ誕生日だからね……! これ開けてもいい……?」


 永井さんがおそるおそる僕に聞いた。


「もちろん……! 僕も開けてもいいかな……?」


「うん! 一緒に開けよ……!」


 僕と永井さんは、ほぼ同時にプレゼントを開けた。


 袋のラッピングを外すと……


 僕が好きなキャラクターのぬいぐるみが入っていた。


「ぬいぐるみ……!?」


「やっぱり、男の子にぬいぐるみのプレゼントはまずかったかな……?」


 永井さんが不安そうな顔をしながら言っていた。


「ううん……! こういうの僕じゃ買いにくいし、ずっと欲しいなって思ってたから嬉しいよ……!」


 僕がそう言うと――


「よかった……!」


 永井さんは、安心した様子を見せた。


 そして――


「ねえ、これ霧崎君が自分で選んでくれたの……?」


 永井さんは頬を緩めながら、僕がプレゼントした水色の花の形をモチーフにした髪飾りを眺めていた。


「う、うん。永井さんにすごく似合いそうだなって思って……」


 僕がそう言うと――


 永井さんは満面の笑みを浮かべた。


「そっか……! ずっと大切にするね!」


 ――何ですか……その笑顔……今までで1番じゃない……?


 永井さんと話していると忘れられない表情が増えていくばかりだ。


「喜んでもらえて良かったよ……!」


 この時、僕と永井さんは完全にここが光瑠君の家であることを忘れていた。


「あのー……お2人さん……そろそろいいかなー?」


 河原さんがひょこっとドアから顔を出していた。


 いつの間にか、散歩から帰ってきていたみたいだ。


「どうやら、仲直りできたみたいだな……。よかった……」


 後ろから光瑠君がやってきた。


「「お騒がせしました……」」


 永井さんと声が重なった。


「まあ、いいってことよ。それと、これは俺たちからささやかなプレゼントだ」


 光瑠君が僕と永井さんにそれぞれ紙を1枚ずつ渡してきた。


 確認すると、水族館のチケットだった。


「明日、2人で行ってくるといい。有効期限は明日までだから無駄にするなよ」


「「ええええええええ!?」」


 近所迷惑も鑑みない僕と永井さんの叫びが響いた。


 


 














 








 









 








 




 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る