第8話(3)買収対策会議(素人一人参加)
エメラルドが驚く。
「……かなり周到に準備されたものかと」
落ち着きを取り戻した秘書がズレた眼鏡を直しながら告げる。
「くっ……」
「いかがいたしますか?」
「そんなの決まっているでしょ、絶対に阻止するわ!」
「かしこまりました」
秘書が頭を下げる。エメラルドが尋ねる。
「今回はいわゆる敵対的TOBというやつよね?」
「ええ、それに該当します」
秘書が頷く。
「ならば手の打ち様は色々とあるわね……」
「はい」
「『ポイズン・ピル』を仕込む?」
「ポ、ポイズン⁉」
山田が驚く。エメラルドが首を傾げる。
「何を驚いているのよ?」
「毒を仕込むのはマズいですよ!」
「え?」
「大体、どこで仕入れるんですか⁉」
「……本当に毒を仕込むわけがないでしょう」
「あ、そ、そうなんですか?」
「そうよ。説明してあげて」
エメラルドに促されて秘書が口を開く。
「……ポイズン・ピルとは、時価よりも安い新株予約権を付与する手法です」
「ふむ……?」
「安い株式を大量に発行することによって、買収を仕掛けてきた相手の持株比率を下げることが出来ます」
「ほう……」
「それが毒薬を飲ませるようなイメージがあるため、このような呼称がつきました」
「そ、そうなんですか……」
「ですが……」
「ダメなの?」
秘書に対し、エメラルドが問う。
「……株価の大幅な低下に繋がる恐れがあります。ほとんどの株主が新株予約権を行使するでしょうから」
「むう……」
「文字通りの毒薬です……」
「こちらもダメージを負うってわけね」
「そういうことです」
「それならば……『ゴールデンパラシュート』は?」
「ダ、ダメですよ!」
山田が慌てる。エメラルドが首を捻る。
「なにが?」
「パラシュートが開かなかったらどうするんですか⁉ 危ないですよ!」
「……本当にパラシュートを使うわけじゃないのよ」
「え? そうなんですか?」
「そうよ、大体どこに飛ぶのよ……説明してあげて」
エメラルドが秘書に促す。
「……ゴールデンパラシュートは買収価格を高騰させることです」
「そ、そんなことが出来るんですか?」
「ええ、経営権が移動した場合、旧経営陣に支払われる退職金を通常よりも高くなるように契約を結んでおきます」
「はあ……」
「これにより経営者が会社から追い出されることになっても、高額な手当をもらって会社から脱出することができる……これがゴールデンパラシュートという呼称の由来です」
「なるほど、買収側に旨味がなくなるというわけですね」
「そうです」
秘書が山田の言葉に頷く。エメラルドが秘書にあらためて問う。
「仕掛けてみる?」
「いえ、お勧めは出来ません……」
「何故?」
「先ほどのポイズン・ピルとも共通していますが、株主からの反発を喰らう恐れがあります」
「反発?」
「ええ、株主の方々にとっては、優秀な経営者さえいればそれで良いのですから」
「む……」
エメラルドが顔をしかめる。秘書がやや間を空けて話す。
「……はっきりと申し上げてしまえば、株主の方々が買収された方が良いだろうと判断する可能性もあります」
「……そんなにアタシって信用ない?」
エメラルドが目を細めて尋ねる。
「……」
秘書が黙る。エメラルドが苦笑交じりで促す。
「構わないわ、はっきり言ってちょうだい」
「……良くも悪くもワンマンぶりが目立つかと……」
「アタシの会社よ! アタシの好きにやって何がいけないの⁉」
「社長……」
「アタシがここまで大きくしたのよ! 必死になって!」
「落ち着いて下さい!」
「!」
秘書が大きな声を上げたため、エメラルドは黙る。
「……失礼しました」
「いいえ、アタシの方こそごめんなさい」
頭を下げる秘書に対し、エメラルドも謝罪の言葉を口にする。秘書が頭を上げて呟く。
「……やはり、第三者に期待するべきかと……」
「『ホワイトナイト』ね……」
「い、いけません!」
「今度はなによ……」
山田に対し、エメラルドが呆れ気味な視線を向ける。
「白馬の王子様を待っている場合ではないでしょう! それは現実逃避です!」
「誰もそんなこと夢見ていないわよ」
「へ?」
「説明を……」
エメラルドが秘書に三度説明を促す。
「……ホワイトナイトとは、敵対的買収を仕掛けられた企業が、新たに友好的な買収者を見つけることです。対抗馬になってもらうようなイメージですね」
「そ、そういえばニュースで聞いたことがあるような……」
山田が思い出したように頷く。秘書が眼鏡の縁を抑えながら首を傾げる。
「ただ……」
エメラルドが肩をすくめながら問う。
「そういう都合の良い存在が見つからないって?」
「それもありますが……よろしいのですか?」
「なにが?」
「仮にホワイトナイトが現れた場合、そちらの傘下に入ることになります」
「ああ、それもアタシにとってはわりとプライドが傷つくわね……」
エメラルドが苦笑しながら腕を組む。
「……あの、ただの素人が恐縮なのですが……」
山田がおずおずと手を挙げる。
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