第4話。心遥と義妹

 月曜日。


 私は朝から家の庭に出ていた。


「綺麗……」


 昨日は庭をチラッとしか見なかったけど、ここには様々な花が個々を主張をするように色鮮やかに咲いていた。花壇や植木鉢、それに植えられた木なんかもあった。


 でも、咲いてる花は確かに綺麗なのは綺麗だけど品種がバラバラで。見る人によっては色合いや形がぐちゃぐちゃで汚く捉えられてしまうと思った。


心遥こはるちゃん」


 私が花に夢中になっていると純蓮すみれに声をかけられた。


「この庭、凄いですね」


「とても手間がかかってるそうよ。植えられている花と植物の一部は海外からも取り寄せているみたいで、この辺じゃ珍しいものも多いのよ」


 観賞用の花だとは思うけど。これもハウスキーパーの人が育てているのだろうか。もう少し話を聞いてみたかったけど、お腹がすいているし、朝食を食べることにした。


 靴を脱ぐ為に玄関の方から家に上がろうとした時。玄関のところに置かれている大きな鏡が目に止まった。


 その鏡には私の全身の姿が映っていた。


「って、やっぱり制服は間に合わないか」


 前に通っていたの学校の制服を着ているのは、新しい学校の制服が間に合わなかったから。元々、急なお願いだったし、制服はこのままでもよかった。


「どうせ、ここには長く居られないんだから」


 あとどれだけ私は自由に生きられるだろうか。


 子供の頃は大人になることを考える度に嫌な気持ちになった。一度この町を離れた時も、私のわがままを聞いてくれなかった両親のことが嫌いになった。


 大人って、どうして自分勝手なんだろう。


 そんなふうに考えたこともあったけど、自分の何倍も生きてる人間の考えなんて簡単に理解が出来るわけがなかった。


「早く行かないと」


 私達が一緒に食事をしているのは、食卓テーブルのある部屋だった。キッチンにいる純蓮を手伝おうとしたけど、椅子に座ってるように言われてしまった。


 だから、おとなしく席に座ろうとしたけど、先にレンが席に座っていた。レンは純蓮の隣の席がいいのか、私が座る位置から正面の席に座っている。


「レンちゃん、おはよう」


「おはよう……」


 レンは眠いのか、ほとんど目を閉じていた。


「レンちゃん、朝は苦手?」


「まだ。寝てたい」


 私の中にある秘めたる母性みたいなものが、レンのことを抱きしめたいと囁いている。そんな感情を必死に抑えていると、純蓮が近づいてきた。


「心遥ちゃん。学校に行く途中でこれを出してくれないかしら?」


 純蓮が差し出したのは、一枚の茶封筒だった。


「手紙……ですか?」


「ええ。似たようなものよ」


 宛先が書かれて切手も貼られている。


 その宛先を読もうとすると、純蓮が封筒をひっくり返した。宛先を読んでほしくないにしては、私に託すのも変な話だと思った。


「誰に送る手紙なんですか?」


「私の愛してる人」


 なんとなく、純蓮はモテそうな感じがする。だけど、純蓮はバラのようだ。触れると自分が傷つけれてしまう。そんな存在感があった。


 純蓮から愛されるような人は幸運だと思う。レンのことを見ていれば、純蓮の愛は真っ直ぐに向けられるものだとわかってしまうから。


 でも、きっと。純蓮はその愛を私に向けたりしない。私と純蓮は遠い親戚で血の繋がりもあるにはあるけど、本当の家族にはなれない。


 それでも、この家族ごっこは嫌いじゃなかった。




 朝食を食べ終わった後、私は学校に行くことにした。少し早めに出ないと、初日から遅刻するわけにもいかない。


 玄関で靴を履いていると、背後から足音が近づいてきた。今日はレンが一緒に行くと言っていたので準備が済むまで待っているつもりだった。


「ハル」


 レンが赤いランドセルを背負っている。


 正直なところ、レンのことはもっと幼く見えていたけど、小学生で間違いないようだ。


「心遥ちゃん。この子、駅まで送ってくれるかしら?」


「レンちゃんの学校って近くじゃないんですか?」


「町の外よ。この子は何度も転校してるから。出来るかぎり転校する回数は減らしたいのよ」


 そういえば、レンは純蓮に付き合って色々な場所に行ってるんだっけ。学校に通うなら、純蓮が言ったように転校を繰り返すことになってしまう。


 過去に転校を経験した私にしてみれば、一度だって転校なんてものは経験したくない。自分の立場というものが完全にリセットされるのだから、色々と苦労することになる。


「……レンちゃんって、納得してるんですか?」


 私は純蓮に嫌な質問をしてしまった。


「ええ。私はこの子の意思を尊重してるのよ」


 純蓮がレンの頭を撫でる。すると、レンは幸せそうな顔をする。でも、すぐにレンは幸せであることを否定するような暗い表情に変わった。


 まるで、自分が幸せになることを許せないように見えた。幼いレンの抱えているものは、想像よりも大きなものだと思った。


「この子は私の傍から離れたくないらしいのよ。でも、私と一緒に居たいなら、学校には通うようにって約束してるのよ」


 子供にしてみれば、親の存在は大きい。そう簡単に離れ離れになることを望んだりはしない。それはレンにも当てはまることだと思った。


「心遥ちゃん。この子をお願いね」


 純蓮の手を握っていたレンが私の手を握る。小さくても、暖かい手。離さないようにしっかりと握った。


「行ってらっしゃい」


 純蓮に見送られながら、私とレンは外に出た。


 相変わらず、周りには民家はない。近くの畑は誰かが管理しているものだろうけど、持ち主の家もこの辺りにはないのだろうか。


「で、レンちゃん」


 家から少し離れたところで、私はレンに声をかけた。今なら純蓮に個人的な話を聞かれる心配もない。


「本当は学校に行きたくない?」


「うーん」


 なんとも言えない感じだろうか。


「ごめん、こんな質問されても困るよね」


 学校に行きたい人間より、行きたくない人間の方が多いと勝手に思ってる。だって、毎日早い時間に起きて、準備をして、こうして学校に行かないといけないのだから。


 それが楽しいかと聞かれたら微妙だし、学校に楽しみがない人間にしてみれば。すべてが苦痛を感じてしまう。


「ハルと一緒。楽しい」


「レンちゃん……」


 その純粋な言葉は私の胸を締め付けるようだ。


「レンちゃん。私はレンちゃんとはずっと一緒にいられないんだ」


 三人での生活はずっとは続けられない。


 だから、レンにはちゃんと伝えておこうと思った。


「どうして?」


「私も旅をするからだよ」


 この町で目的を果たしたら、私は旅に出る。


 家族にはわがままを言ったけど、私の意思を尊重してくれた。私はこれから先、自分で進むべき道を決めるつもりだった。


「だからね、レンちゃん。私が旅に出たら」


 私はレンの顔を見なかった。


「私のこと。忘れてほしい」


 じゃないと、私が自分の家族じゃなくて純蓮のことを頼った意味が無くなってしまう。


 私は誰かの過去として残り続けたくない。そんな自分勝手なわがままな願いを叶える為に、今の私はここにいる。


「うん。わかった」


 レンの返事を聞いて、私は顔を向ける。


「ほんとにわかったのかなー?」


「約束。する?」


 レンが立ち止まり、小指を出していた。


 私はレンに近づくと、しゃがみこんだ。自分の小指をレンの小指に絡ませる。きっと、私はレンが約束を破ったとしても許せてしまう。


 レンは気にしていたみたいだけど、今だけは私にとってレンは妹のような存在だ。妹なら、全力で甘やかしたくなるのが、姉というものだから。


「それじゃあ、嘘ついたら。ハリセンボンを食べてもらうね」


「おいしいの?」


「うーん。どうだろうね」


 私に人の記憶に残りたくないと考えがらも、レンにだけは忘れてほしくないと思ってしまった。


 でないと、いつの日か。私のやったことが、無駄な行いであるとレンに気づかせてあげられないから。


 私と同じ人生を他の人が歩む必要なんてない。


 レンの人生が幸せになることを願いながら、私はレンと自分勝手な約束を交わした。

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