第16話「最後のRTA」
俺たちはビルの屋上に出た。俺たちが飛びだしてきた足もとの魔法陣は、すぐに薄くなり、消えていった。
俺と西条はビルの端に駆け寄り、道路を見おろした。
「やっぱり駄目か」わかってはいたが、俺は絶望的な気分になった。
道路では、機動隊とウォーリアがせめぎあっていた。いや、機動隊が押されている。ウォーリアの剣は機動隊の盾をやすやすと切り裂き、負傷者は増える一方だ。かといって、機動隊に有効な武器があるわけではない。拳銃やライフルなど何の役にも立たない。戦車か戦闘機でもない限り、あの集団には太刀打ちできないだろう。
大通りは阿鼻叫喚だった。サラリーマン風の男性が逃げようとしてウォーリアに背中から斬られ、幼い子供をかかえた母親がパニックを起こした人々に踏みつぶされている。逃げ場を求めて細い路地にまで人があふれ、大混乱に陥っていた。
俺はスマホを見た。時間は午前六時半。通勤、通学の時間だ。丸一日近く、俺たちは〈ドラゴンサーチャー〉の世界へいたことになる。
混雑したところに突然、わけのわからない連中が大量に現れ、刃物を持って襲いかかってきたのだ。たったひとりが暴れても大パニックが起きるのに、その数が数十人ともなると、想像を絶する。
「でも、機動隊もがんばってる」西条が言った。「神郷たちがこっちに来て数時間は経ってるはずなのに、押さえこんでる方だよ」
俺たちはアレン司祭の魔法によって、地球に戻ってきた。神郷グループ本社に残された転送装置から、神郷たちの転送先の詳細を割りだし、この場所へとやってきたのだ。
だが、すぐに地球へ戻ってきたわけではない。
「ずっと見ているわけにはいかない」この世界で不死身なのは神郷たちの方だ。現実世界の人間である俺たちが負けるのは、目に見えている。
「ウォーリアは無視だ。神郷をつかまえる」俺は言った。「もとの世界へ連れ戻してやる」
「ね、ねえ」三上さんが言った。「私は、どうすれば」
「李さんがもうすぐ現れるはずだ」俺は言った。「彼女の部隊の後方で待機しててくれ。主がいれば、やる気も出る。間違っても、前線に出るんじゃないぞ」
三上さんはかたい表情でうなずいた。
ともに地球を救うと約束した仲だが、残念ながら、三上さんを地球で戦わせるわけにはいかない。三上さんは弱い。〈三国乱世〉でのていたらくを見ていれば、よくわかる。争いごとには向いていないのだ。
「あ、来た!」西条がウォーリアの後方を指さした。
巨大な魔法陣が現れ、電柱を、街路樹を、呑みこんでいく。その代わりに現れたのは、鎧で武装した騎馬の軍勢だった。
先頭で、赤毛の女性が髪を振り乱し、槍を天にかざした。
「この一戦、我らが勝つ! 主の世界を守るのだ! 行くぞ!」
李雹華が声をあげると、ウォォォ、と地鳴りのような声が大都会の中心に鳴り響いた。李さん率いる騎馬隊はウォーリアの背後をとり、機動隊と挟み撃ちをする形になった。槍がウォーリアを串刺しにし、李さんの赤い髪が荒れ狂い、ウォーリアの首を吹き飛ばす。
機動隊よりは戦いになっている、と思ったが、地球ではどちらも不死身の存在。串刺しにされた身体は一瞬でもとに戻り、飛ばされた首はなにごともなかったようにくっついている。まるで無限コンティニューだ。
「李さんの後ろにいる方が、たしかに安全そうですね」アレン司祭が歩み寄ってきた。「三上様、参りましょうか」
「お願いします」
三上さんが頭をさげると、アレン司祭はうなずき、彼女の肩に手を置いた。すーっと、二人の身体が宙に浮く。
「今、神官団が結界を張っているところです」アレン司祭が言った。「この街の外へ被害が拡大しないよう、力を尽くします」
「お願いします。もし、こんなものが」俺はウォーリアを見おろし「他の街まで行くようなことがあったら、大変なことになります」
「ベストを尽くします」アレン司祭は三上さんを連れて、李さんの騎馬隊に向かって飛んでいった。
残された俺と西条は、顔を見合わせ、かたい表情でうなずいた。お互い、手には四角い機械がある。
サイバーフュージョンデバイス。
〈トーキョーネオ〉の世界から持ってきたものだ。
俺たちはアレン司祭のもとを訪れたあと、事情を説明し、今まで行ったことのある世界に足を運んだ。神郷と戦うには、戦力と、武器が必要だった。地球へ戻るのに時間がかかったのは、このためだ。
〈ファイナルブレイド7〉の世界では、アレン司祭に神官たちの協力を要請し、自分たちを様々な戯れの世界へ飛ばしてほしいと頼んだ。
〈トーキョーネオ〉の世界では、サイバーフュージョンデバイスを確保した。生身で戦うのは馬鹿げている。
〈三国乱世〉の世界では、李さんに会った。地球が大変なことになっていると告げると、李さんは兵を出すことを快諾してくれた。すべては、主である三上さんのためだった。
西条が四角い機械……サイバーフュージョンデバイスを左腕につける。機械はすぐに変形し、西条を守る機械の鎧となった。腰には二門のレールガン、両肩には携行型粒子砲、左手には盾、右手には粒子機銃だ。全体的に末広がりの印象を見る者に与え、重ねられた薄い装甲板は、まるで十二単であった。
俺もサイバーフュージョンデバイスを身につける。西条のものと比べると簡素で、おおよそ武器らしい武器はない、ただのライダースーツに見える。しかし、広範囲に粒子障壁を張ることができ、西条を守ることができる。
「もう一度確認しておくが」俺は言った。「これはゲームじゃない。現実だ。HPもなければ、復活の手段もない」
「残機ゼロってことね。わかってる。無理はしない」
三上さんのことを弱いと言ったが、俺たちだって強くなんかない。我慢しているだけで、膝が震えている。できることなら、逃げだしたい。
だが、逃げることは許されない。
なぜなら、選ばれてしまったから。戯れの世界に。そこに住む人々に。
「空から捜そう」俺は言った。「そのために飛行ユニットもつけた」
「はなれないようにしましょう」
俺たちはふわりと浮きあがり、ビルの屋上から飛びだした。
機動隊とウォーリア、李さんの騎馬隊とウォーリアの戦いは、街のあちこちに波及していた。李さんの騎馬隊の背後では、アレン司祭に守られた三上さんが必死でエールを送っている。ウォーリアは基本的に、機動隊と騎馬隊にはさまれている。三上さんが後ろから狙われることはないだろう。
俺たちは街を飛びまわり、神郷を捜した。ウォーリアのそばにいないということは、どこか高い場所から見ているはずだ。
「いた!」西条が指さした。
四十階はあるタワーマンション。屋上にはヘリポートがあり、そこに神郷は立っていた。ウォーリアの方など見ていない。俺たちがいつ、自分に気づくか待っていたようであった。
俺たちがヘリポートへおりると、神郷は「やあ」と軽く声をかけてきた。
「なかなかものものしい武装だね。うちにもほしいぐらいだ」
「あいにく、よその世界の借り物でね。返さないといけないんだ」俺も軽口で返した。
それは残念、と神郷は肩をすくめた。
「なあ、もうやめにしないか」俺は正直に言った。「できることなら、俺はあんたと戦いたくない」
「臆したか? 勝てないからといって戦いを放棄するとは、情けない男だ。今日日、子供でも武器を取るぞ」
「あんたは悪い人じゃない。ノアで、俺はそれを見てきた」俺は言った。「あんたがいなくなると、困る人が大勢いる。だから、頼む。ウォーリアを退いて、もとの世界に帰ってくれ。今ならまだ間に合う」
「そう言って、お前たちは私たちを蹂躙する」神郷の言葉にははっきりと怒気がこめられていた。「ゲームだから、戯れの世界だからと、情け容赦なく、殺していく。今もどこかで、プレイヤーが私の部下やウォーリアたちを殺してまわっている」
「それはっ」俺は言葉につまった。「みんな、知らないんだ。この世はすべて戯れの世界で、地球も例外ではなくて、生身の人間が生きているということを」
「ああ、胸が痛い」神郷は胸を押さえた。「ここがね、いつも痛むんだよ。どこかの誰かが私を倒すたびに、痛む。痛みが消えないんだ。どうすれば、この痛みは消える?」
俺にはこたえられなかった。
「地球人を……創造主を根こそぎ滅ぼすしかないんだよ」神郷は両腕を広げ、笑った。「私たちは平穏がほしい。ただ、それだけだ」
「何が平穏よ!」西条が神郷を指さした。「守護竜をつかまえて、電力代わりにしてるくせに! あんたらのせいで、どれだけの守護竜が犠牲になってると思ってるの! 守護竜は星を守る存在なのに!」
「お前たちも地球のありとあらゆるものを食らい尽くして生きているのではないのか?」神郷は嘲笑した。「守護竜は、地球で起こっていることを戯画化しているにすぎない。お前たちには何も言う資格などないのだ」
西条は獣のようなうなり声をあげた。
神郷の言うことは正論だ。俺たちは神郷たちの平穏を乱し、傷つけ、守護竜を狩るように地球を狩り続けている。
「話し合いにはならんということだ」神郷は笑った。「力ずくで、自分の守りたいものを守ってみせろ!」
突然、巨大な機械の手が、俺たちを押しつぶそうと迫ってきた。間一髪でかわし、タワーマンションからはなれる。
「嘘、だろ」俺は呆然となった。
巨人……巨大人型兵器が、タワーマンションに張りついている。その重さだけでタワーマンションは傾いていた。
巨大人型兵器がヘリポートまでのぼりきると、神郷は胸のコクピットに乗りこんだ。
『さあ、かかってこいガキども!』
言うが早いか、巨大人型兵器の顔がこちらを向いた。口にあたる部分に大型の粒子砲がついている。
粒子砲口が光を帯びる。発射される寸前、俺は西条の前に立ちふさがり、両腕を突きだした。
目を焼くほどの光をはなつ粒子砲と、俺のデバイスが展開したバリアが激突する。突きだした腕が折れそうになるが、身体を前のめりにし、耐えた。
逃げるわけにはいかない。後ろには西条がいるんだ──!
粒子砲とバリアは同時に消えた。両者がぶつかったことで発生した煙が晴れる。タワーマンションの状態を見て、俺は戦慄した。
タワーマンションの屋上は、粒子砲の熱で完全に溶けてしまっていた。巨大人型兵器の重みすら支えきれなかったタワーマンションは、粒子砲の一撃が引金となったのか、ゆっくりと倒れていく。中には人がいる。大人も、子供も、男も、女も。
俺は目をそらしてしまった。
『話にならないな』神郷の声は悲しげであった。『しょせんは子供。人の命を背負えという方が無理な話か』
「っこの野郎!」
俺は人型兵器に向かって突撃した。あの澄ました顔のクソ野郎を引きずりだして、ぶん殴ってやる!
「落ちついて!」
西条の声に、はっと我に返った。身体が陰に覆われている。見あげると、人型兵器の巨大な手があった。
ハエを落とすように、俺は地面に叩きつけられた。デバイスによって守られてはいるものの、意識が遠のくほどの痛みが全身を駆け抜ける。
「長山! よくもぉ!」
西条の腰のレールガン、両肩の携行型粒子砲、粒子機銃がいっせいに火を噴く。だが、人型兵器は両腕をクロスして盾とし、すべての攻撃を防ぎきった。
再び人型兵器の粒子砲がはなたれた。西条はかろうじてかわし、人型兵器の手が届かない場所まで上昇する。人型兵器は腕を振るったが届かず、反撃を警戒したのか、守りの態勢に入る。
俺は軽くかぶりを振り、飛んだ。西条ひとりに任せてはおけない。西条のデバイスは、火力は高いが排熱に時間がかかる。連続攻撃は無理だ。俺がカバーに入らないと……。
近くのビルの屋上に着地したところで、俺は自分の失策に気がついた。人型兵器と目があった。あまりにも距離が近すぎる。
やられる。
腕でビルごとなぎ払われたら、俺はつぶされて終わりだ。
着地したばかりで、すぐには飛べない。よける方法は、ない。バリアを張るのも間に合わない。
ここまでなの……か?
間抜けな、あまりに間抜けな死に方だと思いながら、俺は人型兵器の動きを見ているしかなかった。
腕によるなぎ払いは……来なかった。
その代わり、大型粒子砲が俺に照準を合わせた。光が集まり、射線上のすべてを消し去ろうとする。
俺はその隙をつき、もう一度、飛んだ。直後、粒子砲がビルを撃ち抜いた。ビルは溶け、崩壊していった。
「大丈夫、長山!?」西条が近づいてくる。
「あ、ああ。大丈夫だ」俺はかぶりを振り、デバイスを確認する。ダメージは受けたが故障はなし、まだまだ戦える。
だけど。
「今のはいったい、何だったんだ」
「何が?」西条が問う。
「あのロボットの動き、妙だった。たんに腕を振りまわすだけで」俺は唾を呑んだ。「俺を殺せたはずなのに。粒子砲を使う必要なんてなかった。時間がかかるだけだ」
「人工知能が無能なのよ、きっと」
「人工知能?」
「あんなに大きなものを、人間の感覚だけで動かせるわけないじゃない。おまけに、神郷はたぶんパイロットじゃない。あくまで人工知能のサポートに徹してるはずよ」それでも、と西条はつけ加えた。「厄介な相手にはちがいないけど」
俺たちは人型兵器を見おろした。でかくて、強力な兵器を持つ、厄介な相手。人間が生身で相手にするのは馬鹿げている。馬鹿げているが……
「とにかく、あいつだけでも何とかしないと」西条は空を見あげた。「あいつの粒子砲、神官団の結界を貫通したよ」
あたりを見まわすと、青白いバリアのものが広い範囲を覆っていた。神官団の結界が完成したのだろう。だが、人型兵器の大型粒子砲は結界の強度を明らかに上回っている。ウォーリアなら閉じこめることはできるだろうが、人型兵器は無理だ。
「……チャート」
「え、何?」西条が訊き返した。
「チャート、できあがったかもしれん。あいつを倒すための」
西条は嘘、とも、まさか、とも、ふざけてるの、とも言わなかった。ただ「本当に?」とだけ言った。
「ああ、あいつを倒せるかもしれない。それも最小限の被害でだ」俺は言った。
「試走はなし、ぶっつけ本番ってことね」
俺はうなずいた。「お前の力が必要だ。手を貸してくれるか。この……不完全かもしれない、チャートに」
「私を誰だと思ってるの?」西条は胸を張った。「登録者数百万人超のRTA走者よ?」
「じゃあ、はじめるとするか」俺は手の平に拳を打ちつけた。不思議と、怯えはなかった。「俺の、最初で最後の、RTAを!」
作戦を説明したのち、俺と西条は人型兵器に特攻した。強い風に目を覆いたくなるが、必死で耐える。
『馬鹿め! 死にに来たか!』
神郷の声とともに人型兵器がこちらを向き、大型粒子砲の発射態勢に入った。
「散開!」
合図とともに、俺は西条からはなれた。同時に、粒子砲が俺たちのいた場所をなぎ払う。
俺は人型兵器と同じ高さまで降下する。奴の腕が届く範囲だ。
人型兵器が拳を振りあげる。俺は腕を突きだし、バリアを張った。拳とぶつかり、火花が散る。大型粒子砲が相手ならともかく、ただの打撃で破れるバリアではない。
人型兵器の後頭部が爆発した。背後にまわった西条の一撃が炸裂したのだ。
『おのれ!』
神郷は叫ぶが、人型兵器は反撃に移らない。腕をあげ、西条から身体を守るような態勢を取った。
そのあいだに、俺は西条のもとへまわり、彼女の手を取って高度をあげる。西条のデバイスが排熱をはじめている。しばらくのあいだ、西条は攻撃できない。
『それで逃げてるつもりか!』
大型粒子砲が再び俺たちを狙い撃つが、俺のバリアに阻まれ、効果的なダメージは与えられない。
俺は再び人型兵器の高さまでおり、打撃を受けとめる。その隙に、西条の攻撃が人型兵器の装甲を次々と破壊していく。
『くそ! なぜだ!』神郷は叫んだ。『なぜ攻撃が当たらん! ただのガキどもが、なぜ私をここまで追いつめられる!』
「悪いけど」何度目かの粒子砲をはじいたあと、俺は言った。「お前を倒すためのチャート……聖典は、とっくにできてるんだ」
排熱を終え、使用可能になった西条の全火器が、人型兵器に狙いを定める。
「これで……終わりっ!」
まばゆい光が人型兵器を貫いた。人型兵器がビルをなぎ倒しながら仰向けに倒れる。立ちあがってくることはなかった。
コクピットから出てきた神郷を、俺たちは見おろしていた。スーツはほこりまみれで、本社で見せた余裕はどこにもない。
「聖典ができていると言っていたな」神郷はうめくように言った。「どういうことだ」
「このロボットの行動は、ローテーションなんだよ」俺は言った。
以前、〈ドラゴンサーチャー〉のデザイナーが言っていた。ラスボスの調整時は時間がなかった、と。言いかえるなら、複雑なことはできなかったということだ。
俺がビルの屋上に着地したとき、腕の一撃ではなく大型粒子砲が飛んできた。その前に、人型兵器は防御の態勢を取っている。
粒子砲、打撃、防御。
このくり返しだったのだ。
攻撃の順番がわかっているなら、対処方法は簡単だ。粒子砲を高度を取ってかわすかバリアで防ぎ、打撃を誘っているうちに西条が攻撃を加える。防御態勢に入ったら西条は排熱をはじめる。これをくり返せば、人型兵器を無傷で倒すことは十分可能だ。
気をつけなければならないことは、二つ。
ひとつは、行動がキャンセルされたとき、次の行動がどうなるのかわからないことだ。
たとえば、粒子砲を撃ったあと、打撃も防御もできない状態なら、続けて粒子砲を撃ってくるおそれがあった。だから俺は、人型兵器が打撃を行えるよう、高度をさげる必要があった。
もうひとつは、神郷の存在だ。俺たちがいつまでも倒れずにいれば、業を煮やした神郷が自ら人型兵器を操ってくるおそれがある。ローテーションが崩れれば、行動に対応できず、甚大な被害が出てしまう。それを防ぐには、できるだけ早く人型兵器を倒すしかなかった。
まさか、以前三上さんが言っていたことがヒントになるとはな。ラスボスの行動がローテーションとは笑える。ゲームデザイナーには同情するが、今回はそれに救われた。
「……は」神郷は短く笑った。「結局私たちは、創造主には勝てなかった、ということか。そもそも、たてつくこと自体、愚かだったか」
俺は神郷に肩を貸した。「西条、手伝ってくれ」
「どうするの?」
「もとの世界に帰ってもらう。早くしないと、警察か自衛隊がやってくるかもしれない」
「正気!? 神郷はまた必ず現れる。地球に残した方が得策よ!」
「そうかもしれない。でも、神郷を慕って、守られてる人もいるんだ」俺は言った。「間違ってるかもしれないけど、その人たちのことを無視できない」
「見てよ、この惨状を!」西条は街を指さした。
ビルがいくつも倒壊し、人間があちこちにぐったりと横たわっている。生きているのか死んでいるのかもわからない。瓦礫に埋まった人を助けようと、大勢の人間が協力している。
この惨状以前に、ウォーリアに斬られ、パニックに巻きこまれ、命を落とした者もいるはずだ。
「こんなことを平気でやる奴が、同じことをしないと言えないでしょう!?」
俺は神郷を見た。「お前は、本当にこんなことを望んでいたのか?」
神郷はこたえない。ただ、目の前の惨状から目をそらそうとしない。
「ずっと考えてたんだ。あれだけ弱い立場の人間のことを考え、行動できる人間が、地球人を滅ぼすだろうかって」俺は言った。「神郷、お前は本当はどうしたかったんだ?」
「……話しが、したかった」神郷はうつむきながら、つぶやいた。「私の胸の痛みを創造主たちに訴え、やめてほしいと。私たちは苦しんでいるのだと伝えたかった」
「いつから変わった?」
「地球人の身体を借りて、地球へ来られるようになってからだ」神郷は言った。「声優とやらの身体を借りて、様々なイベントに出演した。しかし、誰も私たちの世界のことなど考えてはいなかった。強い武器、高度な技術で、いかに私たちを倒すかしか、頭の中にはなかった」
それからか、本気で地球人を滅ぼす気になったのは。
不意に、神郷が俺の身体を押しのけた。何を、と振り返ると、神郷はナイフを握っていた。
「この世界での私は、不死だ」神郷は笑っていた。「死ねばいくらでもやりなおせる。今度こそ、お前たちを滅ぼしてやるからな!」
「やめろ!」
俺が叫んだ瞬間、神郷の身体を赤いものが絡めとった。腕ごと身体を縛りつけたものは、髪の毛だった。
「間に合った」倒れた人型兵器の下で、三上さんが肩で息をしていた。
「よっと」
コクピットの高さまで跳躍したのは、李さんだった。赤い髪は神郷をしめつけ続けている。
「主の世界で無茶苦茶やってくれたもんだ」李さんの声には怒りがふくまれていた。「このまま絞め殺してやろうか」
「そこまでだ! 全員、動くな!」
拡声器独特の声に、俺たちは振り返った。機動隊が人型兵器に駆け寄ってくるところであった。
「ウォーリアは?」
「ウォーリアは全部、李さんの騎馬隊が倒したよ」三上さんが人型兵器の下から大声で言った。「今、アレン司祭がひとり残らずもとの世界に送りこんでる。この世界にいさせるわけにはいかないって」
「そこの女も動くな!」拡声器を持った機動隊員が三上さんを指さした。
三上さんは「ひいいっ」と頭をかかえてうずくまってしまった。
「立場が逆転したようだな」神郷は疲れきった声で言った。「今度は私が、この世界に拘束される番のようだ」
「……なあ、神郷」俺は言った。「お前は自分たちの窮状を訴えたい。それが本来の目的なんだよな」
「ああ。だが、無駄だとわかった」
「その目的、俺に預けてみないか」
神郷は顔をあげたが、すぐに自嘲ぎみに笑った。「ただの子供に何ができる」
「少なくとも、俺や西条、三上さんは、他の奴らとはちがう。こことはちがう世界が実在することを知ってるんだからな」俺は言った。「だから、任せてくれないか。お前たちにとって悪いようには、絶対にしない」
「どうする気なの」西条が近づいてくる。目がつりあがっていた。
「この惨状の原因について、訴えられるだけ訴える」俺は言った。「これだけの被害が出たうえ、この人型兵器を大勢の人が目撃してるんだ。子供の戯言だと片づけはしないさ」
「馬鹿よ」西条は言った。
「奇遇だな、私も馬鹿だと思ったよ、お嬢さん」神郷も言った。「仮に戯れの世界の実在を信じたとして、誰が私たちのことなど考えてくれるものか」
「考えるさ」俺は言った。「絶対に考える」
「解決するまで、こいつは拘束させてもらうよ」李さんは言った。「こいつがこの世界でやったこと、責任を取らせてやる」
「……わかった。そこは譲る。神郷、悪いけどお前の身柄は警察に預ける」
「仕方あるまい」神郷はため息をついた。
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