第6話。心遥と芽依
「たぶん、これなら……」
図書室の扉を開けるには鍵が必要だけど、それは職員室にある。職員室に行ったところで鍵を盗み出すことなんて、私には不可能だった。
だから、私は扉の横にあった窓ガラスに触れることにした。それをガタガタと揺らすと、鍵が外れる感触があった。
鍵の掛け方が甘いと簡単に外せる。小学生の頃に
「これは怒られて当然だよね」
私は窓を乗り越えて、図書室に侵入した。後は窓の鍵を閉めれば、誰かが入ってくることもない。しばらく身を隠すには十分な場所だった。
でも、せっかく図書室に来たのだから本を読むことにした。私は本棚に近づいて、本のタイトルに目を通していく。
その中から、私は見覚えのある本を取った。
「結局、最後まで読めてなかったっけ」
棚を背にして、私は座り込んだ。図書室の隅だから誰かが来てもすぐに見つかったりはしない。だから、手に取った本を一人で読むことにした。
現実逃避なんて、時間の無駄だとわかってる。
でも、私には現状を変える力はない。
幼馴染みと再会して、そっから先のことなんて考えてなかった。物語だと、奇跡みたいに物事が順調に進むけど、私の物語は勝手に進んだりはしない。
「でも、少しくらい休ませてよ……」
私は本を胸に抱き、床に寝転がった。
背中から伝わる、床の冷たさ。それも次第に感じなくなって、私は目を閉じて、意識を沈めようとする。
こんな弱気な自分は人には見せられない。胸の痛みなんて、言い訳にしかならない。だから、私は好きな物語に出てくる登場人物のように元気で明るい人間になりたかった。
「もっと、頑張りなよ。
願うだけじゃなくて、行動をしないと何も変わらない。頭ではわかってはいるけど、眠気に抗うような意志の強さを今の私は持っていなかった。
「生きてますか?」
その声で目を覚ました時、自分が長い時間眠っていたことに気づいた。私の顔を覗き込む女子生徒の顔がぼんやりと見えて、目をこすって意識をハッキリさせる。
「もしかして……心遥さんですか?」
名前を呼ばれて、驚いた。
同じクラスの子が私を探しに来たのかと思ったけど、もう一度女子生徒の顔を確かめてみれば、私の考えが間違っているとわかった。
「……
私が会いたいと思っていた、もう一人の相手。
「こっちに戻ってきてたんですか?」
「そうだよ。一昨日くらいに戻って来た」
てっきり、私のことは来栖から芽依に伝わっていると思っていたけど。芽依の様子からして何も聞いていないのだろうか。
「そうですか……」
私の言葉を聞いて、芽依が顔を逸らした。
「芽依ちゃん。私、謝らないから」
この町を離れる時、私は来栖と芽依の二人に黙って行ってしまった。そのことがずっと心残りだったけど、私にも事情があったから謝るつもりはなかった。
「謝ってもらっても過去は変わりませんよ」
「私のこと恨んでないの?」
「はい。心遥さんを恨む理由がありません」
来栖よりも芽依の方が私に懐いていた記憶が残っているから。来栖よりも芽依の方から嫌われていると私は思っていた。
「芽依ちゃん。私の目を見て」
「嫌です」
「嘘がバレるから?」
芽依が私に顔を向けた。
「そうですね。今のは嘘です」
やっぱり、芽依も来栖と同じ顔をしている。
私を疑っていることは嫌でも伝わってしまう。
「私は心遥さんのことが嫌いです」
私は人に嫌われて当然のことをした。だから、芽依の言葉を受け入れて、言い訳をする気もなかった。
それに私が伝えるべき言葉は伝え終わった。
「……っ」
私が動き出す前に芽依が腕を掴んできた。
「まだ、話しは終わってません」
「これ何か以上話すことがあるの?」
「心遥さん。何か、変ですよ」
変と言われても。私は何も変わらない。
「私、確認したいことがあったんだ」
「確認ですか……?」
「来栖ちゃんと芽依ちゃんがちゃんと仲良くしてるか。それを確かめたかった」
私が居なくなったせいで二人の仲が悪くなっていたとしたら。それに責任を感じるのは当然のことだと思った。
「もう来栖さんとは友達じゃありません」
芽依は私の聞きたくなかった言葉を口にした。
どんな言葉を聞いたとしても、私は平然を装うつもりだった。だけど、想像以上の出来事に私は動揺して、芽依の肩に触れてしまった。
「私のせい?」
「……違います」
「だったら、なんで!」
私は受け入れらずに感情的になってしまう。
「心遥さん。痛いですよ」
「……っ」
すぐに私は冷静になって、芽依から手を離した。
「心遥さんが何を思うかは勝手ですが、本当に心遥さんのことは関係ないです。しかし、私の口から事情を話すつもりはありません」
それは私と芽依の関係が本当に終わってしまったことを示しているようだった。友達でもない相手には何も話すつもりはないということ。
「ねえ、芽依ちゃん」
「なんですか?」
芽依が私を引き止めたのは、本当は私に話を聞いてほしかったから。そんな思い上がりのような妄想をする自分がバカバカしくて、諦めてしまいそうになる。
でも、ここで芽依と別れてしまったら、二人の仲を戻せないような気がした。例え、私との仲が悪いままでも、芽依と来栖の二人には仲良くしてほしい。
「今でも星を見てる?」
「心遥さんには関係ないですよね……」
芽依は嘘がバレるから、そもそも嘘をつかないようにする。でも、元々誤魔化すのが苦手だから、芽依の心が読めてしまう。
「なら、最後に星を見たのはいつ?」
「……星なんて、私には見えませんよ」
芽依が俯いて、答えた。
そこには来栖と芽依が友達をやめてしまった理由があるような気がした。芽依の言葉は表面上だけでは理解出来ないことも多い。
だけど、芽依はすぐに顔を上げた。言いづらいことは伝え終わったのか、次の言葉を考えているようだった。
「心遥さんは……どうして、今さら戻ってきたんですか……?」
この町に私が戻ってきたのは、来栖と芽依の今を知る為だった。
本当なら、二人と再会して。それで全部終わりにするつもりだった。なのに、来栖と芽依が友達でなくなったことを知って、私は目的を変えないといけなくなった。
「私がもうすぐ旅をするからだよ」
「旅ですか……?」
そんな変な話だと思わないのは、純蓮が旅好きで色々な場所に行ってることを知っているからだと思った。
でも、やっぱり、旅の始まりは誰にも認められないものだと思うから。私は一人でも、旅を始めようと考えていた。
「旅立つ前に生まれ育った故郷で、過去を清算しておこうと思って」
私の言葉で芽依が少しだけ悲しそうな顔をした。
「……私達は心遥さんにとって過去なんですね」
この町に戻ってくるまで、私は来栖と芽依の二人には一切の連絡をとっていない。だから、私の中にある二人の記憶は過去から何も変わっていない。
「私が二人の過去になるんだよ」
「心遥さんは酷い人ですね。旅に出るなら、それこそ黙って行けばいいじゃないですか」
それも私は考えていた。
「全部、私の自己満足だよ。二人と向き合わず逃げてしまった私が、過去の後悔を背負わずに旅立てるように。私は来栖ちゃんと芽依ちゃんに会いに来た」
「心遥さんはそこまで自分勝手な人間になったんですか……」
「そうだよ。だから、私は二人には謝らない」
謝っても、過去は変わらない。それは芽依が言ったことなのだから、私のやることは正しいはずだった。
芽依は私の発言に怒ったのか、何も言葉を返さずに図書室から出て行った。私は足元に落ちていた本を拾い上げ、本棚に戻すことにした。
「これで……よかったんだよね……」
私の読んでいた本は昔、芽依からおすすめされたものだった。結局、最後まで本を読めなかったのは私があまり本が好きじゃないから。
その話は最後まで芽依には出来なかった。
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