背徳症状-孤独の心臓-

アトナナクマ

第1話。心遥と純蓮

「私、帰って来たよ」


 目の前に広がる町の景色に懐かしさを感じながらも、私は自分の記憶がかなり曖昧になっていることを理解させられた。


 今日、私は生まれ育った町に帰ってきた。


 外での生活も悪くはなかったけど、物足りない日々を過ごすこともあった。私が本当に求めているものは、この町にしかないのだとよくわかった。


心遥こはるちゃん」


 私が景色を眺めていると、後ろから声をかけられた。振り返ってみれば、そこに立っていたのは見覚えのある人物だった。


 私の母親よりも若い女性。下手をすれば私と同じ年齢くらいに見えてもおかしくない。


 女性は優しい笑顔を私の方に向けてくれているけど、そんな表情も合わさってとても綺麗で優しそうな人だと。第一印象としてはなんとも言えない感想が浮かんでしまった。


純蓮すみれさん。お久しぶりです」


 純蓮はいきなり私の体を抱きしめてきた。


「しばらくの間、よろしくね。心遥ちゃん」


 これから私は親戚の純蓮と一緒に暮らすことになる。両親には許可を貰っているし、この町で心置き無く新生活を送ることが出来る。


 純蓮が近くに車を停めているというので荷物を持って車に行くことにした。車の助手席に近づいたところで、既に誰かが乗っていることに気づいた。


「心遥ちゃん。ごめんなさい、家まですぐだから後ろに乗ってもらえるかしら」


「あ、全然平気ですよ」


 後部座席側の扉を開けて、私は荷物を持って車に乗り込んだ。荷物は隣の席に置いて、私は確かめるようにして助手席を覗き込んだ。


 そこですやすや眠っている女の子。長い髪と作り物のような幼い顔。思わず手で触りたくなってしまうけれど、起こしてしまうのはよくない。


「純蓮さん。この子って……」


「私の娘よ」


 あらかじめ純蓮以外にも一緒に住む人が居るとは聞いていたけど、それが純蓮の娘だとは知らなかった。


「名前はなんて言うんですか?」


「それは後で本人から聞いてみるといいわ」


「わかりました」


 車での移動。昔の記憶と今の景色を照らし合わしながら、新しい町の姿を記憶に残していく。その途中で純蓮が車を停めた場所があった。


「心遥ちゃん。ここがアナタの通う学校よ」


「へー思ったより綺麗な建物ですね」


「最近建て直したそうよ。この辺も今じゃ新しい建物ばかりで、昔とは全然変わっているわ」


 まだ、もう少し田舎らしいと思っていたけど。純蓮の言う通り、この辺りでは田舎らしさを見つけられなかった。


 町だけじゃなくて、時間が経てば人も変わってしまったのだろうか。本当は寄りたい場所もあったけど、純蓮に頼んで向かう訳にもいかず、私はモヤモヤした気持ちを胸の中に秘めておくことにした。




「着いたわ」


 車から降りると、そこには随分と立派が一軒家があった。それほど新しいわけじゃなくて、随分と年季が入っているようにも見える。


「これ、純蓮さんの家なんですか?」


「厳密に言えば違うかしら。今、私達が住んでいるというだけで、親戚の間で家の管理を押し付けあってるのよ」


 何やら家に問題があるようにも感じるけど、純蓮のことは信頼している。それに私もずっと町に滞在するわけじゃない。


「ちなみに中の方は何度かリフォームしてあるから、見た目ほど古くは感じないわ」


「それなら誰か住んでもおかしくなさそうですけど……」


「ここは町の中心から随分と離れているから。人付き合いに疲れた人だったり、田舎気分を味わいたい人にしか合わないの」


 最初はよくても、次第に寂しさを感じるのだろうか。周りを見ても畑があるくらいで、遠くの方に別の建物を見つけるのがやっとだった。


「心遥ちゃん。扉を開けてもらえるかしら」


 純蓮は眠っている娘を抱き上げていた。


「よく寝てますね」


「ずっと旅をしていたから。その疲れもあるのよ」


 両親から純蓮はよく旅に出かけるような人だと聞かされていた。今回、私と一緒に暮らすことを純蓮が受け入れてくれたのは本当に珍しいことで、少しだけ疑問を抱いてしまった。


「旅を辞めたのは、私のせいですか?」


「いいえ。これも旅の途中に起きる大切な出来事一つよ。きっと、この子には寂しい思いをさせる旅になるでしょうけど」


 純蓮が娘の頭を撫でていた。すると、私達が話し込んでしまったからなのか、その子はゆっくりと目を開けて、世界に眼を向けた。


「初めまして。私は心遥だよ」


 私の顔を見つめる幼い瞳。


「ほら、心遥ちゃんに自分の名前を言って」


「なまえ……レン……」


 まだ眠たいのか、たどたどしい言葉だった。


「レンちゃん。これからよろしくね」


 家の中に入ると純蓮がレンを下ろした。


「心遥ちゃんのことは……そうね。お姉ちゃんとでも思えばいいわ」


「純蓮さん、それは……」


「私はこの子に人生で何が大切なことなのか知ってほしいのよ。どんな結末であっても、私は心遥ちゃんを恨んだりしないわ」


 私と純蓮、そしてレンの三人一緒に居られる時間はそれほど多くない。私にとって、ここでの生活は羽休めみたいなもので、十分な時間が経てば私は一人で旅立ってしまう。


「ハル」


「レンちゃん、どうしたの?」


 純蓮が私達から離れると、レンが私に声をかけてきた。私は話をする為に腰を低くして、レンと目線の高さを合わせた。


「ハルにきょうだいはいる?」


「ううん。いないよ」


「じゃあ。やっぱり。ハルでいい?」


 純蓮の言ったことを気にしているようだった。


「私はハルだよ。よろしくね、レンちゃん」


 レンと関わりを持つことに私は抵抗があった。


 それでも、今はレンと同じ時間を過ごそうと考えている。きっと、それはレンが純蓮と似ている雰囲気があったから。


 私は純蓮とレンのことを信じることにした。




 純蓮の言ってた通り、外から見るよりも建物の中は綺麗だった。元々、置かれていた家具や電化製品があるおかけで、生活に困ることはなさそうだ。


 一階は和室が多かったけど、二階はドアノブの付いた扉がいくつかあって。扉の先にはリフォーム済みの部屋があった。


「心遥ちゃん。気に入った?」


 私が自分の部屋を見ていると純蓮が来た。


「この部屋、本当に私が使っていいんですか?」


「ええ。好きに使ってもらっていいわよ」


 片付けが必要だと思っていたのに部屋はホコリひとつないほど綺麗だった。以前の住人が居たのは何ヶ月も前の話だと聞いていたのに。


「この家、今も誰かが出入りしてるんですか?」


「家の管理は押し付けあっているけど、直接管理したくない……出来ない人間はお金だけ出しているのよ。そのお金でハウスキーパーみたいなものを雇っているのよ」


「だから、こんなに綺麗なんですね」


「そのうち彼女とも顔を合わせると思うわ」


 そう言い残して、純蓮は離れて行った。


 純蓮とレンは一階の部屋を使うみたいで、二階には私しか居ない状態になる。心配事もあるけど、変に気を使われるよりはいいと思った。


 ベッドに腰を下ろして、ポケットに入れっぱなしにしていたケータイを取り出した。家に着いたことを両親に知らせる連絡をして、後はイヤホンを付けた。


 片耳にイヤホンを付けて、私はベッドに寝転がった。やるべきことはたくさんあるけど、今日は時間があまりない。だから、私は時間を無駄に使うことにした。


「明日は明日の私に任せばいい」


 今日は私は何もしない。


 だけど、明日のことは考えておくことにした。


 学校は明後日の月曜日から行くことになる。細かい手続きは純蓮がやってくれたみたいだし、制服は明日頼みに行くみたい。


 そうすると、制服を頼みに行った後に時間が余ると思う。今日行けなかった場所に足を運んで、昔と変わったことを確かめないといけない。


「そうだ、もっと大事なことがあったっけ」


 私には会わないといけない人達がいた。


 私にとって大切な人。


 失った時の苦しみは、今でも忘れていない。


 きっと、私は二人に怨まれていると思う。


 それでも、私は会うべきだと思った。


 でないと私の物語は何も始まらないのだから。

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