星夜に手を取り合って

猟犬

Episode1


 半天をわたのような雲が覆う空の下、芽吹く草花の香りを満載した春風がそっと頬を撫でて僕は隠れるようにため息をつく。

 通学路のコンクリート階段を登り切った目の前には桜吹雪の我が母校、鳴浜高校の白い校舎と二、三人の生徒が塊になって奥の三叉路の方に漫ろに歩いてゆくのが見えた。

 僕もその流れに加わる。

 今日から僕は高2になる。正直少し憂鬱だった。

 僕にはちゃんとそれなりの数の友達だと思える人がいて孤独ではなかった。しかし、初対面の人を理解して初対面の人と友達になるというのは新鮮で楽しいが、どうにも疲れる面倒な作業だ。

 知り合いのほぼいないクラスに編入された挙句、馴染みにくいタイプの人しかいなかった日には気まずく煩わしい一年の始まりを確信せざるを得ない。

 まあ、結局最後は仲良くなって、また春が巡ってくる頃には、多少の名残惜しさすら感じることになるのだろうけど。

 しかし、僕は孤独ではないとは...。

 心の隅を違和感が走る。

 人の優しさとか好きとかなんて頼りにならないほど脆くて弱くて、所詮は気の迷いのようなものだ。

 心の支えだなんて呼べやしない。

 僕が過去を思い出しかけたところで、背後から活気良い男子集団の話し声が聞こえる。少し前を歩くカップルが互いに頬を緩ませあっている。

 流石にさっきのは言いすぎたと思った。

 人には信じるべき素敵な性質も愛すべき美しい純情も存在するはずだ。

 一瞬後ろに振り向きかけた心を前を向かせた。

 学校の敷地の土塁が一歩一歩近づいてくる。 

 その上に跨る桜並木の花弁が前からひらひら流れてきて頭やら袖やらに当たっては去っていった。

 階段の頂上から見えた三叉路を左に曲がって僕は校門をくぐった。


 昇降口に着くと新クラスの名簿が貼られたホワイトボードが置いてあって、その前で生徒の小集団がそれぞれはしゃいだり目を凝らしたりしていた。

 なんだか肩に自然に力が入ってしまう。

 颯汰とか陽樹が同じクラスだったら最高だ。

 そうでなくても、去年同じクラスで仲が良かった人たちや同じ剣道部の黒澤や居城がいるでも良い。

 とにかく全く知らない人の集団には放り込まれたくなかった。

 僕は名簿を見て新教室へと散っていった生徒のいた隙にうまく入り込みホワイトボードに近づいて、自分の名前を探し始めた。

 僕の苗字を考えれば大体、僕の名前は名簿の半分より少し下くらいに書いてあるはずだ。

 5組から順に名簿の中段下寄りを探してゆく。

 僕は理系で鳴浜の理系クラスは5〜9組であった。

 知らない人、去年のクラスメイト、名前だけ知っている人、色々な人の名前の羅列を視線が通り過ぎてゆく。

 7組...長浜皐、中村遥、花岡悠誠...。見つけた。僕の名前だ。...浜田琥珀...。

 僕は7組らしかった。

 後ろが混み始めたことを背中で感じつつも他のクラスメイトの名前を確認する。

 阿部裕作、安藤美姫、井出日夏莉...知らんなぁ。

 ...木村悠介、久保蓮、黒澤光翔...黒澤だ。とりあえず知り合いを見つけて肩がほぐれる。

 ...田中麗奈、谷岡雄大、辻風颯汰!

よっしゃ来た!腿の横の拳をギュッと握る。

 喜びが込み上げてくる。

 颯汰が同じクラスだなんて今年は最高だ。

 親友と同級であることを確認した僕はすっかり満足して名簿表の辻風颯汰以降はずっと流し読みした。

 ...美津島祐希...

 珍しい苗字だと思った。

 特に知り合いでもないし、どこかで聞いたことのある名でもないから、それ以上特に思うことはなかった。

 僕は名簿表に視線を注ぐ生徒集団の切れ目からすっと抜け出して2年7組へ向かった。

 新学期特有の緊張と、親友と同級になれた喜びが頭の中をぐるぐる回り、僕の中で少し気になった美津島が端っこの方に引っかかっていた。

 

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