愛するあなたのために第7話

 私たちがワバク様のおられる部屋に着くと、

「おや、人が増えたようだ」

 とさわやかにワバク様がおっしゃられた。御手に古い本をお持ちになられている。

「父上、母上と共謀して魔法士にノマの記憶の改竄かいざんをさせたのですね。何故……」

 とハリア様のおことばをかわされるように、

「まずはこれを読みなさい。お前が欲している答えの骨子となるものだ」

 とワバク様がハリア様に本をお差し出された。


 私はその本を注視する。題名のない、不思議な本だった。


「これは我が家に伝わる禁忌の書であり、真実を伝える本だ。最初にタイナ様が書かれ、歴代の当主様が書き足されてきた」

 ワバク様がお泣きになられそうな表情で、そして重圧から解放されたかのようなお声でおっしゃられた。


「本来なら当主になった後に読むものだが、構わないさ」

 とお肩をおすくめになられながらワバク様。

「キカに本を焼くようにいわれたが、書物を焼くなどと非道なことはできなくてね。これでも正義感の塊なのだ、私は」

 とワバク様がハリア様に本を渡そうとされた。


 ハリア様が無言でおうなずきになられ、本を御手にとられる。

 本をおめくりになられると、ハリア様がご表情をお硬くなされた。

「イーライルの罪をここに記す」

 といまにもお泣きになりそうなお声でハリア様がおっしゃられた。

 本には残酷な真実が書かれていた。


 タイナ様が魔法士を使って私の記憶を改竄された、と。


「ノマ、ご六代様の遺言を覚えてる?」

「はい。命ある限りこれからの主を守れ、と」

 私はハリア様のことばにうなずき、誇りを持ちながらいった。

「違う、違うんだよ」

 とハリア様がお涙をお流しになられながらおっしゃられた。

「六代様はそんなこと一言もいってないんだよ」

 御手でお涙をおこすりになられながら、ハリア様。


「ありえません」

 私はこれまで、何度も自分の心を支えてきた思い出がまがいものだといわれ、どうしていいのかわからなくなった。

「亡くなる直前、確かにラヤ様は私におっしゃられたのです」


 いまでもすぐに思い出せる。

 死が迫り、荒い息のなか、ラヤ様が懸命に紡がれたことばを。

 だが思い出はいう、当主ではなく主を守れと。何故当主ではないのだろう。私は何もいえなくなった。


「本当はね」

 とハリア様がおつらそうにおっしゃられた。

「この後は好きにしろ、とおっしゃられたんだって」

「好きにしろ、ですか」

 ラヤ様がおっしゃりそうなことだと、私は思ってしまった。

「タイナ様がご六代様の発されたことばを許さなかった。タイナ様はずっとあなたに支えてほしかったって」


 ハリア様がお泣きになるので、

「どうか私のことでお泣きにならないでください。ハリア様にお涙はお似合いになられません」

 と私は感謝を込めてハリア様をお止めした。ハリア様がお首をお振りになられる。

「これですむなら泣いたりしない。もっとひどいことが書かれてるんだよ」

 とハリア様がお涙をおこらえになられる。

「タイナ様が新しい当主にノマが大事にしてるご六代様の記憶をひとつ消せとおっしゃられたの。代々のものにも続けさせろって」

 とハリア様がお怒りになった。

「人形に対して罪を犯し続けてることになる」

 ハリア様がお唇をお噛みになられる。


 衝撃のあまり私の胸は痛くなった。私は思わず顔を歪める。


 失われた? あの方の記憶が。


「何故です?」

「それは現当主であるキカにたずねるといい」

 ご平坦なお声とお顔でワバク様がおっしゃられた。押し寄せられるご感情をおこらえになられているように、私には見えた。

「ハリア、いとしいキカをどうか救ってくれ」

 ワバク様がご感情をご開放なされるようにおっしゃられた。

「十何年と連れ添ったが、私にはできなかった」


 ハリア様がうなずかれた。

「なりきりを使います」

 ハリア様がきつくお唇を噛まれると、御目をお閉じになられた。

「今度こそ、間違えない……!」

 ハリア様の発せられるお声がお祈りのようだと私は思った。

 ハリア様が御目をお開けになられると、

「母上は屋上にいる!」

 とお叫びになられた。


「行ってきます、父上!」

 とハリア様が本をお持ちになられたまま秘密の通路へと走り出された。

ノバノ様が私よりも先に走り出され、ハリア様の左横につかれた。

「ノマ」

 とワバク様が私を呼び止められた。

「二人を頼む」

「承知いたしました」

 と私はうなずいた後、走り出した。


 すぐにお二人に追いつくことができた。目も暗闇に慣れてくる。

「急がなきゃ。母上は自死も考えているはずだから」

 と御目のあたりをおぬぐいになられてハリア様がおっしゃられた。

 私はことばを発することができなくなった。イーライル家の皆様にとって、自死は不名誉でしてはならないことだ。


 自死するものはラジンによって死神であるアラーシンへと引き渡されるという。引き渡された後は戒めの間という場所で永遠に拷問にかけられ続けると聞く。


 神話が本当のことなのか、人形である私には確かめられない。ただ、イーライル家のなかで自死を選べば侮蔑に近い態度をとられるのは確かだった。


 私の胸が悲しみから痛んだ。


「キカ様が何故自死を選ばれるのですか?」

「すべての罪を抱え込んで、死ぬことで一族の闇を永遠に葬り去りたいんだよ」

 母上は真面目だから、といったハリア様のお声に塩辛いものが混じられた。

「させないから、絶対に」

 キカ様の覚悟は決まられている、とハリア様はお見立てになられているようだった。


 だとしたら、私はどうしたらいいのだろうか。

 どうすれば? 私は何を情けないことを思っているのだろう。決まっている、お止めするのだ。キカ様のために動くのは当然のことだと思った瞬間、記憶を消されことや、変えられたラヤ様の姿を思い出し、悲しみと喜びとがないまぜになって襲ってくる。

 いまになってどうして、と戸惑う気持ちと、身を焦がしながら整理されない感情が私の体じゅうを巡っていく。


 感情はやがて、お止めするだけではだめだ。キカ様に伺いたい、と私に思わせた。

 ラヤ様をないがしろにしてまでイーライル家がほしかったものは何でしょうか、と。

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