第14話「覚悟」

 夜のメインストリートを小走りで駆け抜ける。警察官の目をさけ、できるだけ最短ルートで神郷グループ本社を目指す。

 夜が更けても、街の明るさが減じることはない。夜更かしの経験がほとんどない俺たちにとっては、目がくらくらするような光景だった。

 人通りが少なくなってくると、神郷グループの門が見えてきた。さすがにこの時間では閉まっており、守衛室の中で男が目を光らせている。監視カメラもあった。

「強行突破……は無謀だよな」俺は言った。

「大丈夫」西条が言った。「突破できない障害はない。特にゲームならね」

 この展開をデザイナーが読んでいるかどうかはわからないが、ひとまず西条の言うことを信じることにした。

「ねえ、あそこに下水道みたいなのがあるんだけど」三上さんが手招きした。

 守衛室から少しはなれた場所に、下水道のような水の流れている場所があった。網で蓋がされており、人間は通ることができない。

 俺たちは熱線銃で網を焼ききることにした。守衛に音を聞かれないよう、慎重に。

 人間ひとりぶんの穴を開け、俺たちは下水道に飛びこんだ。淀んだ水が流れている部分と人が歩く部分がわかれており、水に足を突っこむ必要がないことに、俺たちは安堵した。それでも、においがきついことに変わりはない。

 早いところ上に出たい。そう思っていると、梯子が見つかった。俺が先にのぼり、マンホールのようなものをそっと押しあげた。

 あたりは薄暗いが、どうやら本社の敷地内には入れたらしい。人気がないことを確認し、俺たちは下水道から脱出した。

 壁沿いに歩いていると、裏口が見つかった。しかしカードによって施錠されており、入ることができない。

「これは……あれだな」俺は言った。

「うん、あれ」西条はうなずいた。

「だね」三上さんにも伝わったようだ。

 俺は見回りをしていた警備員を、鞘に入った剣で殴って気絶させると、ポケットに入っていたカードを奪った。

「すいません」と手を合わせ、人目につかないところまで警備員を移動させる。

 ふと、手首に巻いている時計のようなものが目に入った。腕時計にしてはごつごつとしていて、ボタンがいくつもついている。

「何だろう、これ。時計みたいだけど、ちょっとちがう」

 俺は時計のようなものを取りはずすと、ボタンを押してみた。立体映像が現れ、様々なアプリを起動する画面が映った。

「腕時計型のスマホみたいなやつね」西条は言った。「社内の図面、あるかな」

「ちょっと待ってろ……ああ、あった。これだ」俺は画面を指さした。

 神郷グループ本社は百二十階まであり、CEO神郷の部屋があるのは九十八階だ。中途半端な階層であることが気になったが、考えても仕方がない。

 俺たちはカードで社内に入った。中は一部を除いて照明が落ちており、見通しは悪かった。

 ときおり、巡回している警備員に出くわしそうになったが、どうにかやりすごし、エレベーターの前までたどりついた。案の定、エレベーターもカード式になっていた。

「これ、動かしたら絶対にバレるよな」

「そうね。こんな時間に上層までのぼるエレベーターがあるはずないもんね」西条が言った。

 ねえ、と三上さんが小声で言った。「こっちにドアがあるよ」

 それはカード式ではなく、鍵穴のついたドアであった。ゆっくりと押し開けると、薄暗い部屋の中に階段があった。下層から上層まで続いている。

「非常階段ね」西条は言った。「これを使った方が安全そう」

「のぼるの!?」俺と三上さんが同時に言った。

 西条は、当たり前でしょ、とでも言いたげな表情を俺たちに向け、「さ、行きましょ」と階段を駆けあがりはじめた。

「嘘でしょ……」三上さんはげんなりしていた。「九十八階まで行くの?」

「あいつはそういう奴だよ」この体力お化けが、と俺は吐き捨てた。

 軽快な足どりでのぼっていく西条からだいぶんおくれて、俺と三上さんはついていった。二十階で息切れを起こし、四十階で足の筋肉がけいれんしはじめ、六十階でめまいがしはじめた。

「す、少し休もう」俺は提案した。三上さんもうなずく。

「今は一秒でも惜しいのよ」西条は冷淡だった。「三上さんならわかるでしょ? RTAでは一秒の差が勝敗をわけるって」

「あ、RTAだったの、これ」

「地球の命運をかけた、ね」

 西条は構わず駆けあがりはじめた。俺たちは気合いだけで西条のあとを追った。

 九十八階に到着したとき、俺と三上さんはもう一歩も動けなくなっていた。西条が「情けない」と嘆いたが、俺たちはごく普通の高校生なのだ。体力お化け、いやゴリラといっしょにされても困る。

 休憩をはさみ、ある程度体力を回復させたあと、俺たちは九十八階に乗りこんだ。

 九十八階はまぶしいぐらい明るかった。誰かがまだ使っていることが一目でわかる。人気もあった。

「監視カメラはできるだけさけてきたけど、気づかれてるかもしれない」西条は言った。「ここからは一気呵成にいきましょう。ウォーリアがいると思うけど、ガン無視。目標は神郷だけ。いい?」

「ああ」俺はうなずいた。「神郷を倒したら、非常階段まで戻る。銀の鍵でアレン司祭のもとへ逃げる。それで終わりだ」

「三上さんもいい?」

 西条がたずねると、三上さんは「う、うん」とわずかにうなずいた。声が震えている。

 ふと、思いだした。三上さんがゲーム世界へ取りこまれるのは、〈三国乱世〉に続き、二度目だ。俺と西条は何度も取りこまれてなれてしまった部分があるが、三上さんはそうではない。李さんの話だとずっと泣いていたとのことだった。

「三上さんにはサポートにまわってもらおう」俺が言った。「西条がやばいときだけ、支援してくれ」

「で、できるかな」

「今の俺たちはこのゲームの住人だ。熱線銃は手になじんでるだろう?」俺は剣の柄を握ってみせた。剣道を習ったことはないが、自由自在に振れる自信が、不思議とあった。電車内で見つけた剣と同じだ。「大丈夫、やれる」

「でも……」

「大丈夫よ」西条は明るく言った。「ウォーリアに熱線銃は効かない。ひるませてくれれば、そのあいだに、私が」言葉を切り「神郷を、撃つ」

「う、うん」三上さんはうなずいた。

「俺がウォーリアを蹴散らす。だから、頼むぞ」

 そう言って、俺たちは駆けだした。少しおくれて三上さんが走りだす。

 十メートルほどの廊下を駆け抜け、正面の両開きの扉を体当たりで押し開けた。鍵がかかっているかも、という心配はあったが、その場合は熱線銃で焼ききればいいと思っていた。

 正方形の広い部屋の正面は、一枚の巨大な窓となっていた。その手前に大きな木製のデスクがあり、男がひとり、座っている。デスクの前に八人、腰に剣を帯びプロテクターを身につけた男たちが立っている。ウォーリアだ。いっせいに振り返り、躊躇なく剣を抜いた。

 俺も躊躇はしない。斬りかかってきたウォーリアの胴をなぎ払うと、ウォーリアはぐっ、とうめき声をあげて倒れた。血が床を汚す。

 レベルや能力値を確認できないため不安はあったが、今の俺は十分、ウォーリアとやりあえる力を持っている。たしかな手ごたえを感じつつ、俺はすぐに別のウォーリアに襲いかかった。

 今度の奴は俺の剣を軽々と受けとめ、はじきかえした。最初の奴は俺が子供だからと油断していたのだろう。だが、関係ない。はじきかえされると同時に腰を落とし、足を切り裂いた。悲鳴をあげ、ウォーリアは仰向けに転がった。

「そこまでよ!」西条が声をあげた。「全員、動かないで」

 ウォーリアたちの動きがとまる。

 西条の熱線銃が、デスクに座る男をとらえていた。俺がウォーリアを引きつけているうちに壁伝いに男へ肉薄したのだ。

 ダークスーツを着た、精悍な顔つきの男。銃を向けられているというのに、口の端には笑みが見えている。

「私たちからはなれなさい。CEOが死んでもいいの?」

「かまわん。さがりたまえ」男……CEO神郷が言った。

 ウォーリアは壁際までさがった。俺と西条、三上さんは神郷の正面に立った。三上さんの銃口は震えている。西条をサポートできるとは思えなかった。

 神郷は俺を見やり、「この姿で会うのははじめてだな」と言った。

「ああ、CEO神郷」俺は言った。「転送装置は完成したのか?」

「一応は、な。私たちはいつでも、地球へ向かうことができる。この戯れの世界を作った、地球人の世界へな」

 間一髪だったということか。あと少しでもおくれていたらと思うと、ぞっとする。

「神郷、私たちはあなたを殺しに来た」西条が熱線銃を握る手に力をこめる。「地球を守るために」

「それは私たちも同じだ。私たちの世界を守るため、地球人を殺す」神郷は薄く笑った。「戦争だというのに、そちらの戦力が子供三人だというのは、なかなか笑える」

「馬鹿にしないで。その子供に、命を狙われてるのよ。私が引金を引けば、あなたは死ぬ」

「やってみたまえ」神郷は言った。「私の頭を撃ち抜いてみせろ」

 西条は動かない。神郷をにらみすえたまま、ただ腕だけが小刻みに震えている。

「西条?」俺は言ったが、西条には聞こえていないようだ。

 神郷は西条に人が殺せないことを見抜いている。一目見ただけで、そのことにかんづいたのだ。

「私はこの世界を守りたい」神郷は優雅に言った。「そのためなら、いくらでも血を流そう。地球を真っ赤に染めるほどに。小娘、お前にそれだけの覚悟はあるか?」

 神郷は椅子に深く身体を沈めた。

「地球を守る、などと言ってもしょせんはその程度だ。口先だけで人ひとり殺せない。何も背負っていない子供の戯言だ。だが、私の背後には大勢の者たちがいる。部下、街、貧しい人々。そのすべてを背負って、私はここに立っているのだ」神郷の目が鋭くなる。「覚悟がちがうのだよ、覚悟が」

「覚悟なら、ある」

 銃口がぴたりと神郷をとらえる。だが、そこまでだった。西条は引金を引けない。一秒後に起こるであろう惨状を直視する覚悟がない。

 神郷の右手が動く。俺は三上さんから熱線銃を引ったくると、銃口を神郷に向けた。

「さようなら、勇なき勇者たちよ」神郷の右手が机上のボタンを押した。

 突然の浮遊感。足もとの床が消え、闇が巨大な口を開けていた。

「この世界で死ぬことはないだろうが、痛みは受けるだろう。苦痛の中でのたうち、覚悟の本当の意味を考えるといい」

 手を伸ばすが、空をつかむばかりで身体は落下していく。開いた床が閉ざされ、俺たちは真っ暗闇の中をどこまでも落ちていった。

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