番外編 みらいのふたり1【寿人⑥】
「沙月ー! 飛行船、遅れちゃうよー!」
俺は鏡の前で、うんうんと悩んでいる沙月に声をかける。
「も、もう少しだけ! 大事な挨拶なんだから、きちんとした格好で行かないと……」
第一回の「もう少し」のセリフから、すでに2時間が経過している。あと一時間ほどで、飛行船の搭乗手続きが終わってしまう時間になっていた。
「もう何度も会ってるのに……」
俺は小さくため息をつく。
「そういう問題じゃないの! 今回は特に完璧にしていかなきゃ……」
髪型の調整だけでなく、手提げすらも吟味の対象になっているようだ。現在、床には3つの鞄が並べられている。一昔前まではおしゃれというか、自分の見た目にかなり無頓着な方だった。この変化は喜ばしいことなのだろう。だが、飛行船は待ってくれない。俺は、もう次の便でもいいかな、と諦めかけていた。
「親父さんも母さんも人の見た目なんて気にしないよ。内面が素敵な人なんだ、ってのは散々紹介してるから」
「私が気にするの!」
最後の抵抗も虚しく撃沈する。
(……まあ、これはこれで見てて楽しいからいいかな)
様々な髪型、服装、立ち姿を披露してくれる沙月。中には見たことがない組み合わせも存在した。眼福であると考えれば、多少の待ち時間も苦にならない。
「これとこれ、どっちの方がいいと思う?」
沙月が提示してきたのは、二種類のワンピース。右手には淡いベージュのワンピース、左手には濃い藍色のワンピースが携えられていた。
懐かしいな、と思いつつ俺は沙月の右手を指差す。まあ、どっちもすごく似合うけどね。
「こっちね。あと少しだけ、待っていて」
目の前で着替えればいいのにと思うが、沙月は自室へと消えていった。いまだに恥ずかしいらしい。毎回、新鮮な気持ちになれるので嫌いではないけど。
「どうかしら」
目の前でゆっくりと一回転する沙月。愛らしい。
「可愛いよ。それに、よく似合ってる」
「……ありがと」
すぐ照れてしまう沙月もすごく可愛い。
「行きましょうか」
選ばれたのは白く小さなショルダーバッグなようだ。財布、携帯、ハンカチくらいしか入らなそうな鞄。ワンピースと組み合わさって、沙月の魅力をすごく引き立てている。
「可愛いよ」
「……何で、二回言ったの」
「そう思ったから、つい」
「……ありがと」
この沙月のいじらしい表情を見るためならば、あと何回でもこのやりとりを繰り返したい。だがしかし、時間というものは、残念ながら有限なものであるらしい。
「行こうか」
俺はそう言って、右手を差し出す。
「……ええ」
握られた右手はすごく温かった。
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