第5話「女の戰い、たまに俺」

 日曜日、ゲームセンター「SAGA LAND」には、俺をふくむ高校生四人が集まっていた。

 俺と中村、西条、そして三上さん。

「ねえ」中村が俺の服を引っ張り、小声で問いかける。「何で三上さんがいるの? それに、様子がおかしいよ」

 西条と三上さんは、互いに顔を合わせようとしない。西条はおどおどとしていていつもの溌剌さがない。一方、三上さんは鋭い目つきのままそっぽを向いている。

 二人には「〈ドラゴンサーチャー〉のイベントがある」「友達に小野宗助のファンがいるが、男ひとりでは行きづらいので手を貸してほしい」と頼んでいる。ゲーマーである二人が、この機会を逃すはずもなかった。

 ただし、西条にも三上さんにも、双方が来ることは伝えていない。だから西条は心の準備ができずおどおどしているし、三上さんはこわい顔をしているのだ。

 SAGA LANDには大勢のお客さんが集まっていた。そのほとんどは女性だ。中村が言ったように、小野宗助狙いなのだろう。

「大変長らくお待たせ致しました」司会の女性が言った。「〈ドラゴンサーチャー〉でCEO神郷役を務める、小野宗助さんの登場です。拍手でお迎えください」

 拍手とともに、キャーッ! という歓声がSAGA LANDを満たした。中村も「わーっ!」と嬉しそうに声をあげている。西条も三上さんも気にはなるのか、壇上に目を向けた。

 顔立ちの整った、若い男が姿を現した。声優に興味はないが、女性が夢中になるのも無理はない。この顔でいい声を出すのなら、人気が出るのも当然だろう。

「どうも、〈ドラゴンサーチャー〉でCEO神郷役を務めています、小野宗助です」

 マイクを受けとった小野があいさつをすると、また歓声があがった。中村も夢中になっている。

「ね、ねえ長山」西条がおずおずとたずねた。「私、もう帰ってもいい? 特典のクリアファイルもらったし」

 どうやらこれが目的だったらしい。

「私もいいかな」三上さんは不機嫌を隠そうともしない。「小野さんの顔は見られたし、帰りたい」

 はあ、と俺はため息をついた。俺はイベントの邪魔にならないよう、西条と三上さんを連れて一階におりた。中村はもうほうっておいても大丈夫だろう。

 一階におりてからすぐ、「なあ」と俺は腰に手を当て、西条と三上さんを交互ににらんだ。

「俺、すっげえムカついてんだけど」

 思わぬ言葉をぶつけられ、西条と三上さんは目をぱちくりさせている。

「登録者数八十万とか百万とか、高校生のくせにふざけやがって。いったいどんだけ稼いでんだよ。まったく腹立たしい」俺は言った。「ゲームができるのがそんなに偉いのか? ああ?」

「な、長山?」

「いったいどうしたの?」

「どうしたもこうしたもねえよ! 一分一秒のタイムに一喜一憂しやがって! お前ら二人とも、俺以下のクソゲームオタク野郎なんだよ!」

 西条と三上さんは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。そりゃそういう反応になるだろう。

「くやしかったら、俺と勝負して勝ってみせろ」

「いや、くやしいも何も」

「何言ってるのかわからないよ、長山君」

「うるせえ! アレを見ろ!」俺は壁に並んだ四つの筐体を指さした。店に入るとき、確認しておいたものだ。

 それは〈マッシモカートデラックス〉というレースゲームだった。人間や蛙、ゴリラ、怪獣などがカートに乗ってレースをし、一位を競うゲームだ。

「俺とここで戦え」

「何で?」西条が当然の疑問を口にした。「何であんたとレースゲームなんかしないといけないのよ」

「今日の長山君、何か変だよ」

「うっせ! ゲーマーなら挑まれたゲーム勝負から逃げるな!」俺はゲームの座席につき、迷わず百円を投入した。「ほら、やるぞ!」

 西条と三上さんがまだ逡巡しているので、

「稼ぎまくってるゲーマーのくせに、素人に負けるのがこわいのか。お前らのチャンネルを炎上させてやろうか、ここのチャンネル主はゲーム勝負から逃げたってな」

 最初につれたのは、西条だった。

「いい度胸してるじゃない。私にゲームで勝負を挑もうなんて」西条も座席につき、百円を入れた。「三上さんも、ほら」

「で、でも」いつの間にか、三上さんはいつもの彼女に戻っていた。

「ゲーマーの根性ってものがないの!? こんな三下ゲーマーに馬鹿にされてくやしくないの!?」

 西条に発破をかけられ、三上さんもしぶしぶ座席に腰をおろした。百円を投入し、自分が操るカートを選ぶ。

 俺が選んだのは、人間が操るスタンダードな性能のカートだ。西条はゴリラが操るカート。初速はおそいが最大速度がもっとも速い重量級タイプだ。三上さんは最大速度で劣るものの初速がもっとも速い、蛙が運転する軽量級カートを選んだ。西条と三上さんは、ちょうど正反対の性能のカートを選んだということだ。

 ゲームがスタートする。3、2、1、0。カウントがゼロになると同時に、俺は西条のゴリラカートに自分のカートをぶつけた。当然、重量差によりこちらがはじかれたが、向こうもバランスを崩して出だしがおくれた。

「はっ、下手くそ」俺は笑いながらアクセルを思いきり踏みこんだ。背景がどんどん後ろへと流れていく。

「やったわね、この」

 西条が悪態をついているあいだに、三上さんの蛙カートが西条をあっさり追い抜いた。さすがは初速が速いカート。重量級のゴリラカートが最高速度に達する前に逃げきる戦法のようだ。

「ちょっと待ちなさいよ!」

「ふふん、待たないよ!」三上さんがべーっと舌を出して笑った。

「あったま来た! どっちもぶっつぶす!」

 そうは言うものの、西条が得意とするのは家庭用ゲーム機で遊べるゲームだ。ゲームセンターの筐体は操りなれていない。特にこういうレースゲームは。

 結局、俺が一位で三上さんが三位、西条はコンピュータが操るカートにまで抜かれまくって八位という結果に終わった。

「もう一回!」俺たちの反応を見もせず、西条は再び百円を投入した。

「ふん、何度やっても同じ同じ」俺も百円を投入した。三上さんもやる気のようであった。

 今度はスタートと同時に、西条はゴリラカートを三上さんの蛙カートにぶつけた。

「あんたに負けたのだけはムカつく!」西条が対抗心をあらわにした。

「何よっ、ド下手なあんたが悪いんでしょ!」

 三上さんはまた舌を出した。アクセルを踏みこむと、ゴリラカートをあっさり追い抜き、首位に立った。俺はそのあとに続いた。

 だが、ここからがちがった。西条のゴリラカートがぐんぐん追いあげてくる。最高速度に達したゴリラカートは、俺のカートを追い抜くだけではなく、体当たりを食らわせてスピンさせた。

「ひょろひょろの男なんかに負けるもんですか!」今度は西条が舌を出した。

「そこだけは同感!」三上さんが言った。

「お前らひどいこと言ってるな!」そう言いながらも、俺は二人についていくだけで精いっぱいだった。

 家庭用ゲーム機専門とはいえ、二人ともさすがはゲーマーだ。ゲームの特性を、たった一回のプレイですべてつかんでしまっている。俺にはもう、二人に勝つ術はなかった。あとは、どちらが一位になるかだけだった。

 最高速度は西条のゴリラカートが上だ。最後の直線に入れば、三上さんの蛙カートに勝ち目はない。だが、最後の直線に入る直前、蛙カートはゴリラカートに自身をぶつけた。ぶつけられたことでバランスを崩し、速度を落としてしまったゴリラカート。そのあいだに、初速で勝る蛙カートが前に出る。

 ゴリラカートが最高速度に達するのが先か、蛙カートが逃げきるのが先か。勝負はわからなくなってきた。

 数秒後、ゴリラカートと蛙カートは同時にゴールインした。

 勝ったのは、ゴリラカートだった。蛙カートはあと一歩のところで逃げきることができなかった。

「私の負け、か」三上さんはハンドルにもたれかかり、くやしそうにため息をついた。

「ちがう」西条は三上さんの肩に手を置き、モニターを指さした。「見て」

 一位はたしかに西条だった。だがタイムを見てみると、まったく同じだった。どういうプログラムが働いているのかはわからないが、たまたま自分が一位と判定されたにすぎないと、西条は言っているのだ。

「いやー、凄かった凄かった」俺はぐったりとしながら、弱々しい拍手を送った。「さすがはハードゲーマー。参った参った」

「私に挑もうなんて、十年早い!」

 西条と三上さんの声がハモった。二人は顔を見合わせて、ぷっ、とふきだした。

 げらげらと笑いあう二人を見ながら、俺はほっとした。

 共通の、それも憎らしい敵を持てば、自ずと協力しあう。賭けみたいなものだったが、俺に悪意を向けさせれば、互いに協力し、仲なおりしてくれるのではないかと考えたのだ。

 この場を用意してくれた中村には、感謝せねばなるまい。中村の依頼がなければ、二人を呼ぶことすらままならなかった。西条は無気力状態だったし、三上さんは怒りで話しすら聞いてくれなかっただろう。「中村のため」という大義名分が、二人を仲なおりに導いてくれた。

「ねえ、中村君は?」

 西条がたずねてきた。三上さんも気になっているようで、「二階を見てくる」と駆けだしていった。

 しばらくして、よれよれになった中村が、三上さんに支えられて一階におりてきた。髪はぐちゃぐちゃで、服もボタンがひとつ飛んでしまっている。

「小野さんがクリアファイルにサインしてくれることになってさ、女性陣が雪崩みたいに押し寄せてきたんだ。つぶされないように逃げるのに精いっぱいで、クリアファイルもどっか行っちゃった」中村は悲しそうに言った。「僕もサインほしかったのに」

「中村」俺は中村の肩を叩き、小声で言った。「ありがとう、お前のおかげで、すべてうまくいった」

「何もうまくいってないんだけど!?」

 中村の絶叫に、西条も三上さんも、そして俺も、腹をかかえて笑った。こんなに笑ったのはいつ以来だろうと思うほど、笑い続けた。


 〈ドラゴンサーチャー〉のPRイベントが終わり、俺たちは解散することになった。西条からクリアファイルを譲ってもらった中村は、「まあ、いいか」とサインのないクリアファイルを残念そうに見ながら、しかし西条にもらえたことを喜び、帰っていった。

「じゃあ、私も帰るね」三上さんは西条を見た。「西条さん、今度は〈ドラゴンサーチャー〉で勝負しましょう」

「ええ、喜んで」西条は不敵な笑みをもらした。「親を乗りこえるのも子の務めですからね、ぶりむさん」

「そう簡単にいくと思ってるの?」

 お互いに挑発しあっているが、悪意や敵意はなさそうだった。健全な「ライバル」として、互いを認めている証だ。

「長山君」三上さんは俺をしばらく見たあと、「また、学校でね」と言って帰っていった。

「ああ、疲れた」俺は首を鳴らし、深いため息をついた。

「ごめんね、長山」西条が頭をさげた。「私のためにがんばってくれたんだよね。ありがとう」

「俺が撒いた種だからな。責任はとらないと」そう言って肩をぐりぐりまわす。「仲なおりしてくれてよかったよ、ほんと」

「うん」

「それに、お前がしょぼくれてる姿をいつまでも見ていたくなかったからな」

「……そんなにしょぼくれてた、私?」

「ひからびたみかんよりもひどかったぞ、お前」

「みかん!?」西条は顔をぺたぺたと触った。「そんなひどい顔してた!?」

「スマホで撮っておくべきだったな」

 後頭部を思いきり平手で叩かれ、俺はのめりそうになった。西条の文句をひととおり聞いたあと、

「で、本当に〈ドラゴンサーチャー〉で勝負するつもりなのか?」と訊いた。

「当然」西条は胸を張って言った。「挑まれた勝負は受けなきゃ」

 よくやるよ、と俺は苦笑した。

 だが、大きな問題は残っている。ゲームの世界に呼びだされるという異常事態は、何の解決も見せていない。

「……っつっても、わかるわけないよなあ」俺は頭をかいた。ひとりで考えてもこたえが出ないことはわかっているのに、つい考えてしまう。時間の無駄なのに悪い癖だ。今度、西条と真剣に話しをしよう。

「長山、帰ろー」

 西条に呼ばれ、俺は駅の改札に向かって歩きだそうとした。

 ふと、視線を感じて足をとめた。あたりをぐるりと見まわすが、こちらに注目している者の姿はない。

 SAGA LAND内では、〈ドラゴンサーチャー〉イベントにかかわったスタッフが片づけに追われている。その中に、ゲストの小野宗助の姿があった。声優という芸能人であるのに、彼はスタッフの手伝いをしていた。

 朗らかで優しそうな好人物……に見えるのに、俺は彼の表情にうすら寒いものを感じた。

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