第十三輪 ❁攻撃戦だ❁

 雨の降りしきる街中、茨の壁から逃げ惑う人たちが茨の壁の方へ向かって駆けてゆく。フィサリスと俺は、それらの人たちとすれ違いながら道を急いでいた。


「フラワー! フラワー!!」

 あちらこちらで、悲鳴に交じって例の掛け声が聞こえる。


「みんなのお花畑、か。みんなで仲良く暮らそうってんならいっそさ、花畑から蜂蜜取るのやめて、人間は人間が生きてくのに必要な農作物だけ取って暮らしてりゃいいんじゃないのかね」

「蜂蜜に、なぜ通貨となるだけの価値が保証されていると思いますか?」

「何でって……フィサリスが説明してくれたことじゃんか。少量で大きな価値を持つからだって」

「では、その大きな価値とは?」

「貴重な甘味だし、薬とかにも使えるからでしょ?」

「いいえ、それだけではありません。この『人間と妖精の世界』において、蜂蜜にはさらに重要な価値があります」

「さらに重要な……?」

「妖精は、蜂蜜によって寿命を永らえることができるのです」

「!」

 寿命……それなら、確かに金銀財宝と同等――いや、それ以上の価値だな。


「エッシェ公国内で生産される蜂蜜の半分ほどの量ほどは、白の国・赤の国への輸出用です。妖精と人間との間にはあれほどの体格差があるのに、です」

「……蜂蜜を一人ずつ『均等に』分けるわけか」

「実際のところは均等ですらありませんが」


 キャウキャウ、ミャウミャウ。


 遠くから、あのカモメの鳴き声が聞こえる。

「『チャイカ』がこちらの方まで迫ってきていますね」

「あのカモメもやっぱり教化AIなのかい?」

「原理的には教化AIと同じですが、用途が違います」

「というと?」

「チャイカもアルカナを用いて精神に干渉することができますが、その主たる標的は人間ではなくAIなのです」

「AIを攻撃するAIってことか」

「はい。AIは、人間に比べて遥かに精神的に脆弱ぜいじゃくであり、人間を基準とすれば僅かな精神的干渉であっても、AIにとっては致命的な機能不全を引き起こす可能性があるのです」

「そうだったのか……」

 あの時、路地から飛び出していった俺はチャイカの攻撃対象ではなかった。けれども、俺を追って飛び出してきたフィサリスにとっては……


「AIが生命体・・・と決定的に異なる点は『魂を持たないことです』。魂を持たないがゆえに、AIには有性生殖能力がありません」

「そういう理由なのか……」

「その上、魂を持たないAIは、生命としてあまりにいびつなため、容易に精神と肉体が乖離かいりしてしまうのです」

「分離しやすいものを、何とか繋ぎとめてる状態がAIってこと?」

「はい。だからこそ、定期的に神秘の樹からアルカナを補充してその隙間を埋める必要がある」

「なるほどね。――でも俺には、フィサリスに魂がないだなんてとても思えないよ」

「それは……」



「貴様ら、止まれ!」



 背後から声を掛けられ、立ち止まって振り向く。茨を護っていた「庭師」と同じように手に樹の棒を持った男たちが三人、立ちはだかっていた。


「ここで何をしている」

 中央の小柄な男から問いかけられる。……まずいな、俺たちが走っている方向は、皆が逃げて行ってる方向とは反対だ。避難してるって言い訳は通じないだろう。

「取り残された……友人がいるんだ」

この先に・・・・か?」

「いや……」

「教えてやろうか、この先にあるのはな、神秘の樹だ。――そんなところへ、この非常事態に何をしに向かうつもりだ? この不審者め」

「……」


 言葉に詰まる俺の肩を、フィサリスがポンと叩く。振り向くと、フィサリスはただ静かにゆっくりと頷いた。

 俺も、それに答えて小さく頷く。


「……なんだ? 何とか言ってみろ。しーくれっと庭師さんに突き出されたいか? え?」

 男が、俺たちを追い詰めたかのように顎を持ち上げながら腕組みをしたその瞬間、俺は男に向かって大股に踏み出しながら腰に隠したバラライズの花を抜き放つ。


「う、うがぁ!! ぐっ……」

「オレアンダー隊長ーっ!!」

 ツルに巻きつかれ、一瞬で失神する奴らの隊長。他の二人がそれに気を取られている内に、俺は右脇の方に立っていた髭面ひげづらふところ目掛けて踏み込んだ。

「悪いな。恨みはないが、こうするしかないみたいだ」

「このっ……!」

 奴が手に持った棒を俺に向けて振るより早く、腕を振りかぶったせいでがら空きになったその鳩尾みぞおち目掛け、思い切り突進肘鉄ひじてつを喰らわす。


「げぇぉあっ!!」

 男は胃の中身をぶち負けながら後方に吹っ飛び、そのまま地面をのたうち回った。


「ぼ、暴力はいけないってお母さんに教わらなかったのか!?」

 残った一人が、巨体に見合わず青ざめた様子でわめく。俺は、肘鉄ひじてつを喰らわした髭面ひげづらの男が落とした――恐らくAIの一種なのだろう――樹の棒を手に取った。


「……参ったな、使い方が全く分からない」

 棒を握りながら首をかしげる俺に、男は余裕を取り戻したのかうっすらと笑みを浮かべた。

「野蛮人め……!」

  

 こちらに向かって棒を振りかぶった男に向けて、俺は予備動作なしに踏み出す。

「っ!?」

 棒を握る右手を柄の下限ギリギリまでスライドさせ、身は半ば倒れこむくらいに前傾しながら、思い切り男の腰を目掛けて横から棒で殴りつけた。


「がはっ!!」

 間合いを見誤った男は腰に直撃を受け、倒れこむ。とどめに思い切り股間目掛けて樹の棒を突き立てると、男は声にならない声をあげながら泡を吹いた。



「――これが、暴力……」

 全てが終わったのを見届けたフィサリスが呟く。

「……ごめんな、怖かったか?」

「いえ、私が望んだことですから」


「こいつら、一応この国の兵隊みたいなもんなんだよな?」

「ええ、おおむねその認識で間違いないでしょう」

「……てんでダメだ」

「どういうことですか?」

「この棒っ切れがなんのAIだか知らないけど、多分これも教化AIで、発動するためにわざわざ振りかぶる必要なんてないだろ?」

「そうですね。それは『アカガリー』の枝です。強制的に昏睡状態に陥らせるためのものであって、基本的にバラライザーと使い方は同じですが、使用するためには認証が必要になりますね」

「攻撃に際して大きな隙を見せる、仲間がやられたことに気を取られて攻撃のタイミングを見逃す、戦いの最中に油断する……暴力が好きとか嫌いとか以前に、こいつら戦いに関して全くの素人だ」

「……なるほど」

「AIに頼りすぎだ。戦いの技術自体が全く磨かれてないんだろう」


 クソッ、三対一だったってのに、これじゃまるで弱い者いじめしたみたいで気分最悪だぜ……

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