えーあい・いん・ふぇありーらんど

白居漣河

第一輪 ❁ユートピア❁

✿表紙イラスト✿

https://kakuyomu.jp/users/shirairenga/news/16817330655675947077



 ガキのころ、おとぎ話に誰もがおふくろから聞かされるもんだ。


『妖精さんの国にはね、争いがないの。そこは、まさに理想郷――この世の楽園なのよ』


~✾*。✿:゜❀*❁。✾*。✿:゜❀*❁。~


「ふ……あぁ」

 目を覚ました俺は、背中の下に敷かれたお花のベッドを見て一瞬ぎょっとしたが、部屋の内装と窓の外の景色を見て自分が寝ぼけていたわけじゃあないと思い至った。

 乱立する巨大かつ色とりどりな樹木と草花。樹の多くは、幹の地面との境目辺りをくり抜かれ、それを入り口として中には階段が走っている。


「おはようでしタネ」

 どこからともなく、ひろげた手のひらほどの背丈をした、背中に四枚の羽のある少年が部屋の中に現れた。

「あ、ああ、おはよう……」

 ――いや、彼は少年というわけでもないのだろう。ここの住人は、個人差こそあれ、みんな同じような外見。そう、ここは妖精の国なのだ。

 俺は、この妖精たちが住む「白の国」とやらの付近にある森で、行き倒れになっていたところを助けられた。



「お口に合ったでしカ?」

「うん、ここの食べ物はみんなホントに美味おいしいな」

 差し入れられたキノコのスープを飲み干す。

「よかったでしヨウ」

「特にこの細長いキノコなんか――あいて!?」

 頭を上げようとして、俺はしたたかに天井に頭をぶつけた。


「大丈夫でしカ?」

「いてて……ああ大丈夫だよ」

 この部屋は、人間の体に合わせて造られてはいるのだろうが、あくまで「人間が入れる」程度の造りであって、明らかに人間が暮らすための造りじゃない。何しろ、犬小屋に毛が生えた程度の広さしかないのだから。


「いやしかし悪いね。助けてもらった上に、ごちそうになっちゃって」

「いいんでしヨウ。困ってる子を助けるのは当然のことでしタネ」

「なんか恩返しがしたいんだけど、俺に出来そうなことはあるかい?」

「恩返し、でしカ?」

「あ、自己紹介が遅れたけど、俺はアニスっていうんだ。もともとその日暮らしの傭兵だったし、大概のことは何でもやるぜ」

「ポクは〝まかし〟いうでしヨウ」

「そーか、よろしくな、マカシ!」

 どーせ、ここから出ても行く当てがあるわけじゃないしな。妖精の国を旅するなんて中々しようと思ってできることじゃないし、観光がてらちょっと滞在してみようか。


「そうでしカ、ようへいさん、でしカ」

「あはは、見えないってよく言われるけどな。あえて身なりは小綺麗に整えて、なるべくイカツい雰囲気出さないようにしてんのよ。ほら、どの商売でも人付き合いって大事だしさ」

「そうなんでしネ」

「ようへいとようせいで、似たもの同士だな?」

「……」

 あれ? ひょっとして機嫌悪くした?


「ちなみになんだけど、キミの歳聞いてもいいかい? ほら、妖精って人から見るとみんな若々しいっていうか……」

「数えたことないでしが、生まれてから季節が五十回くらいはめぐったでしかネ」

「三倍は年上かよ……」



「――にんげんさん」

「ん? なんだい?」

「お願い、してもいいでしカ?」

「おお、どんとこい」

 マカシからの提案に、俺は待っていたとばかりに二の腕に力こぶを作る。

「この『白の国』の外に出て、お花見をしてきて欲しいんでしタネ」

「お花見……?」

「でし」

 とんだ予想外のお願いだ。っていうか、それってお願いなのか?


「いいけど、外……っていうと、俺がやってきた西側の様子?」

「いや、違うんでしヨウ。西側には『ばりあー』がはってあって、基本的には人が入ってこられないようになってるんでしヨウ。たーまーに、迷い込んでくるにんげんさんもいるんでしがネ」

「だよな。妖精の国に行ってみたくて行ってみたくてしょうがないのに涙を飲んでる人間は沢山いるぜ」

「にんげんさんに行ってほしいのは、東側にあるにんげんさんの国なのでしヨウ」

「え……こっから東に人間の国があるのか!?」

「はいでしタネ」

「初耳だぜ……」

「ようせいたちは、森から出られないのでしヨウ。なので、代わりににんげんさんにお願いしたいのでしタネ」

 なるほど、せめて見てきた感想だけでも聞きたいってわけか。

「うーん……俺が見てきたところでいい感想を言える自信はないが分かった! 任しときな!」

 自分でも呆れるくらい適当な返答だ。


「ところで、俺の剣みなかったかい?」

「けん?」

 マカシは、小首をかしげる。

「ほら、このくらいの長さで。鞘の中に刃が入ってて……」

「??」

 どうやら、マカシは剣を見てないどころか剣そのもの・・・・を知らないらしい。


「いや……やっぱいいや。なんでもない」

「そうでしカ」

 この楽園では、そんなもの要らないのかもしれない。なにより、今くらいは、戦いを忘れたかった。


~✾*。✿:゜❀*❁。✾*。✿:゜❀*❁。~


 俺は、マカシに連れられて外へ出た。なんでも、人間の国へ向かうにあたって準備を整える必要があるんだそうで。

 むせかえるような緑の匂い、虫の声。木漏れ日を受けて、草花も、虫も、鳥も、妖精も、全てが輝いていた。……っていうか、草花もなんかウネウネうごめいていた。ちょっとキモイ。


「なあ、マカシ」

「なんでしカ?」

「人間の世界ではさ、妖精の国は争いのない平和な理想郷だっていうんだけど……この光景を見ると、ホントにまるで楽園そのものだな」

「そうでしネ。ようせいの世界には、血も暴力もないでしタネ」


「……しかし、俺以外にも人間がちらほらいるな。あれは、東の国から来た人間たちなのかい?」

 妖精と連れだって歩いている人間の姿が見受けられる。そういえば、元々人間が歩くことも想定されているのか、部屋の造りに反して街自体は人間からしても狭くて通れないような場所はほとんどない。


「あれは、にんげんさんじゃないのでしヨウ」

「……?」

「あれは『えーあい』でしタネ」

「えーあい?」

「にんげんさんにも、えーあいつけるでしヨウ」

 マカシは、びしっと俺を指さした。

「お、おお……?」


 たどり着いた先は、大きな樹の下。マカシは、他の妖精となにやら話し込んでいるが、どうやら人間が使うものとはまるで別の言語のようだ。今までは、人間の言語に合わせてくれてたってことだな、器用なもんだ。


「お待たせでしヨウ」

 マカシは、フードのついた赤いローブを身にまとった人間――らしきモノを連れてきた。体格からして女の子のようだが……この子も『えーあい』とやらなのか?

「これが、にんげんさんと一緒に旅するえーあいでしタネ」

 マカシの合図で、その子は白く華奢な手をフードにかけて、ゆっくりと脱いだ。


「!」

 俺は、思わず口笛を吹いてしまった。陶器のように白くつややかな肌、淡い光沢を帯びた白金銅プラチナブロンドの髪に、燃える朱色の瞳の少女だった。



 俺の気分は、絶頂だった。未だ、この理想郷の真実・・さえ知らずに。

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