第13話 闖入者
見上げると首が痛くなるほどの高い高い門に、先が見えないような広い王宮の庭園、そのどれもにイチカは驚き、感嘆していた。
分かる、分かるよ。私も最初はそうだった。正直未だに慣れていない。私もあなたと同じで突然この世界に来た一般人だからね。
庭園を抜けて内庭の先まで車で横付けをされたら、入り口の前は出迎えの使用人たちがズラリと並んでいた。これはイチカではなくレアへの迎えではあるけれど、以前やめてくれと言ったら体裁もあるんですよとベラにきっぱりと切り捨てられたことがある。最近彼女は私への当たりが雑な気がする。
使用人たちの奥から、ルドルフが姿を現した。そういえばイチカへの説明役、という立場は大体が彼で、この国のことからネフェルムのこと、果ては政治のことまで主人公に教えてくれたのは彼だった。私の姿を見つけておや、という顔をする。そりゃネフェルム候補のイチカと仲良く帰宅すれば不思議に思うだろう、レアがイチカをよく思っていないのは周知の事実だ。
「おかえりなさいませ、レア様」
「ただいま戻りました。イチカさんへの案内ですか?私もご一緒しても?」
もちろん、と優しい笑みを向けられる。だからそこ、嫌そうな顔をするんじゃないシドー。
少しイチカが羨ましい。ルドルフは本当に優しくて、何も知らない分からない不安の三拍子揃った主人公の指導役になってくれて、いつもそばで支えてくれていた。シドーが直接的な支えならルドルフは心の支えだった。
ルドルフがイチカへと向き合う。
「初めまして、私は政務官のルドルフと申します」
「は、初めまして!イチカと申します」
にっこり笑って手を差し出すルドルフに、イチカもおずおずとそれに応えた。そうそう人当たりのいい「国のお偉いさん」に安心して、緊張しきりだった主人公はそこでちょっとだけ肩の力が抜けたんだよな。そしてこのあとはルドルフにこの国の説明をしてもらいながら城内をーーーえ?
みんなが一拍置いたあと、ざっと跪いた。呆然と突っ立っているのは私とイチカのみ。
使用人たちの向こうから数人の護衛だけを従えてゆったりと姿を現したのは、フィリップだった。
「第一王子、フィリップ・アルマナだ」
イチカの前に歩み寄り、自らそう名乗る。
公式の場ではないから簡素な装いではあるけれど、佇まいはさすがと言える威厳で満ちていた。
突然の王子登場に戸惑ったイチカは、わたわたと周りを見渡し、膝丈のスカートを床につけ周囲にならっておずおずと膝を折った。ーー私はどうするのが正解なんだろう。まぁいいか、どうせフィリップの目に私は入っていないようだし。アランやシドーが膝をつく前で所在なく立ち尽くした。
「い、イチカと申します」
可哀想に、スカートを持つ手がぶるぶると震えている。それはそうだろう突然の第一王子のご登場だなんてイチカだけじゃなくてここにいる全員がびびっている。でも待てよ、確か主人公とフィリップが出会うのは今日じゃなかったはずだ。城に慣れてしばらくした後、外交から戻った第一王子にネフェルム候補として謁見を、と王座の間とやらに通された。無駄に勿体ぶった登場だったからよく覚えている。
「デアトラーズからはもう戻られたんですか?」
あ、やべ。と思ったときにははっきりと口に出していた。フィリップが、イチカを見ていた目を驚いたようにこちらに向ける。
ばっちりと目が合ってしまって、慌ててスカートを摘んで片方の足を軽く後ろに下げて礼を取った。カーテシーというらしい。サラに習っておいてよかった。
「イチカさんと共に学院から戻りました。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
伏せた目が怖くてあげられない。思いっきり会話を遮ってしまったが怒っているだろうか。まさか打ち首?いやこんなことで王族が王族に手をかけられるわけがない、いざとなったらあの手この手で逃げ切ろう。そんなことが頭の中をぐるぐる回っていると、思いのほか柔らかい声が降ってくる。
「…デアトラーズからは昨日戻った。報告も兼ねてルドルフと話していたんだがネフェルム候補を迎えに行くと聞いてな」
私はゆっくりとお辞儀の姿勢から立ち上がった。
「…よく知っていたな」
「もちろんです。お兄様付きの外交官から報告を受けておりました。…ご無事で何よりです」
フィリップが少し眩しいものを見るような目をした。一体どういう感情なのだろう。
私が知っていたのはもちろんゲームをしていたからで、デアトラーズというのがこの世界の、そしてゲームにおいても重要な国だったからだ。そこへ飛んでいたからフィリップはイチカに会うのが遅れたし、今回の外交である人物を連れて帰ってきているはずだ。
本来私へ報告をしなくてはならない外交に携わる補佐たちは何も言ってきてはいない。彼らが『第一王子派』だからだ。
フィリップが視線をイチカに戻す。
「この後の案内はルドルフがする。なんでも聞くがいい」
そうして来たときと同じくらい居丈高に踵を返すと、護衛を連れて去って行った。
ーーー寿命が五年くらい縮んだ気がする。
私は痛む胃をそっと押さえたのだった。
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