悲恋の種第5話

 漁火亭近くの広場まで送ってくれたルディアさんに手を振ると、あたしたちは広場を抜けて宿に入った。宿屋のご主人にあいさつをして一階の左側にある階段を昇る。二階の廊下を歩き、自分たちの部屋へ向かう。


 本来なら三人用の部屋なのだけれど、寝台が二台しかなく、もうひとつの寝台のかわりに長机が鎮座している。


 長机の上にはたくさんの本と資料が置いてあった。

「さて、と」

 ジョランが両手を打ち鳴らす。


「エリニア、ロマナさんが教えてくれた話を類型にできるかい?」

 と少し硬い声でジョランがいった。怒りを殺そうとしているみたい。

「ええ、この二週間で聞いた話を大きくまとめれば四つ。タイラウとその連れ合いのヨレリの話、タイラウの腹心の友であるラシュの話、タイラウと臣下たちの話、タイラウと民がふれあう話ね。皆戒めがあるのが共通点」


 というあたしの声に、ジョランがうなずく。

「よし、なら次はヨレリとタイラウが暮らしていた居城の仔細しさいを頼むよ」

「西日の当たる場所というのはわかってる?」

「当然」

 ジョランが得意げに笑った。


「それ以外なら東に庭園があって、居城自体は街のなかでも高い丘にあって……」

 あたしがいうと、ジョランが力強くうなずいてあたしの発言を制した。

「高い丘だね?」

 というと、ジョランが資料や本を漁り出した。

「確かこのあたりに……」

 と一枚の古い紙を取り出した。

「これだ、タイラウが興した王朝が滅亡した百年後に作られた別の王朝の古地図」

 といいながらジョランが古地図を長机に置く。


「この地図によれば、王朝があったところには高い丘が四つある。当時街のなかでも一番高い丘を現代の街並みにたとえれば、ここ、漁火亭ということになる。いまはならされてしまった丘だ」

 とジョランがひとりうなずく。


「ただ、一番高い場所はこの王朝の城があった場所だから除外しよう。残りは三つ」

「東に庭園があったわけだから、それなりに広い場所よね」

 とあたしが問いかけると、

「うん」

 と短い答えが返ってくる。ジョランが何かを考えているときにすることで、あたしのことばは届いていないことのほうが多かった。


「残り三つ……」

 つぶやくジョランの瞳はずっと見ていたいと思えるほど輝いている。

「西日が届かないひとつは除外して、残り二つだ」

 ジョランが古地図をにらみつけている。あたしはジョランの姿を頼もしいと思った。


「ひとつは旧市役所の庁舎、もうひとつはバル駅近くということになる」

 ジョランがあごに右手を当てて考え込む。

「それなりに広い場所、だったね」

 とジョラン。あたしのことばが届いていたのだと思うと、うれしくなりながら、

「ええ」

 とあたしは冷たくいった。


「ならバル駅近くだ」

 ジョランが巣立つ若鳥のようにたくましい顔でいった。

「その丘から北東に一万歩ある土地は……」

 ジョランがまた古地図をにらみつけた。


「市役所周辺だね」

 とジョランがいったかと思うと、

「よし、早く市役所に行こう!」

 と叫んだ。

「ジョラン、時間を考えて」

 あたしが窓を見ると、窓からは強い光が差し込んでいた。

「とっくに朝だ」

 と歌うようにジョランがいった。


 このまま鼻歌を披露ひろうするんじゃないかと疑いながら、あたしはジョランを見つめる。


「エリニア、朝ご飯は抜くよ」

 とジョランが駆け出す。

「ちょっと、ジョラン」

 あたしも駆け出すことになった。


 あたしは夜とは逆順に漁火亭から飛び出す。

 ジョランを追ってバルのなかを走っていると、漁に出かける漁師の姿が見える。


 連れ合いと再会することを祈って、そして永遠の愛を誓って口づける人の姿も見える。


 人前でよく口づけられるものね。


 あたしはなるべく顔に出さないように思った。


 でもこの漁師と連れ合いには敬意があるわ。行為はほめられたものじゃないけど、嫌いじゃない。


 恋は嫌いだけど敬意はいいことよ。


 人ばかり見ていて、あたしは風景を見忘れていた。景色を楽しめないまま、白い家が続く道を一時間は走ったはず。


 長く走っているうちに、目の前に市庁舎が見えてきている。あたしの息が荒い。

 市庁舎を見て安心した途端、お腹が減っていることに気づいて、体から力が抜けそうになる。


「もう一息だよ、エリニア」

 ジョランの弾んだ声に元気づけられて、あたしは市庁舎のほうを向く。


 白い石造りの市庁舎は、あたしには偉ぶって見えた。

「気を引き締めましょう」

 あたしが低くいうと、

「ああ、しっかりするよ」

 とジョランが走っていく。


 市庁舎の正門をくぐって、あたしたちは文化に関わる係のある場所にたどり着く。

「すみません、マッタイト大学の考古学者、ジョラン・ハドカと申します。考古学に精通されている方はいらっしゃいますか?」


 ジョランの声に、仕事中だった人たちが顔を上げたり、一言二言交わし合ったりする。


「私でよろしければお伺いします」

 と立ち上がった優しそうな男性がいった。

「オルズ・マイタンと申します」

 マイタンさんが丁寧にお辞儀した。


「ご用件とは何でしょう」

「この周辺にタイラウの墓が埋まっていて、地下を掘らせてほしいんです」

 と弾んだ息を整えながらジョラン。


 これまでのことを務めて冷静にジョランが話すと、

「申し訳ありませんがお引き取りください」

 と困ったようにマイタンさん。


「何故です?」

「信憑性に欠けるのです」

 と刃物を振るうようにマイタンさんが続ける。

「もし本当のことであったとしても、市庁舎では日々様々な業務を行っています。発掘となりますと業務を停止し、新たに業務を行うための場所を確保する必要もありますからね」

 といったんことばを切って、マイタンさんが静かに続けた。


「市としましては、あなたの頭のなかにある話のみで動くわけにはまいりません。まずは大学に戻られるのがよろしいかと存じます」

「わかりました。お手数をおかけしまして申し訳ありませんでした」

 とジョランが謝った。あたしはジョランの情熱がマイタンさんに届かなかったことが悲しかった。


「話を聞いていただいて、ありがとうございました」

 とあたしも頭を下げた。

 すると、あたしの目の前に左手が差し出された。


「美しい人、私と永遠を誓ってはいただけませんか?」

 とマイタンさんがあたしに求婚する。

 マイタンさんの左手には、既婚者の証である指輪が光っていたのに。


 ジョランがマイタンさんの左手を押しのける。

「彼女は結婚など望んでいませんよ」

 辺りが騒がしくなった。

「失礼します」

 とジョランが怒ったようにいった。


 あたしたちは逃げるように市庁舎を出た。

 走りながら、あたしは愕然がくぜんとした。


 少し走った後、困惑と恐怖があたしの心を占めた。


 おかしい。こんなのおかしい。


 誰かに優しくしたら、求婚されるなんて。


 人に優しくできないなんて。


 でも、本当にそうなの?


 これまでの被害に遭ったときのことを思い出して、あたしは背筋が寒くなった。


 騒動が起こるのは、あたしが人に優しくしたときじゃない。


 あたしが人にありがとうといったときだ。


 空には高く夏の太陽が昇っているのに、あたしの肌には鳥肌が立っていた。

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