第36話 エッグダンジョン③

 今日は孫を連れてエッグダンジョンに向かう日だ。

 朝も早くから探索者と思しき人たちが電車で行き交う。

 その中でテイムモンスターを連れてるものも増えてきた。

 相変わらずキャディの注目度は高いが、それはブログを発表したからだろう。

 いつの間にか盗み撮りされた写真が記載されていた。


 私を広告塔にする腹積りだろう。こんな事を考えるのは欽治さんか。

 おやきの四名を送り込んだ恩を仇で返すなんて本当に心が狭いんだから。


「キャディ、注目されてるね」

「くわー」

「キャディは可愛いからね。人気なんだ」

「くわわー」


 孫に抱っこされて上機嫌のキャディ。

 私はその横で座りながら個人端末にアクセスする。

 そこでスタンプラリーが開催した事を知った。

 なんで私に教えてくれないのか、これが分からない。


「何か面白い情報あった?」

「うん? そうだねぇ、桜町町内会でバザーや屋台が置かれるようになったみたいだ。卵を貰ったらそっちに行こうか?」

「そうなの? お婆ちゃん居るかな?」

「きっと居ると思うよ。何故か私だけ連絡こないけど」

「お爺ちゃんずっとダンジョンにいるからじゃない? だからコールが届かないし不在着信もつかないと思う」

「おっと、それは一本取られたな」


 そう言えば妻にも似たような事で釘を刺されたばかりだ。

 じゃあダンジョンにいる限り全く連絡不能になるって事?

 まさかコールどころかメールも断絶してしまうとは、ダンジョン侮りがたし。

 まぁ面白いからついつい長居しちゃうんだけどね。


 最寄駅で降り、ホームを出るとあれだけ流行っていた卵売りの人影は今や寂しいほどに消えていた。代わりに餌を売り出している。

 そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。


「わ、綺麗な宝石がある!」

「これはテイムモンスターの餌になるんだよ」

「そうなの? キャディも食べたんだ?」

「くわー」

「それに性格も変化する。赤いのは勇猛果敢。モンスターを見つけたら真っ先に飛び掛かるようになる」

「それはキャディらしくないね」

「そうだとも。キャディには緑色の温和になる餌を多めにあげてるからね」

「くわ!」

「餌をあげる所見ててもいい?」

「いいよ、というか体験してみようか? 美咲、手を出してご覧」

「え、うん」


 片手を器のように丸めて、その上にエメラルドのかけらをポロポロと落とす。

 だいたい3つか4つ転がった。


「これをあげるんだ? 口から?」

「どこからでも摂取できる。テイムモンスターは不思議な構造しているからね」

「くわー」

「わ、本当だ卵の殻にあたったら宝石が消えちゃった」

「それに足をバタバタさせて喜んでいるだろう?」

「うん、私も早く自分だけの卵欲しくなってきちゃった!」

「じゃあ、受け取りに行こうか!」

「うん!」


 道中で餌やり体験をしてすっかり気分はテイマーになった美咲。

 卵は得られてもテイマーになるのに時間がかかる。

 求められるスキルポイントは50と多く、でも彼女なら攻撃スキルに頼らずともなんとかしてしまえそうな実力があった。


「やあ、今日は新しいお客さんを連れてきたよ」

「今日はよろしくお願いします!」

「笹井さん、いつもお世話になってます」


 受付に回転氏はいなかった。どこかにお出かけしてるんだろうか?

 孫との付き添いだから孫の分のゼッケンをもらい、試練を開始する。

 渡されたマニュアルによれば、道中で何回か割ると非常に攻撃的な性格になるようだ。

 しかし一回も割らずにいると殻にこもりごちな臆病な性格になるという。

 たまごの入手に問題はないが、この選択次第でテイムモンスターの試練の難易度が爆上がりするとの検証結果が出ているようだ。


「回転氏は休憩中ですか?」

「実は彼は……」


 受付のお姉さんは言葉を濁らせてしまう。つまりあまり表沙汰にできない事情があるのだろう。別に無理に聞く必要もない。ただ彼のテイマー人生に幸あれと願うばかりであった。


「まぁいいや。私のところの子は随分と成長したよと自慢しにきたんだ。彼の子もどれだけ成長してるか見たかったのだが、日を改めるとしよう」

「そうしてくださいますと助かります。では順番になりましたらお呼びしますので控えていてください。あ、武器の持ち込みはご遠慮くださいね、卵が怖がってしまいますから」

「あれ? それって一度割った武器に限る話じゃないっけ?」

「それなんですが、ボスエリアは情報が蓄積されるようで、30個以上から先は武器を持ってるだけで足を持ったら逃げるという習性を持つようになってしまって……」

「へぇ、新事実」

「ですので武器はお預かりする方針となっています」

「わかったよ。帰りにはお返しいただこう」

「束縛ばかり多くてすいません。最近武器で卵にストレスを与える輩が多くて、注意事項ばかり積み重なっていく次第で」

「お役所仕事のお辛いところだねぇ」

「本当に。では少々お時間いただきますね、待合室でお待ちくださいませ」


 エッグダンジョンの諸事情を聞いて、ダンジョンによっても色々あるんだと勉強する。


「迷惑な人もいるんだ」

「自分勝手な人はどこにだっているよ」

「そうだねー」

「美咲は誰かを助けられるような子だからね、お爺ちゃんは何も心配してないよ」

「責任が重いなー。私だってそんなにいい子ちゃんじゃないよ?」

「でも、人のものを奪ってまで手に入れようとはしてないだろう?」

「そうだね、欲しいなら自分の力で手に入れるかな」

「私もそうさ。さてと」


 アナウンスで自分たちの順番が回ってきた事を知り、孫と一緒に連れ立った。

 案内された場所は8畳の岩をくり抜かれた個室にポツンと置かれた卵が一つ。

 美咲はそれを持ち上げて、上部の尖ってる方を撫で上げた。


「初めまして、私は美咲。君は?」


 ほんのりと温かみのある卵。トクントクンと心音が殻を通して伝わってくる。

 まだなんのアクションも起こせない卵に孫はずっと語りかけた。

 いろんな人を見てきたが、こうやってただ話しかけるだけというには初めて見る。

 何かとノックしたり、転がしたり卵を虐待する人が多かった。


 やがて卵にピシリと縦にヒビが入り、左右に割れる。

 出てきたのは液状の水たまり。これは覚えがある、スライムだ。


「わ、中から何か出てきた。失敗?」

「ううん、孵化をしての変化だ。これは第一進化だよ」

「第一進化……じゃあこの出てきた中身は?」

「足、かな? 流動系は初めて見るよ。スライムの系譜かな?」

「私、お爺ちゃんと一緒の鳥さんが良かった」

「大丈夫、テイムモンスターとこの卵は別物だから」

「そうなんだ。じゃあ、大丈夫?」

「まずは見守ることもテイマーのお仕事だよ。卵が何かを従ってるようだ、地面に置いてみて」

「うん」


 美咲が穴の空いた卵を地面に置くと、飛び出た流動系の足を引っ込め、中で激しく回転してるのかコロコロと転がり出す。

 そして壁に向かってぶつかり出した。


「これ、大丈夫なの?」

「こうやって無茶をするのもテイムモンスターの特徴だ。美咲なら何をする? 何をしてあげたい? これを考えるのも試練だよ」

「私なら、そうだね。一緒に行動するよ」

「よし、ならば障害を取り除こう。それとも傷の回復を促す?」


 けど孫は首を横に振った。


「ううん、この子は自分でできる子だよ。だから私は過度に干渉しない。というか、この子は昔の私とおんなじなの。まだ何者にも成れてない、赤ん坊。憧ればかりが強い私。だから……向こうが助けて欲しいというまでは見守る。お爺ちゃん、なんでも押しつけてちゃ、子供は成長しないんだよ?」


 痛いところを突かれた。孫の言葉から改めて口にされると非常に殺傷力が強まるものだ。


「でもね、お爺ちゃんのお節介にはいつも助けられてきた。だから世話の焼き方は分かるんだ。相手が何をしたいかも示してあげる。でも甘やかさない」

「スパルタだね」

「だって私の相棒になるんだよ? 少しくらい頑張ってくれなきゃ」

「美咲の成長に追いつけない?」

「うん、私はこれからどんどん凄くなるから! だからこの子にも壁ぐらい自分で掘り起こして欲しいの。もちろん何か手伝って欲しいときは手伝うよ」


 今までテイマーを目指す者たちの中で、こうまで目標を立てて接している人は果たしてどれほどいただろうか?

 皆がモンスターのスペックばかりを気にして、性格を精査しない一方で、孫は自分の中で調べ上げた情報の中でこれだけの目標を立ててテイムに望んでる。


「くわ!(負けてられないね)」


 そうだね。新しいライバルの登場に、キャディも身を引き締めている。

 私だってそうだ。ちょっとしたお手伝いペットという枠組みからキャディを格上げしようと思った。

 彼女はこれからダンジョン内の一輪の花として注目されていくことだろう。

 脚部がスライムの時点で幸先不安だが……それもまた一興。

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